りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

2019年05月

「びっくりした?久し振り!」と明るい声の、りー。

戸惑う私が何を言えばいいのか考えているうちに、彼女は卒業から今日までどう過ごしてきたのかを教えてくれた。

結婚が決まり、式の日が近づくにつれ不安が強くなったという。
「一番の不安は、やはり義母親からの冷たい態度だった。
家に遊びに行くと”うちの嫁になるんだから、これから私の言う通りにしてもらう。”と言われ、彼と結婚するというより親の奴隷になる様な気がした。
彼に話せば、母親の言う通りにしてくれと言うだけ。結婚すれば、夫は母親にべったりで、私を守ろうとはしないだろう」と感じたそうだ。

結婚を急いでどんどん進める彼。りーが迷っているのを感じて益々急いでいるのがわかったという。
「結婚すれば何とかなるかと思ったけど、式が近づくにつれ、彼の態度が変わってきた」のだそうだ。

「自分の気持ちは聞いてくれない、彼と義母と二人で勝手に決める。それを押し付けてくるだけ。

彼氏の事も、結婚も嫌で嫌でたまらなくなってきて、もうこの時期にきたら婚約破棄を言っても、彼と義母は受け入れないだろう。”世間体も悪いし、絶対に式だけはやってくれ。せめて式をあげてくれたら、後で話は聞くから”と言うに違いない。
でも、そんな事信じられない。式をあげたら、今度は”式をあげたんだから世間体が悪い。お祝いしてくれた人に申し訳ないだろう”と言うに違いない。何だかんだと誤魔化され、向こうの言いなりにさせられるに決まっている。」

と考えたという。式は翌日に迫っていた。
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「逃げるしか方法は無い。そう思って電車に乗って遠くに逃げた。

実家にも連絡はしなかった。きっと実家には大変な迷惑をかけるだろう。落ち着くまでは帰れない。そう思って旅にでたの。
県外で1人暮らしをしている友人宅を転々としていた。

私はきっと大学時代の先輩や友人全てから悪者にされてるわね。皆彼のこと同情していることでしょう。」
と、私に探りをいれてきたが、私は何も知らなかったふりして、黙って聞いていた。

「大学の思い出は全て彼一色だったから、記憶から消した。唯一残っているのはあなたと仲良く過ごした事だけ。今日、電話できて話ができて嬉しかった。電話できるのはあなたしかいないから。」
と言う。

私は内心、もう関わりたくなかった。だからクールな態度をとった。

「その逃避行をしている時に、ヒッチハイクで知り合ったのが今の夫なの。車に乗せてくれて遠い所まで送ってくれた人だったの。すぐに仲良くなっちゃって。出会って数か月後に結婚したの。」

その話を聞いて、驚いた。彼女らしいと言えばそうだが。

結婚式をすっぽかして、逃げている最中にもう次の彼氏を見つけていたの?ええ?そして即結婚したの?

