りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

母から電話。

1カ月後の検診に行ったらしい。

数値は良好とのことで、次も1カ月後。

良好とは言っても、白血球数は少なく、免疫力が落ちているし、抗がん剤で腎臓がかなり弱っている。

高齢だから、いつどうなってもおかしくはないのだが、今のところはそんな実感がわかない。
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先日、無事に楽しく旅行ができたことで、自信がついたらしい。

本当に現実から解放されて、楽しかった様だ。
何度も同じ事を言う。

チケットの割引き期間が1月まであるらしく、それまでにもう1度来たいという。
次は1人で。

心配な時は、帰りに私が付き添って一緒に帰省してもいいのだが、とにかく夫が突然帰宅さえしなければ良い。

いくら元気そうに見えても、本人が元気だと言っても、抗がん剤を飲み続けているし、痩せたままだし、これから寒くなりインフルエンザや肺炎なども心配だ。
両ひざには人工関節が入っており、転倒したらそれまでだ。

年末年始はどうするのだろう。
母のことだから無理して大掃除をして、大量の買い物をしに人混みに出かけて、おせちを作って、後からバテそうな気がする。

長年、年末年始を実家で過ごしていない私は、今年は母を手伝いに、年末を実家で過ごそうかと考えていた。

その話を母にしてみた。喜ぶかと思ったら逆だった。

結局、また母と言い争いみたいになってしまった。


続き




久し振りの再会。

元職場の先輩は、なぜ私に会おうとしたんだろうと不思議だった。

私は、その頃、元職場の夢をよく見ていた。嫌な思い出を夢で整理しようとしているのかもと思っていた。

先輩は、世間話をするだけで特に用事がある訳ではなさそうだった。

話題がとぎれたので、夢の話をした。

深い意味は無く話したのだったが、先輩が反応した。
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そしてこう言われた。
「あの人の夢をまだ見るなんて、よっぽど辛かったのね。実は私も彼女には困っているのよ。当時助けてあげられずにごめんね。ずっと気になっていたの。」

この言葉は意外だった。あの女性上司とは仲が良さそうだったから。

仲が良いし、上司が気を使うほどの人だったから、愚痴なんてこぼせる相手では無いと思っていた。

先輩は、上司の事を批判し始めた。私の知らなかったことまで、次々と暴露し、心に溜まっていた不満を一気に吐き出した様だった。

もしかしたら、その為に私に会ったのかなと思った。

会社の中では、愚痴一つこぼさない、できた人。誰ともつるまない、一匹狼的な人。

だから、吐き出す相手がいなかったのかもしれない。

私はもう会社の人間では無いし、不満をわかってくれる人だと思ったのだろうか。

先輩が、こんな事を言った。

「彼女はね、あなたに嫉妬していたのよ。」
嫉妬なんてありえない。と思った。そんな材料は自分には無かったから。

元部長の事を、上司は好きだったのだという。(不倫になるが。)

何度もアタックしても相手にされない時に、私が元部長に気に入られている様に見えたらしい。それは全くの誤解であり、迷惑なことだ。

元部長に任された仕事を指導されている時とか、確かに彼女は不機嫌だったし、その仕事を私からとりあげていた。

そう言えば、社内旅行の時、女性上司がカメラを見せて「写してあげるからね」と皆に言った事があった。

ところが、終わってみたら、一枚も写していなかった。
全て、元部長だけを写していた。

あの時「主人が焼きもちやくのよ。部長しか写してないじゃないかって。ほほほ」とおかしな自慢をしていた。

変な人だなと思ったが、そうだったのか。

そう言えば、部長と二人で得意先に挨拶に行く予定があった。

部長と打ち合わせが済み、準備も終わった後、前日の夜中に上司から電話がきた。

「明日、挨拶に行くのは、あなた1人で行く事になったから。部長には私から断っといたから。」
と言うのだ。
これは、部長からの指示で行う仕事だったが、女性上司がぶちこわした。

