りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。


四九日も終わり、
やっと涙もでなくなったところに
親族二人から、手紙が届いた。

香典返しのお礼も兼ねての内容だったが、
コロナで面会もできず、葬儀にも来れなかったので、
遠くから心配してくれていた。

私が母を1人で看取ったことや、
父との確執も、もしかすると噂が流れているかもしれない。

手紙を読んで、また色々思い出してしまった。

車で外出する時も、母が後ろに乗っている気がして、
買物中も、母が横にいて、
お喋りしている声が聞こえてくる様だ。

良く考えると、
今私が思う母は、現実の母の姿と違う。
 亡くなる直前の理想の母だ。

あの時の理想の母が一緒に居る気がする。
心配して時々私の様子を見に来ている気がする。

成仏してくれていると思いたいし、
心配をかけたくない。

子どもの時に、お母さんが亡くなった友人もいるというのに、
自分はいい歳して、いつまでもこんな風で良いのかと思う。

コロナの影響が大きかったのかなあ。

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母がくれた昨年末の手紙には
「この1年で、すっかり歳をとりました。コロナのせいかもしれません」
とあった。字もいつもと違い、乱れていた。

この直後に入院し、今思えば、
その手紙を書いた約3カ月後に亡くなるなんて
誰も予想していなかった。

おそらく、母の病気はこの時すでに再発し、
進行していたのだろう。
「だるい、きつい」「食欲が無くなった」と電話で言っていた。

そんな母を父は怒鳴りつけ、家から追い出そうとした。
弟夫婦も何も手伝わず、
母は、最期までかなり無理して動いていたと思う。
父へのストレスとコロナがなければ、
母は再発しなかったかもしれないと思ってしまう。

入院前日の大晦日まで、お客様状態で、母に接待させた弟夫婦。

コロナで無ければ、大晦日の家事を私が手伝い、
年末年始を実家で過ごしたかった。

母が何もしなくていいように
私が全てやってあげたかった。
当時、その話は母にした。
コロナのせいで、手伝いに行けないのが残念だと。

その気持ちを話せただけでも良かったと思っている。

父が1人ならそうはいかない。
私の気持ちは通じない。

いなくなった後の父との問題があるから
悲しいのだと思う。

今年の大晦日はどうするつもりだろう。

弟夫婦は、これまで一度も実家の家事を手伝った事は無い。
嫌な事は絶対しないという夫婦。
さて、父の為に何をするだろうか。

そんな娘の心配も、父には通じない。
心配するだけ無駄だ。お節介と言われるだけ。

今の父と弟嫁を思い浮かべるだけで、不愉快になってくる。

母がいたから幸せだったということ、
全てを支えて貰っていたということ、
ぎりぎりまで、弱った母を助けず、
苦しめた事をうんと思い知ってほしい。



母を見送って、人生観がかわったかもしれない。

人は何のために生きているのだろうか、と考える様になった。
自分が少しでも世の中の役に立っていればよいけれど、
いずれは、時間が経てば忘れられ、自分の存在感は消えていく。

いつか消えるのなら、生まれて来る意味があるのかなと思ってしまう。

人類の為に功績を残すような人と違って、
自分がいなくなっても誰も困らない。
子ども達が悲しむのは辛いけど。

夫の害から子どもたちを守る為に
夫より先には逝けないというのが今の使命?かな。

母も、私程では無いだろうが、
似た様な気持ちを持っていたかもしれない。

父より自分が残って、父がやっている事を修正したい、
子ども達に迷惑をかけたくない。
まだ、やりたい事がある、と母は思っていたに違いない。
口では「思い残す事は無い」と言っていた。
苦しさのあまり「もういい。今すぐ楽になりたい」と言っていた。

本音は違ったと思う。

誰よりも、母本人が、自分は父より先には逝かないと信じていた。

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今でも、何故?そんなはずがないと
母がいないことが、どうしても納得できない時がある。

年齢的にも、寿命を全うしたと思うのだが、
母の悔しさが染み込んでいる。
何かの間違いでは?と思ってしまう。

「自分の人生は、何だったのか」と
母は入院中、ずっと考えて過ごしていた。
電話で色々、呟いていた。

この結婚で良かったのか。と。
「あの時、プロポーズを断っていたら~、でもそんな状況じゃなかった、
努力すれば、報われると信じていた」と話していた。

亡くなる前に、そんな事を考えるなんて。
母が病気になっても繰り返す父のモラハラが原因だった。

母は弟と私を育てた思い出が一番幸せだったと言った。
「人生の最期に、子ども2人と沢山話もできたし、悔いは無いよ。」
と泣きながら言っていた。
配偶者は憎くても、子どもと出会えた事は幸せだったと思う気持ち。
私自身がそうだから(誰でも同じだろうが)良く理解できる。