しかも、「大きな老舗旅館の息子だったと知り、この人なら大丈夫と思った」とか。

「今は、若女将としてがんばっているのよ。仕事は楽しいのよ。
ねえ、良かったらうちに泊まりに来てね。パンフレット送るから。」と言って電話は切れた。


それから即、パンフレットが届いた。営業の電話だったの?
その後、こちらから電話はしていないし、旅館にも行っていない。

その時の私の反応が、期待はずれだったのだろう。りーからもその後、連絡はこない。

結婚式の件で、嫌われたと思っているのかもしれない。

同級生にりーの近況を話したら、
「女将さんなら彼女にぴったりじゃない。あの人らしいわね。」と醒めた言いかたをしていた。

電話の彼女の声は、明るく充実している様だった。納得のいく結婚と今の生活が幸せならなによりだ。それは今だから言えることだろうけど。



大学時代の友人と会った時、りーの噂を聞いた。

その情報は、りーの彼氏の友人からのものだった。その人から聞いたという話をそのまま書いてみる。

「結婚式の招待状が届いたから出席するつもりだったんだ。そしたら、彼女の方は招待状を送っていないことが発覚したらしい。何だかんだともめているうちに結婚式の前日になってしまった。突然、彼女から”結婚はやめます”とだけ電話がきて、逃げられちゃったらしいんだよ。連絡もとれなくなり、行方不明になった。
全ての後始末はあいつが全部やったんだよ。式場のキャンセル、招待客への連絡など、前日にやらさられるとはねー。
結婚したくなかったのなら、もっと早くにきちんと言うべきだよね。このやり方はひどい。あいつは、毎日泣いてて、立ち直るのに時間かかったようだ。皆、彼女の事、怒っている。」
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そうだったのか。りーの気持ちはわからないでもないが、やり方がひどい。

おそらく彼女の実家は、相手側に頭を下げて回り大変な事だったろう。

人生の長い目でみれば、結婚に後悔したくなかったからこんな失敗もあるかもしれないが、無責任な行動はアウトだろう。

これがドラマの中のシーンなら盛り上がって良いのかもしれない。断るにしてももっと良いやり方が無かったのか。彼だけにキャンセルの処理を押し付けず、断る時期が悪かった事の責任はとるべきだろう。彼女自身のその後の人生の為にも、逃げて音信不通という選択はまずかったのではないか。

男性側の遠方から来る招待客も旅費やホテルのキャンセルをしたはずだ。

唯一、りーは自分だけは招待状を出してなかったから、自分の方は、迷惑をかけずに、恥をかかずに済んだ。

私も結婚式の日に、逃げたくなったから気持ちはよくわかる。でも、そこまでの現実逃避はできなかった。
あの時、結婚式なんて挙げなきゃよかったと思った。

ただでさえ、友人の少なかったりーは、結局彼氏も友人も、この件で全て失ったようだ。


その話を聞いてから、数年後、私は結婚して別の土地に引っ越ししていた。

ある日突然りーから電話がかかってきた。音信不通にしていたのに驚いた。



りーの恋人は、先輩だったので先に卒業して、社会人になっていた。

りーは、卒業と同時に結婚するらしいという話を聞いた。
大丈夫なのかな、そんなに急がなくても、もう少し独身生活を謳歌してからでもいいのにねと友人の間では噂していた。
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卒業式の日にりーに会い、少しだけ話ができた。

「私はやりたい事があるし、まだ結婚したくないけど彼が急ぐのよ。社会人になったら私が他の人に盗られそうで心配なんだって。」

彼氏の方が執着しているんだなあ、りーは可愛いもんな、心配だよね、と少しは気持ちがわかる気がしたが、りーの気持ちの方がもっと理解できた。
りーは、暗い顔で

「彼のお母さんにも何回か会ったの。何だかね、敵視されてる感じ。可愛い息子をとられたって思っている感じ。急いでいるのは彼なのに、私が結婚を迫っているみたいに誤解されてるの。彼はそれを否定せず、母親の言いなり。マザコンなのよ。歓迎されないのに、結婚するの気が乗らなくて。実家にも連れて行ったけど、うちの親は急がなくていいのでは、気が乗らないなら断れと言ってる。」