結局、私が1人で行った。

部長に、報告すると「何かね、急に彼女(上司)が、不公平だと社内で不満がでていると言われて」と謝ってきた。
その話を先輩にしてみた。

すると「不満とかそんなの嘘よ。ただの嫉妬よ。仕事なのに、嫉妬しまくって邪魔していたのよ。」

と言う。

なんて馬鹿馬鹿しい。ほんとに迷惑だ。

先輩とお互い言いたい事を言い合って、すっきりして別れた。
別れ際に、先輩が「これで、もう夢には出てこないと思うわよ」と笑顔で言った。


本当に、それ以来上司は夢にでてこなくなった。


久し振りにこの話の続きを…




仕事は続けたかったが、ただでさえ夫へのストレスで参っているところに、職場のくだらないストレスで体調不良が再発することが怖かった。

ストレスは少しでも減らす事が優先。で、会社を辞めた。

新部長は嬉しそうにニヤニヤ。休職するような人は雇いたくないと言う人。自分の立場しか頭に無い人だった。それを利用しながら嫌がらせをしていた女性上司は、
「寂しくなるわ。辞めてほしくないわ。また気がむいたら戻ってきてね。」とわざとらしく演技していた。嘘がバレバレの顔だった。
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その後、1人で活動し、身体を使う仕事が良いのではないかと思った。友人の誘いで学校に通い、ある資格をとった。
取得後すぐに、資格を活かした仕事についた。

新しい仕事に慣れてきた頃、前の会社で隣に座っていたベテランの女性社員さんから、お茶のお誘いがあった。
特に仲良かった訳でもなく、むしろ尊敬する相手で、一緒にお茶した事も無い人だったので、驚いた。


先日、久し振りに古い友人からメールが来た。スマホ、携帯でもメールやラインをしない人なので、パソコンでやりとり。

明るい話をなるべくしようと、お互い気を使ってやり取りしていた。
すると昨日、「実は…」とちょっと深刻な感じの返信が来た。

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ご主人が嫌になり、家を出たというのだ。
近所に部屋を借りて1人で暮らしているという。子どもさんは結婚されて心配はない。

以前のやり取りで、何となくご主人に何か不満がある様な感じだった。具体的には聞いていない。

アパートを借りるのは経済的に大変だろう。パートをやめると生活できないと言っていた。

一時的なご主人への警告の意味で、行動にでたらしいが、うまく収まってまた帰宅できたらよいなと思う。

年齢的に考えて、人の性格は変わらないと思うから、大変だろうなあ。

離婚の準備?いやまだそこまで決心している感じではなかった。ご主人に変わってもらうことを期待している様だった。うちと違って、本質的なところが良い人なのだろう。

うちは、夫の方から出て行ったのが、今となっては良かった。

当時は、夫の身勝手な行動に怒りしかなかったが、今ではもう帰らないでほしいと願う。

夫は、もう誰かと生活することはできないだろう。自分勝手に生きていく癖がついている。
仮に帰ってきても、またすぐ嘘の理由をつくって出ていくと思う。

自分が寝込んで動けない時だけ、利用するつもりだろうが、そうはいかない。

友人はずっとパートだったので、年金も少ないし、縁をきって自分だけが老後破産するのも納得いかないというところだろう。

多くの奥様が熟年離婚できない理由はそういう面が大きい。

正社員で働き続けられたら良かったが、子どもができれば女性だけが負担を強いられ、パートにならざるを得なくなる。
うちみたいに、夫に振り回されたあげく誰も知り合いのいない土地で放り出されたら、尚更だ。

正社員の仕事ができなくなる状況に追い込んだ夫が「もっと働いて稼げ」と言うのは腹が立つ。

友人ときちんと話をしたいのだが、遠く離れていてすぐに会えない。

近い未来に、会いに行こう。

新しい目標ができた。


気候が良いし、足や背中も良くなったことだし、運動を兼ねて散歩しようと思う。

昨年は結構よく歩いた。寒い冬でもすぐに汗がでてきて、お腹はすくし、夜はぐっすり眠れる。

今年も歩こう。夏は暑さを理由にさぼっていた。
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あまり運動を意識すると負担なので、私は大きなショッピングセンターを回って、店内を早歩きでぐるぐる回る事にする。
2時間歩き続ける事なんてすぐだ。楽しみながら飽きずに歩ける、私の健康法。