自分は、結婚を軽く考えていた。
若い時は、誰でもそうかもしれない。
体験しないとわからない。

母は、父のモラハラに苦労しても、
いつかは報われる、と信じていた。
父の態度がいつか自分への感謝にかわると信じていた。

信じた人から簡単に裏切られることがあるなんて、
結婚する時には、考えられるはずが無いから、仕方がない。

夢がないと生きる気力もわかない。
でも、人に対して、いつかは…と期待する様な我慢は止めた方がいい。

父には、残された人にかける迷惑は頭に無い。
好き勝手に動いている。
母の遺志も聞くはずもない。

弟から、「父と会うと気が滅入る」とラインがきていた。



家事をしていて、ふとした瞬間に
3年前に亡くなった伯母を思い出す。

特に、食器を洗う時に
伯母の家の台所と伯母の声を思い出すのだ。

子どもの時、流し台の中の洗っていないお茶碗や 
洗ったばかりのかごに並べた食器を見るのが好きだった。

好きだったのは、実家では無く、この伯母の家の台所だけ。

小さな古い家の、小さな流し台だった。
遊びに行くと、まず流しを見に行く。

流しに洗ってない食器があると嬉しかった。

伯母が、かちゃかちゃと食器を洗う音や流れる水の音がまた気持ち良かった。
流しの前には窓があり、いつも青空で風が気持ちよく入ってくるのだ。
夏休みには、セミの鳴き声も聞こえた。

実家には、そういう気持ちの良い場所は無かった。
母が食器を洗う音は、逆に苦痛だった。
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母の姉にあたる伯母なので、
母が連れて行き、伯母と母がお喋りしている間、
私は家の中をウロウロして、1人で遊んでいた。

その伯母は、1人暮らし。
3年前トイレで倒れ、意識不明のままドクターヘリで
私の実家近くの病院に運ばれた。
たまたま、母の足の手術後の手伝いで帰省していた私は
すぐに駆けつけ、母と一緒に伯母を看取った。

県外のひとり息子は、間に合わず、
代わりに伯母を看取れた事を母も喜び、
私も凄い偶然に、伯母に呼ばれた気がした。

脳出血だったので、
苦しむことなく、意識も無く、
眠る様に、息を引き取った。

こんな風に、伯母みたいに逝きたいと言っていた母。

そうならなくて、可哀想だった。

子どもの頃、母と伯母の家に行ったあの頃。
ついこの前の様な気がする。

そして、永遠にその世界が続く様な気がしていた。





夫との会話で、何を話していても
「僕は」「僕の子どもの時は」「僕のお袋は」
とすぐ自分の話に持っていき、
話題は「自分がこうだったから見習え」という結論に持っていかれる。 
夫は、家族と他人の区別ができないから
誰にでもこんな風だ。

家族は、とっくにうんざりしているから
会う事も少ないし、被害は無いが、
他人に対して迷惑をかけているのは申し訳ない。

歳をとっても、同じ行動を繰り返す。

若き日の未熟さ故、ということなら
誰でもあるし、自分もあったし、今でもついやってしまうかもしれない。

でも、人のふり見て~で、気をつけるようにはなったつもり。

夫は、20代の頃から行動が変わっていない。
子どもの時に近所のお年寄りから聞いた話を
当時、自分がへーと感心したからと言って
それをあの時の年寄りにむけた自分と
同じ尊敬のまなざしを相手に求め様とする。
何年も同じ話で。
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今の夫は、コロナは風邪とかインフルより軽いとかマスクは害だとか
まだ言っている。
「世間の人間は馬鹿だから、世界征服を企む闇の組織に騙されている。
俺様の様に選ばれし賢い者だけが、真実を知っている。騙されないぞ。」
と同じ事をずっと言い続けるのも、似た様なものだろう。

そもそも、感染した方、家族が重症化したり、亡くなられた方の事を思えば
そんな事は言えないと思う。
夫は、家族が感染したとしても、悲しまないだろうし、
人の心がわからない人間だから。