「でも、彼がどんどん話を進めてしまって、もうすぐ結納なの。招待状をだすから式には来てね」

私は「嫌ならやめるか、延期すればいいじゃない」と言ってあげれば良かったのだろうか。

今思えば、私も似た様な状況になったが、結果押し切られ結婚した。
あんな気持ちの時は、延期した方がいいと今なら思う。

当時自分も未熟で、人の結婚に口をはさむ勇気もなく、ただ聞いているしかなかった。

卒業式以降は、就職して忙しく、自分の事で精一杯でりーの事は頭から消えてしまっていた。

1年後、そう言えば式の招待状が来なかったなと気が付いた。私は呼ばれなかったのかなと思った。



当時の私は、趣味の合う友人と遊ぶ方が楽しくて、恋人ができると行動が制約されてしまいそうだから嫌だなと思っていた。

実際、りーは、友人ができる前に、恋人と過ごす時間が増えていた。
周りも気を使って誘わなくなり、りーの人間関係は狭くなっていた。

そのまま4年間を過ごしたりーは、大学時代の思い出は彼氏一色だった。
「友人と遊んだり勉強したりの思い出が何も残っていない」と卒業する時は嘆いていた。

友人との関係が確固たるもの?になってから、恋人ができるのが理想だったのと、当時の私には全くそんな気持ちの余裕も無かった。

だから、彼女に言われた事は全く的外れだった。

反論するのも馬鹿らしく、それ以来、りーとはほとんど話さなくなった。

自分は楽しく過ごしていたし、まいいやと気にしないでいた。
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そんなある時、電車でばったり、りーの彼氏に会ってしまった。
彼氏は私を見ると近寄ってきた。にこっと挨拶をしたら、怖い顔で

「あのさ、困るんだよね。僕に彼氏を紹介してってりーに頼んだくせに、すっぽかすなんて良くないよ。恋人なんてそうやって焦ってつくるもんじゃないからね。注意しとくよ。りーも僕も迷惑してるんだから。気をつけてよ。」
と怒っているのだ。

「は?何の事でしょうか?」と私が言うのを聞いているのか聞いていないのか、先輩はそのまま電車を降りていってしまった。

仮に私が、それは違うとりーの嘘だと説明しても、彼は信じてくれなかっただろう。


翌日、りーに私は抗議した。すでに、私に説教した事を彼から聞いて慌てた様だった。

まさか彼が私に直接言うなんて予測していなかったのだろう。

「誤解しているのよ。私から説明しとくわ。」と誤魔化していた。顔はかなり焦っていた。

唯一一人しかいない友人をそんな風に陥れて、何の得があるのか、理解できなかったが、もうどうでもよかった。
とにかく私に関わらないで。ほっといてとだけ言いたかった。


りーは地元のお祭りで、ミスコンテストで優勝しており、有名だったらしい。優しい両親に可愛がられて成績もよく、目立つ存在だったとか。
本人にしたら、そんな自分が大学で友人もできず、彼氏とべったりの生活なのはどこか窮屈に感じていたんじゃないかとも思った。

私が友人達とライブにいったり、ナイターや映画にもよく出かけて行ったり、アパートに泊まり歩いたりとかそんな友人達との楽しみが、彼女には無く、恨めしかったのではないかと想像した。

りーは、サークルもやめて、益々孤独になっていた。




とある老舗旅館の女将をしている古い友人、ニックネーム「りー」の話をしたい。

卒業以来、長い間ご無沙汰のままだ。
旅館に嫁ぎ、若女将としてしっかり長い間勤め、今では評判の良い美人女将として頑張っている様だ。


大学に入学し、最初の授業で隣に座っていたのがりーだった。向こうから色々話しかけて来た。

お互い地方から出てきて、何もわからず友達もいなかった時だった。
サークルはどこに入るの?と聞かれ、偶然彼女も同じサークルに入り、仲良くなった。

他にも友人は増えていたが、りーと授業もサークルも一緒で、ほとんど1日を一緒に過ごす事が多かった。

りーは、小さくてとても可愛かった。ただ、田舎なまりが強く、服も地味だったので、その美しさとのギャップがいいと先輩の男性には人気があった。

先輩達にはとても人気があるのに、同級生には相手にされていないのが不思議だった。

先輩達は、りーが何を言っても「可愛い!もっとその田舎なまりで喋って!」と喜び、彼女も嬉しそうだった。
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私は、他の友人達と過ごす時間が増え、リーとはあまり一緒にいる事が少なくなった。
彼女のテンションに疲れて来ていた。

