りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

2019年04月

今日は平成最後の日。

そこもあそこも、「平成最後の~」と聞き飽きるほどだったが、いざその日になると神妙にならざるを得ない。


今日は愚痴はやめておこう。

自分にとって平成はどんな時代だったか、思い出してみた。

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自分の人生の中でも、激動の時代だった。グラフにすれば下降線をたどる一方だったと言えようか。


自分の意志でやった事ならどんな結果になろうとも、良い経験をしたと納得がいき、充実感を得られた。
平成はそれが少なかった。

ただ、最高の経験も色々した。かなわないと思っていた夢がかなえられたり、色んな人との出会いもあった。

自分の人生は置いといて、世の中が残念な方に向かってしまったのも平成ではなかっただろうか。

今の流れでは、日本はこれからどうなるのかという不安が強くなっている。

自分の子どもに「結婚して孫を」なんて、とても言えない気持ち。
これから生まれてくる若い人達には、苦労しか待っていない気がしてくる。

若い人達に明るい未来を感じさせてあげたい。明日からは、そんな世の中に向かっていける事を祈ろう。



事故の数日後、車を運転していた女性が、うちに挨拶に来られた。

自転車のお母さんは、命に別状はなかったようだが、頭がい骨骨折や内出血があり、重傷だったそうだ。

自転車が一時停止せず、横の路地から飛び出した様だ。少し下り坂になっているのでスピードも出ていたらしい。

「ショックで茫然として、何もできませんでした。被害者の方の救護も救急車や保育園への連絡、おまけに毛布までかけて頂いて、自分の代わりに皆さんがしてくださり、本当に感謝します。」とお礼を言われた。

お互い様だ。自分だってその立場になったら、パニックになって何もできないかもしれない。


益々、運転が怖くなる。飛び出されたらどうしようもない。

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ここは気をつけた方が良いと思う道は近所にあちこちある。

土地勘の無い人、逆に慣れ切ってしまった人は、事故を起こしやすいかもしれない。

その後も似た様な事故が連続した。その度、私が救急車を呼んだ。

たまたま家にいる時でこうなのだから、いない時にはもっと起こっているのかもしれない。

昨日も、同じ場所で「バン!」と大きな音がした。ああ、またかと思い、嫌な気分になった。現場を見るのが怖かった。

幸い、車が塀に接触しただけだったが、それでも、どうやったらこうなるんだ?と不思議な事故だった。

わき見か居眠りかスピードの出し過ぎか、若い人だったが、一旦止まって電話をかけてから去っていった。
たまたま歩行者がいない時だったから良かったが。

高齢者だけじゃなく、誰でもが気をつけていくしかない。
それでも、いつ自分の人生が変わるかわからない。

今まで、無事にこれたのは、運が良かっただけだと思っている。



昨日の続き


子どもの泣き声で、事故だとわかり、私はすぐに道路に出た。


住宅地の中の狭い道路。抜け道になっており、朝晩はスピードを出して走る車が多い。


微妙にカーブになっているし、坂になっているがそうは見えない。


見えている様で見えていない事に気が付きにくい場所。


そんな道路の真ん中に母親らしき女性が倒れていた。泣いている女の子は近所の人が抱きかかえていた。

音と共に近所の人たちも一斉に出てきていた。


倒れているお母さんは、弱々しい声で唸っているが動かない。目も閉じている。


自転車が横たわっていた。近所の人が救急車を呼んでいる。私は女の子が気になり話しかけた。


目立った傷は見えないが、ショックで泣いている。


おそらく近くの保育園に行く途中だったろうと予測し、聞いてみた。

「お名前は言えるかな?」
女の子は頷き、名前を言えた。大丈夫だなと少しほっとした。

「○○保育園に行ってるの?」うんと頷いた。


近所の人に「保育園に連絡してきますね」と声をかけ家に帰り、園に電話をして女の子の名前を伝え、説明をした。


ああいう時は、救急車の到着が遅く感じるものだ。
道路に倒れたままのお母さんの様子が心配だった。
「痛い…」と時々言葉をだしていたが、動けず、頭は膨れていた。

そばにいる人達で、意識が遠のきそうな女性に声かけを続けていた。

私は家から毛布を持ち出し、横たわる身体にかけた。

近所の人が、通行止めにしてくれており、周りを見ると野次馬の人が沢山立っていた。

倒れている人を見世物にしたくない気持ちもあるし、保温の必要もあるかなと感じて毛布は必要だと思ったのだ。

実は、日ごろから、こういう事を想定して古い毛布をすぐに出せる様に置いている。


災害の時も何にでも役にたつ。
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やっと救急車が到着した。私はもう用がないので、その場を少し離れていた。