以前帰宅した時、ある犯罪者を褒めて、この人の話を聞く様にと私に勧めて来た。
「その人、詐欺師よ。」と教えると絶句していた。
当時ニュースやネットで話題になっていて、
興味の無い私ですら知っていた。
その情報も知らず、詐欺師の説法に騙されたままだった夫。

一歩間違うとカルトにはまるタイプ。

夫が好きになる人物は、皆胡散臭く、悪徳ぽく、ちょっと調べれば
ヤバイとわかるのにすぐに信じきってしまう。
騙されて損をしても、騙されたと思わない。
自分は失敗しないと思っているから。
言い訳を作り、学習せず、また繰り返す。

自分に似た臭いの人、同じ世界に居る人に魅かれるのだと思う。

だから、夫の周りには胡散臭い人が集まる。
それも私は苦痛だった。

負のオーラを出す人とばかり仲間になる夫。
私は、直感的に受け付けられない人たち。
住む世界が違うというか、
危険な感じがして、身を守りたくなる様な人に夫は寄っていくのだ。

私と子供達は、夫と離れたことで守られた。
夫より私のパワーが強かったのだろうか。

苦しみ、体調も崩し、子どもにも迷惑をかけたが
結果として、夫とほとんど会わずに長くいられたのは救いだった。

誰かが守ってくれて、夫を家族から引き離してくれたのかなと
護り神様に感謝している。








梅雨の季節になった。

幼い頃から雨の日が好きだ。
理由は、家に堂々と居られるから。

別に外に行けと親から言われていた訳ではなく、
子どもは外で元気に遊ぶものだ、という世の中のイメージと
自分がかけ離れている気がして
元気なふり、子どもらしいふりをするのが苦痛だった。

雨の日は、お人形遊びをしたり、
チラシの裏に絵を描いたり、本を読んだりして
1人で過ごすのが好きだった。
晴れていると、友達はすぐに外で遊ぼうよと言い、
自分はそれを追っていくのが苦痛だった。

前にも書いたが、老後は眺めの良い高台の部屋に引っ越して、
1人静かに暮らすのが夢。

朝から、ベランダでお茶を飲みながら、海or街の風景を眺めたり、
夜は、お酒を飲みながらと言いたいところだが(飲めないので)
ノンアルビールでも飲みながら、夜景を楽しむ。

そんな生活ができれば最高。

引っ越しが不可能なら、
1年に1度の旅行で、そういう気分を味わえたらいい。

お金を貯めて、このささやかな楽しみを支えに?生きて行こう。

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今のところ、家では相変わらずネットで映画三昧。

最近、若い頃のブラットピットの映画をみて
カッコイイ!可愛かったんだなあとほれぼれしている(笑)。
夫とのゴタゴタ、子育てで、長年映画館に行く余裕も無かったので
古い映画も、今観ると新鮮だ。

気に入った映画は、何度も観てしまう。
長年の溜まったものが一気に爆発してる感じ?

今年公開予定の映画で、楽しみなものがある。
映画館にも行きたいし。

洗濯物が乾かないし、湿度も高くて梅雨はうっとおしいけど
それでも、雨音を聞くとホッとする。

とは言え、
異常に降りすぎて災害になるほどの雨は
好きどころか恐怖でしかない。


災害はコロナだけで終わってほしい…( ;∀;)


これまで色んな土地で、職場で、年齢分、沢山の人と仲良くなったが、
いつのまにか疎遠になってしまった。

自分の引っ越しが多かったのが原因でもあるが、
残った友人は県外に多い。

いつまでも、私を友と思ってくれる貴重な人に感謝する。

人を観察するのは大好き。
自分は人が好きなんだと思う。(その割に愚痴が多い?)

初対面の時、この人どんな人かなと想像してみる。

人相って、だいたいいくつかのパターンに分かれる気がする。

私の場合に限るが、人相で判断するとだいたい性格も一致していた。

それまで自分が出会ったことの無いタイプの人の場合、
予想がつかず、興味が湧いてくる。
どんな人なのだろうと、ワクワクする。

その中で、今でも対応に戸惑う事がある。

それは、相手が何を言いたいのかわからない時、
どう反応すればいいのか戸惑うのだ。

例えば、会話をしていて突然
「私、○○(権力者)と知り合いなの!」
「私の父、東大でてるの!」
「私の夫は、医者なの!」
「私の実家、お金持ちなの!」
の様な事を言う人が何人かいた。