靴には気を付けないと、後から股関節が痛くなったりする。

若い時は、テニスをしたり、忙しかったせいで毎日が運動みたいなもので、痩せすぎていた。

今はお腹が大変なことになり、服が着れなくなり、運動不足だ。

こんな日がくるなんて思ってもいなかった。

子育ては、どんなに体力と気力を消耗するものか。

父親が協力するかどうかで、全然違う。それをわかっている男性はどれくらいいるんだろう。

ぎっくり腰になっても、乳児の世話はしなくてはいけない。

泣きたくなるほどの痛みをこらえて、下の子を抱っこして、上の子を幼稚園に送っていた。

腰痛は持病だった。誰もかわってくれない。自分がやらねば誰がやるという気持ちだった。

病気になろうが、「お母さんなんだから、がんばらなくちゃね」と誰もが言う。

親切で励ましているつもりだろうが、こんな悲しい言葉は無い。

今はそれも懐かしい思い出。

さて、そろそろ外に出ようかな。

母が、「年末年始もそっちに行きたいな。楽しそうだね」と言う。

確かに子ども達が集まって賑やかだ。

夫は年末は旅費が高くつくので帰って来ない。帰る時は、予定外のお金が入った時や近くに遊びに行ったついでに突然来る。

帰る時は、連絡をわざとしてこない。抜き打ちで帰るのだ。こちらの都合なんかお構いなし。仕事の邪魔も平気でしてくる。
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「帰らずに、一度は家族を呼んでほしい」と私に言われているから、尚更黙って強引に帰ってくる。
もし前もって連絡したら、「今回は私がそっちに行くから、その旅費を送って」と言われるのも嫌なのだ。

抜き打ちに帰宅し、何か隠し事をして楽しく暮らしていないかと調べる。
もし、仮に私が旅行に行っていたら、いざとなった時(離婚裁判)妻は贅沢する余裕があったから、生活費を送る必要が無かった。自分は騙されたとか、自分に有利になる材料を集めておこうと思っている。
誰に対しても、そんな計算ばかりしている人間だ。わかりやすい。

だから、先日弟と母が来ていた間も、夫が突然帰ってくるんじゃないかと不安だった。

年末年始、夫はよっぽどでないと帰らない。しかし「帰る」と嘘をつく。

初めから帰る気は無いのに。帰ると行って置けば、私たちを縛り付けられる。

帰らないと言えば、妻子が実家に行ったりどこか遊びに行ったりするし、自分のいない時に家族が楽しい思いをするのは許せないという訳だ。
夫の帰りを待っていたら正月になってから「やっぱり帰れない」と言ってくるのだ。
最初から帰るつもりはないくせに。家族が振り回されているのを満足気に自分は正月をどこかで自由に過ごす夫。

家族を不幸にするのが夫の目的で、それが自分の価値をあげることだと歪んだ考えを持っている。


母には来てもいいよとは言っているが、母も夫にばったり会いたくないし、迷っている風だ。父は認知が進み、あまり家をでたがらなくなった。

お正月に父を置いて出る訳にもいかないので、おそらく母の希望はかなわないだろう。

こんな時、夫と縁を切っておけば、無駄な不安が無くなり、せいせいするだろうに。

おそらく、今縁を切るにしても、色々面倒な事になると思う。

後悔という文字は夫には無い事だろう。どんなに人に迷惑かけても、被害者をだしても、絶対反省しない。どんな失敗でも、悪事でも、自分は悪くないと信じ込む。
幸せな人だ。

