りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。


昨日から歩く時に右足首に違和感を感じていた。
その度、足首をぐるぐる回したり、
ほぐす体操をしていた。

今朝から、足首が上がる時に痛みが走る様になった。

やばい。

こういう事は前からよくある。

痛みの場所は違うけれど
要するに、運動不足、筋力の衰え、筋肉そのものが減っているのだろう。

いやだなあ。
以前からなるべく歩く様にしているが、
猛暑と雨続き、コロナ禍もあって、車に頼り、さぼっている。

部屋で、体操はしているが
そんなものでは追いつかない。

昨日、久しぶりに歩いた。
用事があったので、歩きやすい靴では無く
堅めのお洒落靴を履いていた。
靴が悪かったのかもしれない。

運転の姿勢も悪いのは前から感じている。

そう言えば、一昨年の冬だったか、
足にあわないブーツで無理して歩いた後から
股関節の痛みがしばらく続いていた。

母が心配していたのを覚えている。

それ以降、足にあわない靴は捨てた。
かと言って、幅の広いゆるい靴もだめ。
適度に甲を締め付ける位がいい。
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胸が痛くなったり、足が痛くなったり、
頭痛はいつものことだし、
肋骨もまだむずむずするし、老化現象だと思う。

私の場合、今のところ、内臓ではなく、筋肉や神経のSOSぽいから
安静にすれば落ち着く。
 以前、派手に転倒して怪我をしたところも
ずっとチクチクしている。
頭と首が重い、と思ったら、奥歯の根に問題があったり、
治療した後からは、固い物は食べないようにしている。

根に負担がかかるので、
固い物をばりばり噛むのは、若い時だけの話で、
歳をとったら、よくないのだそうだ。
あごや、首や頭が痛くなるのは
そういう噛みしめる癖も原因のようだ。

高齢者は、動かなくなるとあっという間に
運動機能が衰える。
母がそれを若い時から気にしていて、
ジム的なリハビリに長く通い、頑張っていた。
最後に入院した時は、その面でも不安だったと思う。

足にはとりあえず、湿布を貼り、歩き方を変えて安静にする。
足をかばって歩く姿は、老婆に見えるかも?

最近、湿布をよく使うようになってきた。
若い頃は、母が背中に湿布を貼っていたのを
他人事の様に見ていた。
自分も老人の仲間に入ろうとしているってことか。

いつまでも元気に動けるとか無理がきくとか、
自分でやれるだけは絶対やろうとか、
若いつもりでやってしまうと、怪我をする。

これからは自分を過信せず、適当なところで
人に頼ることも大事だなと感じている。


両親が夫婦であちこち旅行に行っていた事一つとってみても、
自分には全く縁が無かったなと思う。
その代わり、子ども達との思い出が沢山あるからいいし、
あんな奴との思い出なんて消したい位だ。と思う。

そういう結婚生活を、話し合いも無く、家族の意見も無視し、
夫が一方的に押しつけてきたという事に腹が立つ。

結婚前、夫は、嘘八百並べていた。
「新婚旅行はどこに行きたい?連れてってやるよ。
夫婦で旅行、これからも行きたいね。僕、旅行好きだから連れて行くよ」
などなど、勝手に盛り上がっていた。

よくあそこまで嘘をつけるものだなあと思う。病的だ。

内心人のお金をあてにしており、騙していた訳だ。
おそらく、夫の中では
「まあ、素敵!そこまで思ってくれるなら、費用は全て私が出しますわ。
あなたは何もしなくて良いのよ。私が尽くします」
とかなんとか、私が言うとでも妄想していたのだろうか。

自分にそれだけの凄い魅力があると自惚れていた?
あほだろう。

「連れて行ってやるよ」は
「お前に、俺様を連れて行かせてやる」
という意味だったわけだ。
その凄い自惚れはどこから?