園長先生がすぐに走って来られ、「○○ちゃん!」とその女の子を抱きしめ、到着した救急車に一緒に乗ってくれた。
ご家族への連絡は園がやってくれるだろうと安心した。

隊員が毛布をゴミを捨てるように投げた。女の子とお母さんと園長先生が救急車に乗って行った。

警察が車の運転者に事情を聞いている。

道路に投げられた毛布を拾って帰宅しようとしたら、ぶつかった車の中から女の子の泣き声がする。激しい泣き声だ。
「ああ、この子も保育園にいくところだったんだね。びっくりしただろうね。」と初めて近所の人たちも車の中に子どもがいた事に気が付いた。


毎日、悲惨な交通事故のニュースが入ってくる。

大切な命が奪われる事は、残念で悔しい。胸が苦しくなってくる。


誰でも家を出る時や、最後に誰かと会話した時は、まさかそれが最後になるとは思わずにいつもの通りに過ごしている。

平和な日常が永遠に続く気がするのは、被害者だけでなく、加害者にとっても同じだ。

自分もいつ加害者、被害者になってもおかしくはない。でも、まさか自分がと思っている。

高齢者は特に気をつけなければいけないのに、池袋の事故の加害者の老人は、足がうまく動かないのに運転したのは、考えが甘く、運転をなめていたと思う。

自分が大丈夫だからと思うのではなく、誰かに迷惑をかけてはいけないからという発想は無かったのか。自分が怪我をする事より、誰かを怪我させるとは想像できなかったのかと思う。


おまけに逮捕はされていない。報道の仕方も違う。
警察に電話をせず、息子に電話をしたらしいが、頼れる息子がいるのなら、その息子はもっと早くに運転をやめさせるべきだった。
事故が起きてからでは遅い。親の名誉を守ることより、先にやるべきことがあっただろう。

私は、家族も自分も外出する時には、「無事に帰ってきますように」と祈ってしまう。無事帰宅するとホッとする。

自分が出かける時、もし何かあったら、この家にはもう帰れないかもと思ってみる。

すると、帰ってから整理しようと思って大事な物を出しっぱなしにはできない。さっと片付けてから出かける様になった。


心配しすぎてもきりがないが、最近のショックな交通事故を知ると、今自分が生きているのが奇跡に感じて来てしまう。

亡くなった人たち、怪我をした人たちは、何の落ち度もないのだ。

いくら「気を付けてね」と言っても、ちゃんと気を付けていたのに、車にはねられた。何て理不尽な事か。

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運転をしていると、ひやっとする事も多い。

運が良かっただけと思ったり、落ち込んだり、運転するのが怖くなる時もある。


運転が上手いとか好きというのと、事故を起こさないという事は全く別だ。いつでも初心者のつもりでいたい。


我が家の近くに事故が頻発する場所がある。

整備の行き届かない田舎の道路だからか。PTAなどでお役所に事故防止の整備を訴えても、何も変わらない。

事故が起こる度、ああまたかと悲しくなる。そこを通る事もトラウマになる。

最近では、保育園に向かう親子の自転車が、車にはねられた。

たまたま家にいたのだが、バーンという音がしたあと、子どもの鳴き声が聞こえた。




連休前に、注意喚起ということで、「詐欺メールに気を付けましょう」という話題がテレビで取り上げられていた。
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私にも良く怪しいメールがくる。慌てずに良く画面を見ると何か変で、気が付く事が多いのだが、一番無難なのは、メールのURLをさわらない事だろう。