年末ではなくても、母が1人でまた来れるなら来たら良いと思う。それで元気になれるなら。



今日は体調が良く、昨日までは何だったんだろうと不思議だ。

また腹がたつことがあった。

夫が私に支払われるべきお金を横取りしていた。

振り込まれるはずの私の口座に入金が無く、夫にさりげなくメールで探りを入れた。

すると、翌日夫からそのお金が振り込まれた。

夫が自分の口座に送金させていた。

夫は、普段送金してくる時、少額であっても、夫の支払うべきお金であっても、必ず嫌味や恩着せがましい言葉をつけてくる。「送ってやった」と。

でも、この時は黙っていた。今も何も言ってこない。
恩着せがましい事を言わずに送金するはずがない人だ。

自分が横取りしていたのがばれたと思って、慌てて送金したのがバレバレだ。

あえてこちらから何も聞かない。絶対に言い訳を用意しているはずだ。仮に相手が間違えたと言い訳しても、なら私にそう教えてくれたら良いわけで、黙っているのはおかしい。

チェっ、ばれたか。ほら返せばいいんだろ。

と言われている気分だ。黙ってぽいとお金を投げつけられたかのような。

「何故、黙っているの、このお金を何故あなたが持っていたの?」

と聞いたとしたら「何故、黙っていたかって?そっちが聞いて来ないからだよ」と言うだろう。
「送ってやったのに文句言われるとはね。」と言うだろう。

結婚式、新婚旅行も嘘をついて私に全額ださせた。
お金が無いなら、しないと言えばいい。「結婚式はこんな風にしたい!旅行は○○に行こうよ!」と言ったのは夫だ。僕がしてあげる。連れて行ってあげるとさんざん言っていた。

その後も、大きい買い物、車とかは「これいいね、買おう」と言い、支払いは私にさせてばかりだった。

「ちょっと立て替えてて」と言って返さない。詐欺だ。

本物の詐欺師だと思ったのは、最初だけは返すところ。プロのやり方と同じ。
催促すると、わざと怒って話題をすりかえるところもプロ。
「返そうと思っているのに、文句言われたら返す気が失せる。返してほしければ黙ってろ。貸したといばるな」とまるで被害者面。

悪質だ。他人に対してもこんな事をしているんだろう。

だからいつも誰かともめている。
こんな悪徳な人と家族だなんて嫌だ。
別居しているから何とかもっている。

根本的にストレスを無くすには夫と縁をきることだろうと思っている。

ただ、夫には実家から多額の貸したお金があり、それを回収しなければ、縁をきるのは向こうの思うつぼ。
お金が無いと言い続け、親が亡くなるまで逃げ切ろうとしている。最後は時効だなんだと言い出すだろう。

人として、恩義とかプライドとか無い。口先ではさも人徳のあるふりをするが、嘘っぽくて寒気がする。

どれだけお金が入っても、すぐに使い果たすか、隠す。

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人のお金をあてにして生きていきたい人だから、あてが外れた結婚だったのだろう。


口先で簡単に人は騙せると思っていたようだ。

「きっとこうなるに違いない」と勝手に思い込む。

現実がそうならないと、「普通じゃない。普通ならこうなっているはずだ」とわめく。夫の普通とは「自分の思い通りになること」だ。全く普通じゃなく異常なのだが。

気候が良いので、外に出ると救われる。一年中こんな気候であってほしい。

自然と触れる、自然を感じる事は、身体も心も救われる。


母と弟が帰宅したら、再び体調がおかしくなってきた。

母がいる間は気を張っていたし、よく動いて歩いた。自分も良い気分転換になった。

薬の副作用からか、身体がかゆくて眠れないという母に、クリームを毎日塗ってあげたりした。背中が時に痒いそうで、自分で塗れないので私が塗った。

帰宅したら、おそらく誰も塗る人がいないことだろう。母もよっぽどでないと父や弟には頼まない。

そんなこんなで、自分も一緒に元気になったと思った。

いったい何なんだろう。また元に戻りそう。不安がよぎる。

何とも言えない不安感。おそらく心の問題。

冷静に何が不安?何が原因?と分析してみた。

本質は夫のこと。でも、今は存在を忘れる時間が多く、老後を思うと破産がよぎり不安だが今はそれもあまり考えない。
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母が来る前と帰った後に不安がでるという事は、母の事が心配ということ?