何の脈略もなく、突然言われる。

突然なので、「エッ?」「で?」とこっちは言葉がでないのだ。

一呼吸置いて、大きな声で言われるので
何か反応を期待されてると感じてしまう。
どう答えたら良いのか、返事に困る。

「え~!凄いわね~!」と見る目を変えて、その人との付き合い方も
かえればいいのか?それを期待されているのか?
とも思うが、それはあまりにあからさまだし、相手に失礼だろう。

それに、負け惜しみでもなんでもなく、
凄い、と全く思わないのだ。

だいたい、その人が権力者と知り合いだから、というのは
自分にはどうでもいいこと。
権力者を利用して、甘い汁を吸おうなんて(笑)
大嫌いだし。

旦那さんが医者だからというのも、
その後に「だからコロナで大変なのよ」とか
「幸せよ」とか何か話が続くなら
返事のしようもあるのだが、
黙ってこっちの反応を見られても、だから?としか言えない。

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職業に差別はしない。自分は差別されてきた側。
元財務省官僚だった弁護士の人が
「妹は、医師にしかなれなくて」と言っていた。

医師にしか、と言う人もいるんだなと、
価値観色々だと思った。

お金持ちなのといわれても、
それで、友人に何か良い事があったなら
良かったね、と喜べるが、
いつも苦労話ばかり話す人。
何て答えたら良いのか困った。

「私を馬鹿にしないでね。本当は○○なのよ」
と言いたいのだろうか。そもそも馬鹿になんかしていないし。
マウント取りたい人達?
考え過ぎ?
本音を聞いていないので、
何を言いたかったのかはわからないまま。

ただ、聞いた話で
「私が医師の妻だとわかった途端、誰もがびっくりして態度がかわる」
「いつも、人は私をなめてかかる、だから夫が医師だと言ってるの」
と言ってたらしい。

なめてかかっている様に感じるのは、
その人自身の言動に原因があるからでは?
御主人の職業とは関係ない話だ。

旦那さんの職業で態度をかえるような友人なら
離れてもいいと思うが。


権力者、お金、そういう自分の飾り物に頼らないと
人と付き合えないのもおかしい気がする。

自分が馬鹿にされている気がする、と
思うのが原因なのだろう。劣等感の強い人たち?
常に、人より優位に立ちたいと思う人なのだろうか。

世間体というもの?
馬鹿らしい。疲れそう。

だから、そういう意味不明なことを言われたら
「?」と言う顔で、次に出て来る言葉を待つ。

こういう人は、逆に人の話は聞かない。

自分が決めた相手のイメージと違うことが嫌で
知りたくない(優位にたてない)事実は言わせないようにする。

何でも、ズケズケ言える人の方が合うのかもしれない。
黙ってしまう自分みたいなタイプにとっては、苦手な人達。
だから私は友人が少ないのかも。

付き合いの長い友人にはこんな人はいない。

そんな事しなくても
お互い、素でつきあっていける方が楽だ。

そう言えば、夫が医師と言った人から
「気にしなくていいのよ、貧乏だなんて誰も思ってないから。」
と言われた事がある。
私は、一言も自分の家の話題はしていなかったのに。

「何も気にしてないし、貧乏だって言ったこともないけど」
と笑って言い返したが、
「あら、そうだっけ。てっきりうちと比べて、いじけてるかと思って」
と言い返された。この人は誰にでもそんな言い方をしているのだろう。

その人とは、自然に縁が切れた。

心の広い人なら
笑って終わりにして、いつまでも仲良くしていけるのかも。

私は、心が狭いから無理だ。
本当に好きな人と友達でいたいのだ。





 


 
札幌の理容店に、ワクチン申し込みの間違い電話が殺到しているという話題。

電話線を外したくても、お店の予約電話もくるのでできなかったとのこと。
全て、対応されたのだろうか。
仕事どころでは無かったことだろう。

殆どの方は、謝った事だろうが
中には高飛車にどなったり、間違いを認めず、黙っていう事を聞けなどと
言われたとか。

この失礼な老害な人達には呆れる。

自分の父も似たところがある。

若い時は、母にだけ本性?をだし、
外では、温厚で無口で人柄の良い人に見えていた。
(父親として、一家の長としての自覚と責任感はきちんとしていた。)