何故同級生の男子はりーに冷たいのだろうと思い、聞いてみた。

すると「美人だけど、演技っぽいもん。表裏がありそうだから」と言われた。そして「あの子と一緒にいたから君もそういう子かと思っていたよ。」とも言われた。

それから、彼女を観察してみた。

彼女が私と話す時、標準語で声のトーンが低い事に気が付いた。幼さも感じない。普通の美人。

人前や先輩の前では、田舎なまりを共調して可愛く話す。そう言えばそうだな。何故そんな事をするのかなと思った。やはり、その方がウケるからだろうと感じた。

他の女性からも「りーは、子どもっぽいし田舎臭い。でもあれ演技っぽいよね。あなたも仲良しだから同じかと思ったわ」と言われた。

私が田舎っぽくて精神年齢が幼いのは、事実そうだった。でも、演技ではなくて自然な姿。わざとそんな風にする必要は無いどころか、もっと洗練されたいと思っていた。

りーの演技に気が付いたら、とても嫌な気分になった。
皆大人だから、彼女に冷たくする訳でもなく、普通に接していた。私も本心を隠して、普通に接した。

可愛くて先輩にモテモテのりーに、さっそく恋人ができた。当然な成り行き。

彼氏の方に気が向いてくれて助かった。解放された気分だった。

接する時間が減った分、気のあう友人達といつも楽しく遊んでいた。考えてみると、りーには彼氏と私以外に仲良しの人はいなかった。かといって執着されるのも嫌だった。

ある日の事、学食でりーとばったり会った。お互いひとりだったので一緒にランチをとった。

りーは暗い顔をしてこう言った。
「あなた、私に恋人ができたから焦っているんでしょ。私を妬んでいるでしょ。
最近私を避けているよね。悔しいから?彼に最近あなたが冷たくなったと相談したら、僕の友人を紹介してやると言うのよ。どうする?彼氏ほしいんでしょ?」

はあ~?言葉がでなかった。
                                  続く

不安なのか、母から毎日電話がかかってくる。

弟からも母の様子は聞いているが、本人の声を聞くと安心できる。

昨夜は、少し元気が無かった。近所の例の人がお見舞いに来て、根掘り葉掘り病状を聞いてきて、参ったとのこと。
「まだ検査が色々あってわからないけど、大丈夫よ、あと10日ほどで帰れると思う」と話した様だが、納得していない様子だったという。

この人は、悪い結果を聞かないと納得できないのだろうか。
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それともう一つ、予想した事が起きていた。

弟嫁だ。空港からまっすぐ見舞いに来たという。
こんな時でも遊んでいたのはばれているので、ばつの悪そうな様子かと思ったら、とんでもない、そういう人だったらとっくに帰ってきている。

嫁さんが母を見て真っ先に言ったことは
「なあんだ、お母さん、元気じゃないですか~。私は忙しかったのに。」だったそうだ。予想通り。

その日、流動食を食べて再び腸閉塞を起こし、苦しんでいる時だった。「痛い、痛い」と言う母を見ながら、はらはらしている弟の前でそう言ったのだ。

手術が決まり、母が弟にタオルや不足している物を家から持ってくる様に頼んだらしい。
弟が家のどこにあるのか詳しく聞いていると、横から弟嫁さんが「全く何やってんのよ。ちゃんと探せばいいでしょ」と母の前で弟を怒ったという。


そこ、怒るところじゃないでしょ。何を他人事のように言っている?「私が探しますから大丈夫ですよ」とか「うちにあるのを持ってきますから大丈夫」とか言うならまだしも。

自分は何もすることなく、弟にちゃんとしろと怒るのは、母にとって気分の良いものではない。

でも、お嫁さんはそこがわからない。彼女の心理は、弟をけなせば自分の株が上がると思っている。

こういう事は私の前でも、父の前でも良くあるからわかる。

自分の評価を上げる為に、弟をけなす。この人は私よりだめです、だから私が何をしても正しいのですと言いたいらしい。
全くそんな事には騙されない。というか、そんな事をしたら逆に自分の人間性が下がるよと言ってあげたくなる。

最初から自分はそういう考えだと宣言してくれていたらまだしも、結婚する時、そうでは無かった。大人しい尽くすタイプに見えた。
それでも、何回も弟は彼女のアプローチを断っていた。