今では、平然と私に「お金をそっちがだすなら行く」と言う。
プライドが高いくせに、みっともないことばかりする。

そして、お金が無くて困ってる演技ばかりする。
(お金持ちでは無いが)演技するうちに、
見た目も言動も貧乏臭いおっさんになってきた。
これが、心まで貧しくなったと言うことなのかな。

お金が無いと言いながら、自分だけでこっそり帰省したり、旅行に行っている。
パチンコや悪徳商法にもお金をつぎ込んでいる。

人から奪う時は、貰って当たり前という態度。
夫が人にお金を出す時は、ターゲットを騙す時。
利用して、何倍にもして返してもらうのが前提。

本来自分は、人の上にいて、
全ての人が自分の為に奉仕して当たり前と思っているから、
ちょっとでも自分が何かすると、
この俺様がやってあげたんだぞ、と思っている。
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これまで、色んな人とトラブルを起こし、
裁判までやった夫は、常に言葉で人に勝つことばかりが頭にある。

私が離婚調停にしたり、誰かに夫の不満を訴える事も夫は想定している。
勝つ為の言い訳を準備していると思う。

例えば、生活費もださず、学費も知らん顔だった苦しい時期に
「旅行にいきたいね」と夫がわざと言ってくる。
「何言ってるの。そんなお金があるなら生活費を出してよ」
と私が怒るのをわかってて、わざと言ってくる。

そして、離婚話になった時、この時の私の言葉を使うのだ。

「いや、僕は妻をいつも大事にしてました。旅行に誘っても、妻の方が嫌がっていたんです。」
とか、自分の行動は美化して、全て妻が一方的に拒否したから
何もできなかった、と人のせいにする作戦。

その為の準備として、色んな私の言葉を切りとって使える様に
小細工をするのだ。そういうずる賢さだけ頭が回る。

夫は、精神的に、妻子と他人の区別ができない。
こういうやり方は、他人にも頻繁にやっている。
だから、夫のやり方はよくわかる。

都合よく相手の言葉を切り取り、
何も知らない人に、その人の悪口を吹き込む。

おそらくむこうの親族には嘘八百言っているだろう。
夫の親族とはもう会う事もないと思うからどうでもいいが
私が夫の近くに行くと、真実がばれるので
会わせないし話題にもしない。

全て、夫の1人相撲みたいなものだ。
普通に真面目に、誠実に生きていればよかったのに。
本当に迷惑でしかない。

それでも、自分は正しい、素晴らしいと信じて
敵を増やしながら生きていくのだろう。



父の若い頃を思い出すと
流石に今ほどひどくは無かった。
特に子ども、孫に対しては優しくて良いお爺ちゃんだった。
以前は、いつもにこやかで穏やかな顔をしていた。
今は、しかめ面で怖く、別人のよう。

母の人生を思い出すと、常に父と一緒で、頼り切っていた。
そうなる様に父に仕向けられていたというべきか。
父をたてて、尽くしてきた。

定年退職してからは、日本中をあちこち2人で旅行していた。
実家で親のアルバムを見ると、
色んな観光地で 夫婦並んだ写真が沢山ある。

私の人生とは正反対。

父も母無しではいられなかったはずだ。

旅行に行くのも、母の方がもう飽きた、と嫌がり
父が1人で行く事もあったらしい。

それだけでも、母は幸せだったんじゃなかろうか。
あの頃の父も、我儘だったが、今ほどでは無かった。
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父には、母と過ごした結婚生活をもっと思い出してほしい。
私たち子どもとの思い出も。
どうして、妻子との思い出を捨てるみたいな事をしているのか。
「母の苦労も労って。二人で頑張ったんでしょう」と言いたい。

父は、給料を全て家族に使っていたし、
うちの夫に比べるとずっとまともな責任感の強い父親だった。
父の頑張りに応えようと、母も努力していた。

生活費や、物事の決定を全て父に頼れたという点では、
母は安心して生活できた訳で、私に比べれば幸せだった。
母が幸せだった事を探していくと
少しほっとする。


最近、近所の飼い猫が時々遊びに来る。 

我が家は、通り道になっている様で
横を通り抜ける猫を何匹か見かける。

猫は犬と同じ位、大好きだ。

子どもの頃、猫を飼ったことはあるが、
何故か猫を飼うと、飼う度にすぐお別れが来るという
悲しい思い出しかない。

皆、動物が好きで、可愛いがっているのに、何故か猫に事件が起こる。
近所に猫嫌いな人がいて、
人の家の猫に暴力をふるったり、勝手にどこかに捨て去られたり、
病気で短命だったり、動物に縁の無い家だった。

猫とべったり一緒に過ごした時間は心が通っていたし、子ども心にかなり癒された。
両親も同じで、動物といると柔和になっていた。

数年前まで、我が家に室内犬がいたが、14歳で天国に。
私にとっては、寿命を全うさせてやれた初めてのペットだった。
亡くなる日、黒猫が突然現れ、不思議な体験をした。