間違い電話のご老人も、若い時はそうだったのかも。

高齢者になると、どうして老害になる男性が多いのだろう。

父の場合、「嫉妬」「ちやほやされたい」「ただの年寄り扱いされたくない」
「本当は自分は凄いんだ」など、が根底にありそう。

定年退職後、色んな良い仕事の誘いがあったのを断り、
趣味を楽しみたいと、これまで趣味に没頭してきた。

趣味のサークルで、人との交流もあり
体力作りも熱心で、理想的な老後だなと思っていた。
母は置いてきぼりで、振り回されていた。
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やりたい事をやれて、老後を楽しんできた父でも、
現役世代に嫉妬したり、
自分を敬えと言う様な老害爺さんになった。

母だけが父のDV体質を知っており、
私にそのストレスをぶつけ、私が間接的に父の被害にあいながら
育ったと言えるかもしれない。

何も知らない、甘やかされて育った弟は
父は、急に変わった、そんな人じゃないと信じていた。

この世から、老害は無くならない。

DV,モラハラ体質、差別主義者が
歳老いて抑えが効かなくなり、表に出るのが老害ということか。

最悪、人の命も奪う結果になるので
違和感を感じたり、もしかしたらと思ったら
早めに離れた方が賢明だろう。

自分は,若い頃それができなかった。
当時、DVやモラハラ、人格障害などの知識が無かった。
世間にまだ周知されていなかったので
誰も、理解してくれなかったかもしれない。

でも、知っていれば全然違った。





近くの友人からメールがきた。

雑談のやりとりの中で
夫の事を聞かれる。

これまで、会って話した時も、夫の事を聞かれる事が多かった。

私は、あまり私的な事を自分から話さない。
最近知り合った人は、私の子どもの年齢も知らない。

やたら夫の事を聞かれるのは、
興味本位で知りたいのか、
聞きだしてあげたら喜ぶと好意で聞いてくるのか、
良くわからない。

友人等は色々自分の家庭の話や、過去の苦労話をしてくる。
聞いてるだけで、自分は楽しいので
そこで自分の話題を割り込むことはしない。

最近では、自分は、職場の愚痴や母の病気の話などをしていた。

でも、友人達は、ニヤニヤしながら、
「ご主人のこと、心配でしょ」「たまには帰宅するの?嬉しいでしょ」
などと聞いてくる。


「とんでもない!」と言うのが自分の本音。
でも、何故、そう思うかを
1から説明するのはしんどい。

私が夫の話をしないし、
いつも楽しそうに振る舞うからか
夫婦仲良しで、何の悩みも無いと誤解されている様だ。

そこだけは訂正しておこうと
夫の事を否定した。仲良くないし、嫌いだしと。

それなりの理由がある事も話す。

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でも、相手は、信じてくれない。
どうせあなたの我儘でしょ、と言わんばかりで
「何だかんだ言っても、御主人がいないと困るんでしょ」
「でも」「でも」と否定されて信じて貰えない。

本当に旦那さんに問題があり、嫌いで、毎日が辛ければ、
今ここで楽しそうにしているはずが無いという事だろう。

夫と離れているから、考えなくていいし
もう子育ては終わったし、
一時期とは全然気分が違う。

発散できるから友人とお喋りしている訳で
楽しいひと時なので、明るくしているのだ。

信用してもらう為に
一言「まともにお金も送って来ないし」と言ったら
「でも、それで生活していけるの、ありえない」
「あそうか、実家がお金持ちで、助けて貰ってるのね」と
どんどん、勝手に誤解されていく。

きちんと稼いで、家にいて頼れる御主人のいる
友人の生活を前提に考えればそうなのだろう。
生活費の額も基準が違うのだ。

丁寧に説明する気もないし、
分かってもらおうという気もないので、
夫の話題をふられても、
それ以来、スルーしている。

独身時代からの付き合いのある友人は、
たまにしか連絡をとれなくとも、
1言えば10わかってくれる。
お互いの話を素直に信じる。

過去の自分を知っている人同士とは
信頼関係が強い。

最近、知りあった人は、お互いにそれまでの人生を知らないのだから
理解を期待する方が無理だろう。

人にもよるのかもしれないが。

それでも、私にとっては、大事なお友達。

でも、やはり何を言われても、夫と仲良しだと思われるのだけは嫌だ。
また話題になったら、それだけは分かってもらいたいと思う(笑)。






先日の接触者の方は、陰性だったと連絡があった。

気が抜け、ほっとした。
当人やご家族は、もっと安心された事だろう。

どんなに気を付けていても、感染はする。
明日は我が身だ。

夫みたいに、コロナはただの風邪だと言うデマを
未だに信じる人がいる事に驚く。
マスクは必要ないとか、本当に迷惑な話だ。

こういう人が感染して、苦しみ、自分の誤りを認め、
反省するという事は無いのだろうか。

家族が重症になったり、亡くなった人、
後遺症の残った人は当然、
誰から見ても腹立たしい話。

夫の場合は、自分が感染しても、
コロナでは無いと認めず、誤魔化す事だろう。
重症化したら何て言い訳するのだろう。

他の病気が併発しただけとか?
コロナじゃない、誤診だとか?