だが、「ご両親を大事にしたい、長男の嫁として近くにいてお世話もしたい」と熱心に訴えられ、熱意に押されて結婚したのを覚えている。

あれは何だったのか、別人じゃないか。夫と同じだ。姉弟そろって同じタイプの人と同じ様な結婚をし、情けないものだ。

そういう人を見抜けなかった我々にも責任がある。私と弟はターゲットになりやすいタイプなのだろう。

それにしても、今の母には余計なストレスは与えたくない。

手術は高齢の母にはいちかばちかなのだ。目が覚めない可能性も覚悟の上なのだ。


毎日電話をするたび、これが最後になったらどうしようと思っている自分がいる。

それも全て知った上で、思いやりのあるふりとか優しい演技すらできない人間が身内にいるとは悲しい。

いっそのこと、旅行にいっててもいい、バツが悪くて顔を見せられないと言う風にしていればまだ救いもあったが。

何故近くに家を建てたのか、と思ったが、親を利用する為で、親を助ける事は頭に無かったということに結果的になってしまった。


弟もできる限り動いてくれるが、限界がある。
私も近くにいたら毎日、何かできただろうが、遠くて自由に動けないのがはがゆい。こんな時、夫がまともだったらと恨めしくなる。


私はまず自分が生きて行かねばならない。今倒れることはできない。


実家を助けたい人が生活が苦しく、遠く、自由が無く、助けたくない人が近くにいて、裕福で時間もあって自由だなんて、皮肉な話だ。






夫あてに支払いの請求用紙が送って来た。

振り込むのは私。メールで連絡。

数日してからやっと返事が来た。
「何とかしてやる」
??自分の事なのに?私がお金に困って頼んだ訳ではない。
でも、いつもいかにもそんな風に話を作っている。以前は夫が払うべきものの請求書は向こうに送っていたが、払わず放置され、その度催促がこっちに来てしまう。なので大事な支払いはこちらで管理している。私が夫に先に請求し、代わりに振り込む。精神衛生上それが良いから。

何回も何年も変わらずだらしない人なので、疲れてしまった。
私はただの代行。なのに、連絡するとなぜか私がお金を払ってくれと頼んだかのような言いかたで返事をしてくる。自分が使って、わかっているはずなのに。

すぐに払えるはずでも、もったいつけて「え~?困ったなあ。仕方ない。何とかしてやるよ。まったく」と言ってくる。

私には全く関係の無い支払い。

これは、全てにおいてそんな感じだ。やってやる風に話を変える。自分の頭の中だけで。
夫の親族や他人には、そういう風に話を変えて伝えている様だ。
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どうしても人に頭を下げる時があるとすれば「○○の点では感謝している」という表現をする。

お金だけでなく感謝の言葉も出し惜しみする。最初にターゲットにした時に相手に対する態度とは天と地の差だ。

つまり、”自分が存在するだけで、有り難く思え。子育てだの扶養するだのなんて贅沢な願望だ。”と心の奥底で思っている。だから何故、自分が無責任よばわりされるのかが理解できないのだと思う。

これは、自己愛性パーソナリティになる人の根底にある勘違いなのだろうか。

裏を返せば、”自分が存在するだけで愛してくれる親の存在”が希薄だったのだろうか、アイデンティティが無いまま大人になったからだろうかと思うのだが、違うだろうか。

無条件に愛されたいと思っても、愛された実感が無く、親の愛に飢えたまま生きて来た。
それを他人や家族に要求して、不満を発散して生きている様にみえる。

自分が人を大事にせず、家族を愛さず、責任ある行動をとらずして、相手に自分だけは愛されたいというのは無理な話だろう。本人は、全くその自覚はない。むしろ逆の事を言う。

しかし、子どもの生活費すらも、恩をきせて他人事の様に言う人だというのは、絶対忘れない。本人は忘れているか、記憶を書き換え、作り話だと否定する。
そうやって学習できない為、同じ失敗を繰り返し、永遠に欲しいものが手に入らない。