ペットロスで、また動物を飼いたい、と思う様になったが
実家に帰ったり、旅行にいったりとする時、どこかに預けるのも
かなりのストレスを与えるし、
ペットが介護状態になった時、いつもそばにいてあげられるかどうかも
分からない今は、飼うのを我慢している。

責任を負うのだから、自分の為にペットを利用するのはやめたい。

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最近、たまに遊びに来てくれる近所の飼い猫と
触れ合うだけで満足だ。

これまで、色んな猫が訪問したけど、用心深く、すぐ行ってしまう。

この一匹だけは、にゃーにゃーと鳴きながら私に近づいてきて
何か訴えて来る。

おやつをあげても、お腹いっぱいなのか、いつも食べない。
私にすりすりしてきて甘えて来る。

綺麗に手入れされており、飼い主に大事にされているのがわかる。

夏だからか、来るのは早朝6時頃。

その時間に、外で掃除をしていると会える。

「おはよう!おばちゃん!」と声をかけてくれる。
家に入りたそうにしているが、
入れたら終わりだ、と我慢する。

家に懐いてしまったら、こっちが離れられなくなる(笑)
通い猫?にしてはいけない(笑)

なので、心を鬼にして、
外で、なでなでしたり、話しかけている。

母の葬儀が終わった後、父から追い帰されたあの日も
いつもは来ないのに、猫が沢山うちの外に集まり、
ニャーニャーと賑やかだった。

母が私を心配して一緒について来たのかなと感じた。
猫たちが、母を弔ってくれたのねと感じたのだが
全て私の妄想で、そう思いたいのかな。

今朝も、朝起きて外を掃除していたら、
見たことの無い、大きな犬が散歩していて
私の方にクンクンと寄ってきてくれた。
飼い主さんが、リードを引っ張って、引き離そうとしても
私から離れない。私は嬉しかったが。

そう言えば、弟のラインに
「人より、動物と接した方が気が楽だ。」
とあった。

人と接するのが嫌になっているらしい。
父もあんなだし、家にはあの奥さんがいるし
神経すり減らしているのかなあ。

父より先に、弟が倒れないでほしい。


デルタ株の恐怖の為、マスクをKF94に変えた。

東京は人が相変わらず多い。
気が滅入るだけなので、父の話題に戻そう。

あれから弟から電話がきて
止めたのに、父は業者に断りの電話をいれてなかった様だ。

お弟がたまたま業者と鉢合わせし、
玄関でお断りしたという。
当然「わざわざ来たのに、断りの電話をしてくれないと困る」と
文句言われたらしい。
そりゃそうだろう。
父が言うには、がらくたの売れる訳のない食器や鍋など
ゴミまで売れると思っていたから呼んだとのこと、

「こんな物、今時買い取りしませんよ」と言われて終わり。

弟が代わりに文句言われ、頭を下げた。

とにかく、母の物を家から全て消したい様だ。
だから、着物と台所の物に異常にこだわる。

我々家族が実家で食器を使うということは頭に無い。

もしかしたら、父は母の事を全く悲しんでもいなく、
やっといなくなった、と喜んでいるのかと疑いたくなる。
全て俺の物になった、邪魔な物は目の前から無くそうと思っているのか。

生前、全く無関心で、母が「この着物を見て」と声をかけても知らん顔だったくせに、
今頃になり「黙って勝手に買っていた。俺の金で無駄使いしやがって」
と言い出している。
私の嫁入り道具の着物も、無駄使いだと母の悪口ばかり言っているらしい。

もう以前の父とは別人だ。
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元来そういう人ではあったが
表むきは、理性や世間の目を気にして
自分を抑え、温厚なふりをしていたのだろう。

それが、高齢になり、認知症も入り、
脳の老化で理性もきかなくなり、おかしくなった。

弟のメンタルも心配になる。
もっと強い性格だったらなあ。

コロナで私が行き来出来ない事もあり、
尚更、良くない方向にいきそうだ。

母の親族が知ったら、どう思うだろうか。

法事や納骨など心配して手紙が来るのだが
素直に父の事を書いてしまおうか、迷う。

父がいつか、失礼な事をする前に、
父の様子を情報として伝えた方がいいのかなとか
考えて居る。
生前、母から父のおかしさは聞いていた人達だから、
分かってくれる気もする。
でも、まさかここまで冷酷だなんて、
母方の叔父らは、きっとショックだろうなあ。