もし、家族が感染して辛い目にあったところで
何も感じないだろうし。

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国民全員がワクチンを打ち終わるのはいつになることか。

夫はワクチンをうつかうたないか。
どっちだろう。
口では、ワクチンは害だとか訴えている様だが、
気が小さい人なので、いざとなると
こっそり打ちそうな気がする。
言い訳を準備した上で。

自分が無い人間なので
陰謀論だって、自分の信念から来るものでは無いのだ。
誰かに乗っかっていたり、
自分への不満を世の中の陰謀のせいにしたいだけだ。

「そう思いたい」「そう思えば気が楽になる。」
「自分は悪くないと思いたい」
それに合う陰謀論で、救われるのだろう。

自分が会社をくびになった事を
何故か、離れていて会社の場所も知らない私が
社長のスパイだと言い出した事もあった位だから(笑)
ここまでくると、やっぱりまともじゃない。

コロナ禍になって、夫と離れていて本当に良かったと益々思う。


DV,、モラハラする人は
自分の考えを被害者も共有して当然と思っている。

例えば、うちの夫の場合、
給料を独り占めし、家族に生活費を使いたがらない。

あれこれ嘘の理由を作り、いつもお金が無い演技をする。

家族に貧しい生活をさせ、弱らせるのが目的であり、快感の様だ。
そうする事で、自分に執着し、価値を上げる効果があると信じている。

そこが馬鹿な話で、これまで夫がしてきた事を思えば、
家族が評価するはずが無いし、嫌うのは当然だ。
可哀想とか、頑張ってるねとか思う訳が無い。
情けない、恥かしい、嘘つくな、自業自得だとしか思わない。

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どう見ても、家族は
こんな人が夫じゃなかったら、父親じゃなかったら、
もっと普通のまともな人だったらなあと思う。

夫の前で、たまたま、同級生のお父さんの話題になり、
いかに夫がケチで無責任であるかが、当然露わになった。

その時夫は、それを否定し、
「俺様の価値をわかっていないな。俺様は、高収入なんだぞ、
稼いでるんだからな。感謝しろ」と言う。


は?高収入だったの?
家族には何のおこぼれも無いけど?
いつもお金が無いと言っているよね?
そんなに稼いでいるなら、きちんと養えばいいじゃん、
いくら稼ごうが、
家族にとっては、何の良い事も無いんだけど。
何を感謝するの?
と思ったし、言い返した。
が、話は通じない。

つまり、夫は、家族に酷い事をしていても
「自分にとって良いことは、
家族も同じ様に感じて当たり前」という考えなのだ。


妻子を寒い外に立たせていても、
自分が暖かい部屋にいて幸せならば
妻子も幸せだと喜ぶのが当たり前だと。

家族が、自分の意志、気持ちをいうのはおかしい、
全て夫の考え、感情にあわせるべきである。
夫に文句を言うなど家族として裏切り行為だと。

家族は奴隷ということだ。
妻にはそれが通用しなかったと気が付いて、
逃げている。

普段は、計算して生きている人間なので、
妻に訴えられた時に、不利にならない様にと
そんな事ばかり考えて居る人。

だから、ゴミみたいな物を送って来て恩を着せたり、
当たり前なのに、自分の支払の為に送金することを
まるで妻の遊ぶお金を送るような言い方で送ってくる。

せこい計算で嘘ついたり、
わずかなお金で誤魔化したり、
やってるふりをしたり、
人間が小さい。

ペットがほしくて買ったが
手がかかるので、面倒臭くなって
たまにしか餌をやらなくなり、気が向いた時だけ構い、
また放置し、吠えられると、暴力で脅したり
無視して餌を与えない、
だが、自分が寂しい時の癒しの道具とする為に飼っている。
手放す気にはなれない、

夫にとって、妻子とはそんな物なのだろう。

いつしか、立場が逆転している?
いつ捨てられるか、その時はどう脅そうか、
歳老いた夫は、そのうちそんな事を考える事だろう。



 

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