りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。


SNSを見ていると、夫が陰謀論にどんどんはまっていくのがわかる。

相変わらず、新住所を教えないし、
事務的な用事で、メールしても無視されている。
何か都合の悪い時がある時はいつもそう。
何かトラブルがあって隠している時。
自分が困った時だけ、何も無かった風に親しげに連絡してくる。
「普通」じゃないのは自分の方だろうと言いたい。

夫からの電話、メールが来るときは、いつも悪い事が起きた時。
夫個人で起こしたトラブルに、家族を平気で巻き込もうとした。

今でも、こちらから連絡した時の返事以外で
突然むこうから連絡が来ると、動悸と吐き気がする。

脅迫し、不安にさせ、いう事を聞かせるやり方。
自分を助けないと、そっちが怖い目にあうぞとか
路頭に迷うぞ、とか、そうならない様に心配しているんだと
嘘で脅し、自分を正当化、家族を利用し、自分だけ助かろうとする。

途中で気が付いて、その手には乗らないようにした。
最近は、連絡も滅多に来ないから楽になった。
それでも、まだ利用価値が残っていると思っているはず。

夫は極度のマザコンだった。
姑も怪しげな占い師にのめり込み、大金を使い金ずるにされていた。
夫は、止めるどころか、
ママの喜ぶことなら何でも賛成するよ。という立場だった。

成長過程で、反抗したり、親離れをし、反面教師にすればよいのだが、
夫は違った。親離れしたふりをしていただけだった。


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今、陰謀論の仲間に入る事で、自分は正しかったと慰められるのだろう。
しかも、医師や権力者の名前を出し、格の力で自分を正当化する。
(夫は、僻み、妬みも強い。
成功した友人をけなす。学歴や肩書は無意味だとか、
成績だけで偉くなって、人格が悪いとか、さんざん言っているのに、
自分を大きく見せる時は、友人の肩書、学歴を利用する。)

これまでは、ターゲットを探し続け、
逃げ場を探して来たのだと思う。
その生き方にも次々と失敗し、
家庭とは縁が切れた状態になり、
結果、最後の逃げ場=陰謀論の仲間=似た者同士。
の世界が最も落ち着く所になったのだろう。

人の思想は自由だし、こちらからは知らぬふりで
何の干渉もしないし、関わりたくも無い。

向こうから、思想を押し付けて来るような動きがあったら
それを理由に、縁切り作戦が実行できるかもしれない。

何かが起きると、人の本質が見えて来る。

DV,モラハラ、ミソジニー。差別主義。
夫みたいな人は、家族をウクライナに例えれば、
良くわかる。類は友を呼ぶ、だ。




夫の口癖は、「普通は~だ」「昔は~だった」である。
若い時から、悪い意味で何もかわっていない。
何十年も、同じ事を言い続けるのは、かなり違和感がある。
SNSでも、繰り返している。
それも、指導というテーマで。(笑うしかない。)

他にも、同じ言葉、同じ話をずーっと繰り返す。
また、それ?と呆れる。
子ども時代に親などから聞いた話であり、
自分の体験を元に得たり、学習した話では無いのだ。
しかも、その内容がまともでは無いから面倒臭い。

夫にとって「普通」の意味は、
「俺様の望む様に周りが動くこと」だ。
例えば「あいつ、本当にダメだなあ。普通なら~するのが常識なのに、
無知だから教えてやらないと」
の様に「普通は~すべき」と言いながら、人に自分の願望、我儘を押し付けている。

差別意識も強く、女性に対して
「普通、女性だったら男の陰で黙ってるものだろう。」
「普通は、女が男をかばうものだろう。」
「普通は、妻が夫の為に犠牲になるものだろう。男を食わしていくものだろう」
「普通は、男だけが出世するものだろう。」などなど、酷いものだ。
同じ女性でも母親だけは別。そもそも母親からそう教え込まれたと言う。

私にも、何度もその口調で、洗脳しようとした。
そんな言い分、聞く訳も無く、抵抗した。

妻というものは、自分の考えに素直に従うべきものという差別意識、
世間の人を舐めている、自分を買い被っている、どこにそんな
自惚れる根拠があるのか、
結婚も、仕事もまともに責任もとろうとしない人間が。

そこが、夫に、認知の歪みがあると思う理由。

私が反論し、言い返せなくなると、夫の捨てセリフは
「お袋がそう言っていたんだぞ」
だった。
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夫にとって、両親、特に母親は
絶対正しい、間違いない存在だったのだろうが、
もう老後を迎えようとしているおじさんが、
未だに幼児のまま。

自分が一番普通じゃないのに、
普通は、と良いながら誰かを批判したがるのは
根底に深い劣等感があるからだろうとは思うが
だから何だという話だ。

夫は追い詰められると「だから何だ」と開き直る。
内容より、自分に偉そうに説教しやがってと、
問題をはぐらかす。
最近は、こっちも「だから何だ」で反論する事にしている。
結構効果的な気がする。