目の前にいると安心だったから、自分は元気になれた?

そうかもしれない。両親といつ永遠の別れになるかを最近はいつも考えて居る。

離れているので、いざという時は慌てるだろう。最期に間に合わないかもしれない。バタバタする事が嫌い(体調不良の引き金に)なので、想像しただけで気持ちが落ち込む。

意外にまだまだ長生きしてくれるかもしれないが、それでも数年も無いだろう。

こんな事で体調に変化がでるなんて情けない。もっともっと大変な思いをしている人が沢山おられるというのに。




帰る前に母が何度も呟いていたこと。
「あ~。また現実に戻るわ~。明日からまた家事労働だわ~。」

頑固な父の世話、誰も手伝わない家の事。

病気であろうがおかまいなし。それが母のリハビリにもなるから良いのだが、精神的なストレスはどうも強い様だ。

弟夫婦が全く家事を助けない、掃除はしてあげたらいいのにと思うが、絶対しないし、台所も立たないから、術後の退院して帰宅したその瞬間から、母は家事をせざるを得なかった。
食事制限もあり、まだフラフラしていた状態で、父も弟も知らん顔だったらしい。

ましてやお嫁さんは顔も見せない。
退院日には、私は行けなかったが、弟夫婦がいるし、まさかこんなに冷たいとは思わず、退院の日くらいは、手をさしのべるはずと思った。
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そんなだから、母はうちに来て全てから解放され、夢のような時間を過ごした様だった。

帰ったら、また家政婦、どんなにしんどくても、誰も助けてくれないというストレス。

母も男尊女卑を感じて生きて来たのだろうが、今更それに気が付き抵抗しても無理なのだ。それが当たり前と思い込んできた父はかわらない。

弟もそれをわかっている。でも、自分たちは別らしい。全て父が悪いと言って終わり。
だからといって協力しようという気はない。

もし父が1人残ったら悲惨だろう。弟夫婦は父の世話はしないと思う。これまでさんざん両親を利用してきて今の優雅な生活があるとわかっていない。
少しは恩返しをしたらと思うが、弟自身は精一杯やっているつもりなのだろう。

弟から帰宅したと、お礼メールがきた。母が生き返った様に元気になったと言う。
そして、また行きたいと言っていると。次からは1人で行かせるよと。

弟にとっても現実から解放されて楽しかったようだ。

少しは二人の救いになったなら、それで良かった。無事、帰ったと聞いて力が抜けた。


ああ、早かった。

あっと言う間だった。母と弟は満足して帰っていった。

元気に毎日を過ごし、美味しいものを食べ、よく歩いた。

母は、「まさか、この年でこんな病気の時に旅行ができるなんて。こんなに元気に過ごせるなんて!」ととても嬉しそうだった。

思っていたより、母は何でも食べて病気とは思えないほど元気だった。

外出しても、よく歩いて疲れも見せなかった。


電話だと声が良く聞こえ、普通に会話をするが、目の前で話すと耳が遠くて私の話がよく聞こえない様子。だから会話があまり成り立たない。

そのせいで電話で話すよりも母は静かで控えめ?だった。

だから喧嘩にもならず、楽だった。

夜もぐっすり寝ているようだった。

私は、怪我の痛みや背中痛や色々体調不良があったのが、全く気にならなくなり、良く動いたからか、こちらもパワーアップした。
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昔のあのずうずうしかった2人はどこにもいなくて、とても喜んでお礼を言って帰っていった。

ふと嬉しそうに話す母を見ていると、あとどの位、こうやって会えるのだろうと思ってしまった。

母が、こっちに来てから毎日、亡くなった姉や友人が夢にでてきたと話していた。

まだ若かった頃、手伝いに来てくれていた時の思い出を話しながら母は自分の人生も振り返っている様だった。

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