調べたい時は、公式サイトからログインして、確認すればよい。


焦っていたり、雑にメールを読んで、簡単にクリックすると厄介な事になるのだろう。

メールは全て疑う。それが一番。

電話も同じ。

こんなに詐欺のメールや電話、悪徳商法が知られているのに、騙される人が多い。

それだけ巧妙なのだ。

以前、ご近所の高齢の一人暮らしの女性から聞いた話がある。

公共機関を名乗る電話がきて、実は詐欺だったのだが、騙されそうになったところにたまたま息子さんが立ち寄り、防ぐことができた。

警察にも連絡し、
「今後またこのような電話がきてもすぐに信用しない。」「かけ直すと言って、息子さんに相談する」「その場で即答しない」「留守電にしておく」
…などなど色んな注意をきき、「もう騙されないから!」と高齢女性は決心していた。


だが、すぐにまた別の詐欺の電話がかかってきて「詐欺かもしれない、でも一応聞いておこう」と相手の話に耳を傾けてしまった。

相手はプロだ。高齢者が乗ってきそうな甘い話をするのは当然だ。
「詐欺ではありません、安心してください。」と優しい女性の声で、お得な情報を語るのだ。


勿論、そんな話は嘘。

「私は騙されないわよ。でも、これはまともな相手に思えるわ。お得な話だし、ちょっと乗ってみようかしら」と女性は思ったという。

「私は騙されない」と気をつけているのを相手は承知の上でかけている。

プロ集団なのだから、そう簡単に見抜けないのだと思った方が良い。


自分を買い被るのは要注意だ。それで、女性は自宅訪問をOKしてしまった。


また運の良い事に、そこへヘルパーさんが訪問した。


その話を聞いて、ヘルパーさんはすぐにおかしいと感じた。
女性を説得し、私が相手をしますと機転を利かせた。

娘を装ったヘルパーさんが、うまく対処して追い返した。

暴言を吐き捨てて、詐欺師は帰って行った。

電話では優しい女性が話し、いかにもその人が訪問するかの様な口ぶりだったが、実際来たのは若い男だった。

一度中に入ると、居座ろうとする勢いを感じたという。

このお宅は、老人女性の一人暮らし、お金持ち、という情報が知られていたのか、その後も色んな怪しい電話が続いたという。
おそらくターゲットにしやすいリストが出回っているのかもしれない。


それにしても、「気をつけている、もう騙されない」と言っていた人が、すぐにまた騙されるわけだ。

それにしても、電話に簡単にでて、話を聞いてしまうという事自体がもうあぶない。




急遽会って話した友人は、なぜか私に突然
「ねえ、旦那さんはどんなタイプ?連休は帰ってくるの?」

と聞き始めた。
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普段私は、ほとんど聞き役で、自分の事はあまり話題にしない。

話題にするほどの事も無く、自慢できる事もなく、相談したいとも思っていない。


夫の事は言いたくない。だから聞かれた事だけ断片的に答えている。


友人は自分の事は色々話しているから、相手の事も同じ位聞きたいのだろう。

数年前からの知り合いなので、それまでの自分の家庭の色々を話すのは、しんどい。

その点、古くからの友人なら、おおまかでもお互いの歴史を知っているから楽だ。

それはお互い様なのだろう。友人も気を使ってくれているだろう。まだお互いを良く知らないから。


「単身赴任なのよね。いつ帰ってくるの?たまに会うと新鮮なんじゃない?」とか言われる。


おそらく本気でそう聞きたい訳ではなく、私が何か家庭の事を話すきっかけにと、話をふったのだろう。

新婚ならともかく、新鮮なはずがない。お互いに。

そもそも、連休であろうが、年末年始も帰ってこない。

仮に夫の事を愚痴っても、「でもいいじゃない。年金をあてにできるし」とか「でも、生活費だしてもらってるからいいじゃない」
などと言われるだけだ。真実を全部話してしまうと、今度は「なぜ、そんな人と別れないのか」と言われるだろう。