弟がぽつりと言った。

「父がいなくならないと、母の本当の供養はできないね。
いなくなってから、きちんとやってあげよう」
「こんな事を言うのは、異常なことだとわかっているけど」

そう、この異常な親に育てられたのだ。我々は。







処分すべき物、負の遺産には執着し、
ゴミは貯め込み、大事な思い出の品で、高価な物は捨てる父。

長年連れ添った妻を失ったばかりなのに。

その妻の大事にしていた物、
子どもに残した物を勝手に捨てるなんて。
父は、普段、ゴミももったいないと言って
なかなか捨てずに貯める人で困っていた。

昔の人だから、勿体ない精神なのかと思っていたが、
そうじゃなさそうだ。
ゴミは大事にして、母の貴重品は捨てる?
もう狂っている。

母だけじゃない、自分にとっても思い出の大事な品のはず。
息子や娘の入学式、結納、結婚式の為に作った着物、
結婚記念の食器、孫の出産記念品などまで邪魔だと言い、捨てるなんてありえない。
邪魔なら、私たちに持って行ってと言えばいい。

相談せず、勝手に捨てるかなあ。
今のところ、まだ間に合いそうだけど、
すでに捨てている物もあるかもしれない。

父の衰え方は、元々の性質が悪化している感じ。
家族という発想が消え、全て自分一人の物、自分だけが大事。
妻への感情は0で、子や孫の為に、という優しさや情が消えている。
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認知症が間違いなくあるのだが、
普通に生活ができているので
医師に診断してもらうレベルにない。
身体が動くので、何をやらかすか心配になる。

とりあえず、今回は止められたが、
まだ油断できない。

弟が、少しずつ家に持ち帰り、保管しておくとのこと。
その前に、きちんと父に注意しないと
一機に全部捨てる可能性もある。

次々と母への嫌がらせをしている父。
まるで長年恨んできた相手への復讐みたいだ。
逆だろう、母の方が被害者だ。
詫びて、感謝の言葉をかけるべきだった。
それが無かったから、母は悔しがっていたのだ。

父を見ていると、残された子や孫に
嫌われて終わる人生なんて嫌だと思う。

モラハラ人間は、老後、父みたいになっていくとしたら
寝込まない限り、家族はストレスで寿命も縮まりそうだ。
母の死後までモラハラを続けていく父の冷酷さに
憂うつになる。



今朝、弟からラインがきて、その内容に焦った。 
父が母の大事にしていた着物や焼き物など
家族の大事な思い出の品や宝物を全て邪魔だと言って
業者に持ち帰らせようとしていた。

たまたまその直前に弟が気が付いて止めたという。
「いらないから欲しけりゃ持っていけ」
と弟に言ったらしい。

捨てる前に、形見分けとして我々に相談するとか
欲しい物は持って行く様にいう事もなく
いきなり処分しようとした。

前にもそういう事を口走ったことはあったと聞いていた。

その時の、弟の態度もダメだったのだと思う。

何も言わず、そうだねみたいなノリで
いつもの賛成派の振りで誤魔化すからそうなる。
その時は、私から弟に手を打つように言ったが
いつもの面倒臭さで、弟はうやむやにしていた。
自分の欲しい物だけ、こっそり持ち帰ろうとしている様だった。

そもそも、実家だから我々が育った家。
私の大事な物も置いてある。
私が寝るベッドすら邪魔だ捨てると言うらしい。
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子や孫が実家に帰省するという発想も無い。
帰省しても、泊まるな、帰れと言うのだろうか。
ついこの前までは、
「孫に早く会いたい、長く泊まってて」
みたいな普通のお爺ちゃんだった。

あの頃は、母が生きていて、
来客があっても、全てをやっていたからか。
これからは、自分が接待をしなくてはいけない、
嫌だ、したくないし、できない。
かといって勝手に俺の家で、子や孫に台所を触ってほしくない。
我物顔で俺の家でウロウロされたくない、
みたいな発想だろう。