何故、自分だけがと不満を言い、妬みや僻みに満ちた人生。

人を子どもを愛せば良いだけなのに。自分がしてほしいことを人にすれば簡単に実現するのに。
わからないまま、人生の最後までいくのだろう。可哀想な人。

これまで何回も同じ事を繰り返され、慣れていたつもりだったが、今回、ふと「このままではいけない」と心の底から感じた。寒気がしたほど。

何というのか、いつ同居する事になるのかおびえて過ごすのはよくないと思った。
母の件があり、自分の最後は今のままでは嫌だと心から思ったのだ。

いざという時に抵抗できる様に、相手から離れられる様に準備をしておかねばならない。
時期はいつとか、色々考えた。

問題は自分は他人になれて関係を絶っても、子ども達はそうはいかない。
そこが悩みの種だった。

そうこうしているうちに、母の手術日が決まり、とりあえず今は母の事を最優先に考えよう。


昨日、お見舞いについて改めて考えた。

知り合いや友人が入院すると、
「お見舞いにいかないと失礼じゃないか」「来てくれなかったと言われないかな」と思う事が先になって、本当は行かない方が良いのでは(相手の負担になるかもと)と思っても義理で見舞う人が多いと思う。

今一番親しい友人は、「近いうちに入院する」と話してはくれたが、病院も期日も教えようとしなかった。

だからこっちもあえて聞かなかった。退院してから一緒に楽しく食事をした。

母と同じで、女性は特に病気の姿を見られたくない。それに具合が悪いのだから静かにベッドで休んでいたいと思うのが本音ではないか。

頻繁に来客が来て、その度説明して会話をして、頭下げて、疲れることだろう。

軽い怪我の入院位ならまだ良いかもしれない。人によって、場合によって一概に言えないかもしれないが。

内臓の病気の時、苦しい時は、お見舞い客の相手は煩わしいだろう。

そう思って、私は家族、親族以外は、あまりむやみにお見舞いは行かない事にしている。退屈だから来てほしいと言われたら行く。
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数年前、納得のいかない事があった。

仕事関係のお客で、まだ若い独身女性の話だ。
脳内出血で右半身麻痺が残ったが、仕事も運転もできるまで回復した。

私とは仕事で何回か会うだけの関係だった。

ある日、社長から電話があり、彼女が再び脳内出血を再発して入院したと聞いた。

場所が悪く、反対側も麻痺してしまい、両麻痺になった様だ、彼女はかなり落ち込んでいるとのこと。

聞いただけで、胸が苦しくなった。やっと復帰して頑張っていたのに。恋人もできたのに。

まだ若い、これからという人がそんな事になるなんて、彼女の気持ちは想像もできないほどで、言葉がでなかった。

きっと今は、落ち込んで生きる気力も失っているかもしれない。
でもそっとしてあげるしかできないし、親しくもない私にはどうしようもなく、医師に任せて遠くから回復を祈るしかできなかった。

すると社長から言われた。
「彼女はかなり落ち込んでいるようだから、お見舞いに行って励ましてきて。」と命令された。

どう考えても、私がお見舞いに行くことは不自然だった。ただの数回しか会っていない仕事だけの関係。

それに、病気の事は個人情報だ。そんな情報を私が知っている事自体おかしいし、歓迎されるわけがない。ましてや偉そうに「励ます」なんてとんでもないこと。

どう考えても、社長は仕事がらみで、社員をお見舞いにいかせてイメージアップを狙おうとでも思ったか。愚かな考えだと思った。
すぐに抵抗したが、聞き入れてくれず、とにかく行けと言う。