そして、どこかで他の人と私の事を心配してくれることになるだろう。

それが、面倒臭い。

本当に縁を切ると決めた時には、全てを話そうと思う。
いつになるかわからないけど。



続き


「あの人、他人の家庭を壊したかったとしか思えないわ。奥さんは別れたくないんだから、教えちゃだめでしょ。証拠もないのに。」と友人は怒っている。

話はそこで終わらなかった。

離婚に応じない奥さんに対して、旦那さんは家をでて、離婚調停を起こしたのだ。
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ここまでされたら、諦めるしかない奥さん。実家に泣きついた。普段から興信所まで使う実家なので、激怒。浮気していないと否定しているのに、していると決めつけ、抵抗手段にでたという。

旦那さんは、奥さんのストーカー的な執着に嫌気がさした。実家が興信所を使った事も怒っていた。

何も浮気の証拠も嘘も無かったのだが、友人の友達によるお節介が原因で、おかしくなってしまった。

ご主人の説明では、「買い物は1人で行った。偶然そこで同級生にあった。懐かしくて色々近況を聞いていただけ。」という。

奥さんは、何とその相手の名前を聞きだし、電話までしていた。それも浮気相手と決めつけて失礼な事を口走って相手を怒らせたらしい。

浮気相手ではなさそうだが、嘘かもしれないとまだ疑っていたという。

そういう奥さんの行動に嫌気がさし、すぐに奥さんの実家が口をだすのも、もううんざりだったとか。

奥さんは実家に泣きつき、実家対旦那さんという戦いになった。

そこで、お節介をした友達に連絡があり、
「証人になってほしい。裁判までいくかもしれないから」と言われたそうだ。

奥さんの実家は、がっぽり慰謝料をとってやる、家も貰うと弁護士を雇い、戦う気満々。

旦那さんの方は、自分には何も原因がなく、まるで有責者扱いなのはおかしい。1円も払う気はないと、抵抗していた。


「浮気相手といたと嘘を伝えた人は誰だ」と旦那さんも抗議していた。

証拠をだせと言われた奥さん。「見た人がいるから証言させる」と言い返したという。


さあ、どうするのか?証拠なんて無い。ただ、女性とお店にいるのを見ただけだ。

その友達は、そんな事に巻き込まれるとは予想もしてなくて、焦って友人に相談してきたのだ。

「あなたも一緒に見たわよね。どうする?」と友人まで巻き込もうとする。

「何言ってんの、だからやめなさいって言ったでしょう。私は知らない。浮気してるなんて感じなかったし、そんな事も言ってない。今からでもいいから、自分で訂正して謝るしかないでしょ。」
と言い返したそうだ。

他人の事を面白がって余計な事をすると、とんでもない事になる。人を心配している振りしながら、実は傷つけているお節介な人がいる。

私は、「○○さんが貴方の事をこんな風に言っていたわよ。何かあったら相談してね」みたいにわざわざ教えてくれる人は、信用しない。

例えその話が真実だとしても、教えてくれた人とは離れる様にしている。



おひとり様の友人から、ちょっとでいいから会いたいと連絡がきた。

早速、会って来た。

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話の内容が、彼女の知り合いの夫婦の事だった。

その夫婦は、以前旦那さんの浮気で離婚危機になったが、奥さんの方が旦那さんへの愛情があり、旦那さんは別れたかったようだが、浮気相手からふられてしまい、そのまま家庭に落ち着いた。

それ以来、奥さんのご主人への執着が強くなっていたそうだ。


そんな時、友人が友達と見てしまったそうだ。

知り合いのご主人が別の女性と買い物をしているところを。

友人の友達は、「また浮気しているんだわ。奥さんに教えなくちゃ。」と騒いでいたという。

友人は「こんなに堂々と買い物するのだから浮気ではないでしょ。仕事関係の人かもしれないし、買い物も、会社で使う物を買いにきたのかもしれないわよ。

想像で余計な事を言って、人んちの夫婦をもめさせてどうするのよ。もし浮気じゃなかったら大変よ。」と言って止めたらしい。

なのに、”他人の不幸は蜜の味” で、その友達がお節介な事をしてしまった。すぐに奥さんに連絡し、いかにも旦那さんが浮気しているのを見たと、大げさに話したらしかった。