家族の概念が消え、全て他人に見えるのだろう。
娘でも、家に居てほしくない。
勝手に寝てほしくない、料理も作らせたくない。
何も触らせたくない。他人に家に入ってほしくない。
実家は俺だけの物。
家の物は全て俺の物。
そこまでおかしくなった父。






知人から聞いた。
県外のお友達がコロナに感染したそうだ。
熱があり苦しいけど、保健所から
家にいてといわれただけで、薬もなく、
医師にも見て貰えず、自宅でただ苦しむだけだそうだ。

家族感染も広がり、悲惨なケースが続いていて、
もう嫌だ!と叫びたくなってくる。

未だにこんな状態。
国は何やってるんだろう。
オリパラは、必死でやろうとするのに、
国民の命なんか守る気なんか無くて
わざと何もしないのかと疑いたくなる。

とにかく1日も早く、体育館的な場所に
感染者を隔離する施設を作り
自宅放置なんてやめてほしい。
まだ余裕のある地方にしても
今のうちに大きな設備を作り
慌てないよう、やっててほしい。

中には、すでに作っている自治体もある。
自治体のリーダーの能力、人間性の差が出て来る。

検査もいつでもどこでも、無料で受けられる様に
なぜしないのか。
遅いのだ。今まで何をやっていたのか。
オリンピックに熱をあげていただけじゃないか。
そう言えば、go toとかもやっていたな。

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母のいた病院では、
帰省後、2週間過ぎていない人は面会禁止だった。

すぐに面会したいなら
3万近くの料金を払ってPCR検査を受けなければならなかった。
(抗原検査キットで自分で検査はしていたが、病院での検査必須)

仮に会えても20分のみ、1週間に1回だけだった。
毎日電話で話せたので、2週間過ぎるのを待ってから
面会の許可を貰った。

結果、亡くなるまでに4回は会うことができた。
私にすれば、たったの4回、されど4回。
本来なら毎日会って、背中をさすり、
手足をマッサージしたかった。
1度やってあげたら
とても嬉しそうだった。

不安で孤独だったはず。
触れるだけで安心感があったのではと思う。
すぐに手を握って来ていた。

それが1回しかできなかったのが悔しい。

検査が無料でいつでもできたなら
病人も家族も、寂しい辛い思いをしなくてすんだかもしれない。

それでも、緩和ケア病棟だったので
融通をきかせて貰え、最期が近くなると
毎日会わせて貰った。
 
同じ時期にお父様が亡くなった知り合いは、
帰省しても、コロナ対策で面会できず、
最期を看取るなんて奇跡に近い位の
厳しさだった様だ。

私は運が良かったのか、というより
自分の願いが通じて、導かれた様な感じ?。

面会までの待機期間中、もう少しで許可がでると言う時に
父が突然私に「帰れ」と言い出した。
ここで帰ったら帰省の意味が無い、母と会えずにお別れになってしまうと
文句を言って、無視して実家にいた。

父にしたら、娘が自分に反抗するなんて許せない、
女が男に文句を言うのはおかしいと思ったはずだ。
だから、葬儀の日に再び私に帰れと我を通したのだ。

父はおかしくなった。
実家を私が乗っ取るとでも思ったのだろうか。

母の父へのストレスも大変だったろうし
それが再発に影響した気もしてしまう。

話がそれてしまった、いつも愚痴ばかり。
ストレスが溜まってるなあ。

コロナのせいだ。

次々と変異株も入ってくるし
ワクチン3回目も早くうちたいし、
自由に旅行が出来るように早く落ち着いてほしい。

何も考えず、自由に旅行している人もいる。
夫もそうだが、怖くないのだろうかと不思議で仕方がない。

この人、こんな考えの人だったんだ~と
色々、コロナで見えて来るのも予想外だった。



夜になると、「リーンリーン」「リリリリ」と虫たちの合唱が聞こえる。
またこの季節がきた。
この虫の声が大好きだ。
本当に癒される。最高の子守歌。
 朝にまだ鳴いている時もある。

小さい身体なのに、大きな声で綺麗な歌声を聴かせてくれる。
凄いなあ。頑張ってるなあ。

蝉もそうだ。あんなに小さいのに
凄いボリュームで一生懸命鳴く。
最近は、天候が不安定で
あまり声が聞こえないけど、たまに蝉が鳴くとほっとする。
やはり自然が一番。
私たちは「自然」の中で生まれた命を持っている。
心の傷を癒し、力を与えてくれる自然の力を大切にしたい。