どんなに失礼で無神経な事か、仮に命令で行って、もし相手が怒ったら社長は責任を取らないで、私が勝手に行ったと、誤魔化すだろうと思った。

だから絶対行かなかった。首になってもいいと思った。

父が怪我をして1カ月入院した時、母はお見舞いが煩わしいからと、誰にも連絡しなかった。

今回、母が内臓の病気で入院して、やっぱりお見舞い客を気にしている。

「入院を知ったからには、むこうも来ない訳にはいかないよね。」と相手の気持ちもわかっている。

親族や家族なら別だが、他人となると難しい。

お見舞いに行って、退院した後にお見舞いの品を突き返してきた人もいたそうだ。
「こういうのお返しとか煩わしいし、お互いやめましょう」と言われたという。

気にせず、お見舞いにきてほしいという人もいるかもしれないし、難しい。

母は流動食になり、「味がついていて美味しい。便も少しづつ出る様になったよ。」と話していた。
が、昨日から腹痛があり苦しくて、吐かないと楽にならないという。

入院する前と同じだ。
色んな検査の結果、母が手術に耐えられると思われ、医師は手術をする方向にしていたところらしい。

予定は1週間後。

腹痛が出てきた事で、医師は少し戸惑っていたと聞いた。
また一週間、絶食になると、栄養や体力が心配だ。絶食しないと腹痛が起きる。

深夜にも痛くなり、トイレに走るのは不安と疲労が襲うだろう。

母は、元気に振る舞っていたが、自分でも何となく感じているのかもしれない。これはただならぬことかもと。


この前「昼はお見舞いの人が来ても良い様に、私服を着て綺麗にしているの。病人みたいに見られたくないから。」と言っていた。
その時は、腹痛も無く、元気だったから。
腹痛と吐き気を繰り返す時に、見舞客が来たら、どれだけストレスになるのだろう。
そこも心配だ。

弟は「そんな事気にしないで病人らしくしとけばいいのに」と言うが、いやいや、その気持ちがあるだけまだましだと思う。
その気力が大事だ。本当に苦しければそんな事考える余裕も無くなるのだから。

お見舞いも考え物だなと、参考になる。
他人に義理でむやみにお見舞いに行くのは辞めたほうがいいなと感じた。

迷惑でしかない。これについては、思い出す事があるので後日に。

弟からのメールなので詳しい様子はわからないが、昨日は母が痛がるので痛みが治まるまで見守ってから帰宅したらしい。それは助かった。
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私の個人的な考えだが、本人が永遠に苦しみ、痛みに耐えて過ごさないといけないのなら、例え寿命が縮んでもいいから苦しまず、楽に日常を味わえる生活を過ごしてほしい。

手術後は、副作用の無い苦しまない処置だけで良いと思う。日常生活が苦しい治療だけの時間ならいらない。母の意志は尊重するが、私はそう思う。

自分が余命短い病気になっても、そうしてほしい。

電話で、母が「デパートで今日、お茶の売り出しがあったはずなのよ。行きたかったけどね。でも、退院してから、また買いにいけばいいわね」と言っていた。

そう、手術して退院したら、またいつもの様にデパートに行って買い物してほしい。
いつもの日常を早く戻してほしい。

手術の日や時間が確定したら、その日だけは行こう。麻酔から無事醒めたのを確認してから帰るつもりだ。

母より父の方が先に病気になると思っていた。
高齢の男性が一人で暮らす事の世話も家族にかかってくる。
弟夫婦は父の世話はしたがらない。

私が近くにいたら良かったのだが。
なので、私は母が倒れると父の方が逆に心配で、二人同時に入院なんて事になるんじゃないかと思ってしまう。

今日、改めて手術についての説明があるようだ。また連絡を待とう。

来週、旅行先から帰宅する予定だった(2か月間の留守)弟嫁が、急遽帰宅すると言う。

おそらく、私が帰省したから慌てたのだろう。

それと、嫁さんの親族から注意されたと思われる。
母が余命宣告されたと知っているのに、帰らず遊び続けているのは、普通に考えてもまずいと誰でも思うはずだ。

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弟夫婦は実家のすぐ近所に家を建て、子どもはうちの両親にほとんど預けっぱなしだった。