疑われた旦那さんは、完全否定したが、前科がある。
奥さんは離婚したくはないので、信じるふりをしてそれ以上は問い詰めなかったが、内心旦那さんへの執着が益々強くなった。

ご主人が残業の日には、会社の近くでずっと見張っている奥さんの姿が目撃された。

あまりの執着に、ご主人はイラついた。

残業が続くと、ついには奥さんの親までもが興信所で調べ始めたという。

その上、勝手に奥さんはご主人の上司にまで相談し、本当に残業なのか、会社の女性と浮気しているのではないかとまで聞いていたのだった。

そこまでされたら、誰でも嫌になるだろう。旦那さんは、「離婚してくれ」と言いだした。

こうなったのは、お節介な友達のせい。

「だから言ったのに。余計な事を言うからよ。」と友人はお喋りな友達を怒った様だ。



私はいわゆる男尊女卑の家庭で育った。


父親がワンマンで、母は言いなり。おかしな事も、子どもがどんなに困る事でも。

自分の考え、文句を一切言うなと言われて育った。母に。

今思えば子どもの人権なんて無かった。

弟は男だから自転車を買ってもらえる。私は女だから必要ないと言われた。
いつの時代の話か。当時から我が家だけ戦時中に生きている様だった。

経済的な理由なのかと思っていたが、弟はすぐに物を無くす性格で、自転車もすぐに盗難にあったり、壊したりして、何台か買い直してもらっていた。だからお金の問題では無い事はわかった。弟は怒られている事もなく、叱られるのはいつも私だった。

自転車がないと不便だった。
友達は当たり前に乗っている時代に、女だからいらないとか意味がわからなかった。

学校に通学するにもバスで乗り換えて遠回りした。
友達と自転車で遊びに行こうと誘われても断るしかなかった。
周りから自転車に乗れない事を馬鹿にされてきた。

初めて自転車に乗ったのは、家を出て大学に入った後だ。

大人になってから練習したので、今でも下手だ。

自分が親になった時、子どもにはそんな事は絶対しない、ありえないと思った。

せめて母が父を説得すればよいのに、我が身可愛さで、とばっちりが自分にこないように知らん顔だった。

父親の虐待を母親が止めない、見て見ぬふりをする事が問題になるが、わかる気がする。

もし、私が父親に虐待を受けていたら、母は自分を守る事が最優先で、子どもを犠牲にしただろう。

父と直接話せば簡単に許可してくれた事も、母は「私にとばっちりがくるから絶対お父さんと話すな」と父と子の会話を遮断していた。

父は単純で気が小さい。話せばわかる人だったかもしれない。

父は母に良く怒っていた。でもそれは正しいことだった。
母は、マナーが悪くて下品なところがあったから、私も嫌でたまらなかった。友達にも「あなたのお母さん言葉が汚いし、変ね。」とよく馬鹿にされていた。

だから父が母に注意する事は嬉しかった。

だが、母は黙ってきいているふりで、そのストレスを子どもに向けていた。
「お父さんはおかしい、怖い。だからあなたたちも口を聞いてはいけない。」と洗脳していた。

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もしかしたら、自転車も直接ほしいと言えば買ってくれたのではないかと思う。すべて母が止めていたのだ。
高校3年になると、父の方から、「好きな進路に行っていいんだよ」と声をかけてきた。
父は、私を自由にしてくれた。
母の話と父の考えは違っていた。

母は自分の思い通りに娘を利用するしか頭になかった。近くにおいて、自分のストレス発散に使うつもりが、計算が狂った。


不満そうな母。私は父に救われたと今も思っている。(差別された環境で育ったことは確かだが。)

もしかすると差別していたのは母の方だったのかもしれない。


今でも母は、「男の子が一番。長男さえいればいい」みたいな事を言うし、「娘は自分の都合良く使う為に産んだ」と口にする。
介護状態になったら娘にさせ、弟には遠慮するだろう。弟自身もそのつもりだろう。