夏は夏らしくあってほしい。
今より、爽やかだった夏に戻ってほしい。

こんな感染症も無く、
学校のプールに通ったり、
虫捕りに行ったり、外で遊んでも木陰は涼しくて
家にはクーラーは無くても、扇風機で充分涼しくて
空は青く、真っ白の雲。

それが夏だった。

夏休みが終わると寂しかった。

まさか、日本が世界がこんな事になるなんて誰が予想していたかな。
気候変動、感染症、毎年起きる水害、大地震、
こんな時によりによってこの権力者たち。
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子ども達に、人間らしい生活、
夏休み、学校生活を過ごしてほしい。
コロナ禍が与える悪影響が心配だ。

ネットで知ったが「コロナはただの風邪、マスクは悪、ワクチンは害」
と訴える集団が、全国を回り、デモ活動を行っているとか?
マスクをせずに、集団で密になり、駅前などで陰謀論を訴えるのだろうか。

毎日ニュースを見ていれば
そんな事は考えられないはずだが。
入院できず、自宅で苦しみ、恐怖と戦っている人々の声が
耳に入らないのだろうか。
ただの風邪だとどうして思えるのだろう。
そう言う人には、現実を認めたくない何かがあるのだろう。

夫もこの集団の仲間みたいなもの。

もし、同居していたらどうなったか。想像するだけでぞっとする。
2度と一緒には暮らせないし、暮らさない。
夫が、カルト好きな変人であるのはコロナではっきりした。

そんな嫌な事も虫の声が忘れさせてくれるので救われている。


母の初盆。
コロナ禍で私は帰れず、
結局父からも何も言って来ず、
弟からラインで報告があっただけだった。

母の気持ちを伝える手紙も
結果的には何の効果もなく
今の父には、何を言っても無駄だった。

が、かといって、
弟の様に言いたい事も言わず、
御機嫌取りばかりする考えは反対だ。

言わないで同意するという事は
父にとって、自分は絶対正しい、子は自分の言いなりになるものだと
認めることになる。

そんな風に、父を騙して
裏で「ストレスが溜まる、嫌だ」
と文句ばかりいうのをこちらも聞きたくない。 

自分の意見を言った上で
父が自分のしたい様にしたのなら諦めもつく。
何より、我々、子ども達の考えを伝えることに意味があると思う。

病院に行くほどの認知症でもなく
年齢に応じた脳の老化、本来の頑固でDV体質だったのが
更に悪化したというレベル。

弟が、何も言わず、現実逃避しているのは
奥さんに対しても同じ。
そのせいで、どれだけ両親に迷惑かけたり、
裏切られた思いを与えたことか。
その事実からも目をそむけ、謝る事も無い。
甘やかされ、我儘だということ。

弟は父と揉めるのが面倒。
見て見ぬふりをして
時が過ぎるのを待つ、というタイプ。
そんな2人だから、こうなる訳だ。
まさか、母もここまで冷たいとは思ってもいなかったと思う。
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父は、初盆をやっていないどころか、
お盆の間、家を留守にしている。
母が帰ってくるのを迎える気も無い。
納骨だけさっさと済ませたらしい。
嫌がっていた場所に。
母の嫌がることばかりやっている。


せめて、実家で母を迎え、初盆の弔いをして
その後、納骨ならまだ諦めがつく。
それもしないで、自分のやりたい事優先の父。

父自身は、よかれと思って
しっかりやっているつもりなのだろう。

が、自分のしたいことしかしない。
したくないことはやらない。
母の為にと供養をする気持ちが無いのだろうか。
父がわからなくなった。

山奥の荒れた父の自分の古い実家への執着。
母にとっては、嫌でしかない父の実家。
その山奥の墓にお骨を強引に入れた父。

弟も一緒になって実行した。

こりゃ、母は成仏できるのかと心配になってきた。

生きていたら今頃私に父と弟の愚痴ばかり言っていた事だろう。

母の親族から、私に連絡がくる。

母の親族も父に怒っている。

昔の話をきいていると納得がいく。
そういう家柄なのだ。父の家は。

何だかんだと裏で文句を言う弟も
実は父の性質を一部継いでいる気もしてきた。

私は、毎日母の遺影に向かって話しかけている。
「家に帰っても寂しいでしょう。いつでもうちに来てね」


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