意志の強い嫁さん中心に皆が気を使い、もめる事も無く、母はお嫁さんのご飯を作り、世話をし、小遣いをあげて、「いざとなったら世話になるのだから」と大事にしてきた。

そこまでする必要はないのにと思うほど。それを当然の様に甘える弟夫婦にも驚いた。


母が普段私に言っている事と、お嫁さんにしている事は正反対だ。

もし私が同じ事をしていたら、どれだけ怒鳴りつけられ、縁を切るとまで言われた事だろう。
それがお嫁さんには何も言えず、いつも優しくしている。

世間に対しても非常識な態度をとる時も、黙っている。
愚痴は私に吐き出し本人にはペコペコしている。よいお姑さんと思われたくて努力している。

それを知っているお嫁さんの親族は、常に頭を下げ、申し訳ないと謝ってくれる。それでもお嫁さんを誰も責めないし、悪く言わない。

お嫁さんを大事にするのはとても良いが、大事にするのとご機嫌うかがうのとは違うでしょうと私は思っていた。

以前の入院の時も、退院まで旅行に行ったまま全く顔を見せず、親族が謝ってきて本人は全く普通。

お嫁さんの親族はまたか、と嘆いている事だろう。お見舞いにいきたいが、嫁さんがいないのにバツが悪いのだと思う。

何やってんだ。早く帰ってこいと言われた事だろう。

おそらく、帰ってきたら、不機嫌で「全くお義母さんのせいで旅行の邪魔されたわ」と文句を弟に言う事だろう。


母が話しかけて場を明るくしようとしたら、後から「お義母さんは全くお喋りなんだから」と私と弟に向かって言ったあと、私に「あなたからお義母さんに注意しといてよ」とも言われた事がある。
母は、彼女のそういう面は良くわかっている。

足の手術の副作用で、一時期神経がマヒした時も、「仮病でしょ。」と決めつけられた。弟はそれをそのまま母に伝え、母は悔しがっていた。
それでも私に愚痴るだけで、弟夫婦には文句言わず黙っていた。

最近は、流石に母は「お願いしますね」とお嫁さんにはっきり言ってはいるが、効果は無い。

そんな時の弟は、黙って耐えている。何を言っても無駄で、彼女が不機嫌になるのが嫌なのだ。
それがモラハラと同じ構造に思える。


普通は奥さんが帰れば楽になりそうだが、弟の場合、精神的に縛りつけられて自由に動けなくなるのではないかと心配になる。

プライドがあるので、いっさい家庭の愚痴は言わない弟。
だから私も母もいっさいお嫁さんの話題はしない。

どういう人であろうと、弟がそれで良ければ良いのだ。幸せなら。

そう思って我慢してきたが、やはり自分の親の大事な時にこういう態度をとられるなんて予想していなかったのではないか。

長い間、結婚生活をしてきて、似た者夫婦だったし、弟も奥さんの考えに染まっている面もある。
共依存の状態に似ている。

羨ましい人だ。こんな好きに生きていけて、周りが言いなりになってくれるなんて。
自分がどう思われても気にならない、自分は正しいのだからという自信があるのだろう。

世の中不公平だなと彼女を見ていて、妬ましくなる。

でも、考える。彼女の幸せの裏には誰かの我慢があるのだ。

弟は、プライドなんかいいから、私だけでも本音をこぼせばいいのに。どうせ私の方がひどい生活しているのだから。
人の悪口を言わない性格で大人しいので、嫁さんはそこが気に入ったのだろう。

以前、鬱病になり入院したこともある弟。「病院は天国。家にいたくない」とその時、私だけに言っていた。

嫁さんは、「仕事のストレスが原因」と言っていた。
病院でもそういう事になっていた。それもあったのだろうが、本人もわかっていなかったのではないか。本当のストレスの原因を。


口で愚痴を吐きだすのは、大事だと思う。
自分だけで心の奥にしまい込むといつか病んでしまう。

昨日は、「今私たちが倒れるわけにはいかないから、気を付けようね」とだけ弟にはメールしておいた。

この文章を書いた後、母は手術することになったと連絡があった。


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