実際私がやった事でも、世間には「息子がやってくれたのよ」と自慢し、「娘は何もしなかった事にしよう」と言っていた。もちろん私は抗議し、いつも母に怒っている。

男尊女卑の扱いを私にしながら、弟夫婦に対しては、女尊男卑だ。弟嫁がどんなに非常識でも、冷たくても何も言わず、弟と一緒にご機嫌うかがいをしている。


弟夫婦に多額のお小遣いをわたし、ペコペコする母。
弟嫁は、母の前で弟を罵倒し、私の方が上よと、なめんなよと強い態度で好きな事をしている。
父が救急車で運ばれても、遊びに行って帰らない。
我が子が入院しても、母に付き添いをさせ、自分は世話をしない。頭をさげたくないからと母に会わない。そんなお嫁さん。親を大事にしてくれるはずがない。それをわかっていても、ご機嫌をとり続けている両親。

私と弟では、両親の気の使い方が違い過ぎるのだ。


こんなとんちんかんな親だから、私も弟も親も配偶者に馬鹿にされるのだ。と私は勝手に思っている。母にも話した。母は、何も言えず黙っていた。




義父が亡くなった。

施設に入っていたが、朝ベッドの中で亡くなっていたという。

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夫からメールで知らされた。それも葬式も終わり、数日過ぎた後で。ありえないだろう。

県外だし、自分が行けば家族は行かなくて良かったから教えなかったという。
いっさい連絡も何もしなくていいからという事だ。

まあ、それならそれで構わないが、親族にはどう説明したのだろう。


夫が私たちに連絡しなかった理由は想像ができる。嘘ばかり言って誤魔化しても私には通じない。


●家族の交通費、その他の費用を出したくない。
●自分だけこっそり頻繁に実家に帰って遊んでいたり、家族の事、特に私の事を嘘で固めて話している事、自分が家族を大事にしているという嘘がばれる。
●お金が無くて食べるのも苦労していると言い訳して生活費を出さない事が嘘だとばれる。
●親族には仕事をバリバリやって活躍している風に見栄を張っている。

嘘をつきすぎて、どこまでどう話しているのかわからなくなっていると思う。ちょっと話すと辻褄があわなかったり、ポロっと本音がでる。

だから、こんな大事な連絡もメールでポンと済ませるのだ。

私としては、お気楽で良いけれど、義兄嫁が気の毒になる。葬儀でバタバタした事だろう。

義兄嫁は結婚当初から姑と夫にいびられ、居場所がなく、苦労してきた。

近所にいながら、義実家とは行き来をしなくなっていた。
姑は、嫁同士も仲良くしないようにしむけた。私に義兄嫁の悪口を言い、「あの人と付き合わない様に」と言った。

義兄嫁は、姑にべったりの夫を嫌っていたので、自然と私とも疎遠になった。

夫の無責任さが露呈した時、私の事を姑の方から避け始めた。
たとえ息子が悪かろうが、嫁に謝るのは嫌だと。お金の事で相談されたら困るからと。


元々、姑は嫁や孫を避けていた。一番の理由は「孫に小遣いをやりたくない。孫たちのご飯作るのが面倒くさい。」からだった。

お金に執着しながら買い物依存症で、家の中は物であふれていた。

孫にもケチなのに浪費が凄かった。夫は母親は正しいと信じて真似をしているのだろう。

義両親は、世間には「長男嫁が孫を連れて来てくれない。冷たい」と嘘を言っていた。


こんな事をするから、嫁や孫たちから嫌われた。

寂しい老後は因果応報だったはずだが、最後まで誰かが悪いと文句を言っていたらしい。

夫には姑が乗り移っている気がする。義父(舅)は姑の言いなりだった。
夫に比べてずっと良い旦那さんでお父さんだったと思う。夫には義母ではなく、義父を真似してほしかった。

そうそう、私の実家に連絡すると「何て非常識な!失礼な!」と夫への両親の怒りが凄かった。私だけならともかく、私の親に対して失礼だという事だった。

私と接する時の舅はいつも優しかった。今頃天国で夫婦仲良く再会を喜んでいる事だろう。



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