一時期、夢に出てこなくなった母が、 
最近、よく夢に出て来る。

夢でも会えると嬉しいのだが、
今朝は目覚めが悪く、今でも思い出すと悲しくなる。

夢の中の母は、在りし日の母と少し違う。
笑っていない。
自分は、母をもういなくなった人として夢の中で接している。

昨日の夢は悲しかった。
私が実家に帰省していて、
(母がショッピングカーを引いて
毎日歩いて通っていた)スーパーに、
買い物に行った夢。

スーパーに入ろうとすると、
買い物が終わり、帰ろうとする母にばったり会う。
私は、母が何故いるの?と驚き、霊?かと思って話しかける。

母は「晩御飯の材料を買いに来た」と無表情で言う。
いつも沢山買い込んでいた母の手には
小さい袋1個だけ。
母と一緒に店に入り、買い物に付き合ってもらう。
母は小さく弱々しい。
現実なら、母の方がお喋りしてきて、
溌剌としているはずだった。
夢の中の母は、寡黙でどこか悲しそうなのだ。

母の手には小さい袋。
「今日は、買い物少ないね。カートが無かったから?
ああ、ごめん、あれ、私が形見に持って帰ったんだと言いかけて
母が亡くなった事を言ってはいけない、母は、自分はまだ生きていると思っているのだ。
と感じ、入院中に、借りたままだったから、返すね。」
と誤魔化した。

うん、お願い、とだけ呟く母。
どんなに体調が悪くても、誰も手伝わなかったからか、
父の世話をしなくちゃ、と思っている様子。

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母は、自分が亡くなった事を知らず、
退院して、帰宅し、また元の生活に戻っているつもりなのだ。

元気の無い母に、
父の話題をして、お喋りしようとする私。

つい「あれからね、父が母の荷物を勝手に処分しようとしたのよ」
と愚痴を言いそうになり、慌てる私。

母の声も弱く、ぼそぼそと話す。

私は、夢の中で
「母は亡くなっていない。退院してまた元の生活に戻ったんだ」と
自分に言い聞かせたところで、目が覚めた。

母の夢には、自分の深層心理などが影響しているとは思うが、
母からのメッセージもある気がしてならない。

ただ、母の声、しっかりとした意志を最後まで
聞いていた自分としては、
母自身は、あの時期にこの世を去るのは、無念だったことは確かだ。
やり残した事があり、
それを目標に頑張って長生きするつもりだった。
その為の努力をしていた。

今、私が夫より先に、となったら、
母と同じで、悔しくてたまらないと思う。

だから、あんな夢を見たのかな。
母は今も、いつもの様に買い物に行っているのかも。
実家で、父に不満を持ちながら、
しんどい身体で、料理を作っているのかもしれない。

目には見えないけど。

そして時々、私の所にも来て、
安心してまた父の所へ帰っていくのだろう。





ある高校のサッカー部コーチによる暴力動画と
その後、生徒が世間に謝る動画について。

もう、もやもやして、腹がたって仕方が無い。

自分が子どもの頃から、何にも変わっていないじゃないか。

体育会系のノリで暴力を容認し、そんなものだと、
加害者、被害者の意識も無く、
暴力を受ける方が悪いのだと思い込まされた生徒が、
そのまま社会に出たとして、
同じ事をまた自分より弱い立場の人にするのか、
理不尽さに気が付き、
反面教師になるのか。どっちだろう。

そうはならずに、勇気を出して訴えた生徒たち。

仮に、生徒に問題があったとしても、
暴力で解決できるとは思えない。
表面的に、解決したように見えるだけだ。
暴力での解決は楽だし、自分のプライドと力を保つ為に、
自分の感情を抑えられない幼稚な指導者がやること。

力を持った方が、抵抗できない弱味のある子ども達(これが前提)に
暴力でしか話が通じないなら
それは自分との信頼関係が無い証拠。
人徳も指導力も無いという証拠。
(仮に、生徒が暴力をふるってきて、
自分を守ろうとして、とっさに抵抗したというのとは全く話が違う。)

未成年の生徒達の名前と顔をさらさせ、
大人よりも先に謝らせる動画を流す事自体も
問題だと、また叩かれている学校。

自分が子どもの頃「日本は世界の先進国に比べて、遅れているんだから仕方が無い。
自分が大人になる頃には、もっと教育現場も、差別問題も、
人権教育も良い方向に進んでいるだろう」と思っていた。

人間とは、成長できない愚かな物なんだなと思う。

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自分には、今でも辛い記憶がある。
小学校、中学校でも教師の生徒に対する性犯罪の噂があったり、
暴力教師は当たり前みたいに存在していたし、
当時は、知っていても何も言えず、被害者も我慢するしかなかった。

殴られて出血した同級生の男子が、
そのまま校長室に血のついたシャツを見せながら、抗議した事があった。
逆に、親が呼び出され、問題児として注意されて終わった。

暴力による恐怖心で勉強をさせる教師もいた。
平均点が上がると、暴力の効果だ、自分は優秀な教師と威張っていた。
そのやり方に眉を顰める先生方は多かったが、
誰も止めなかったし、見て見ぬふりだった。

今でも、思い出すと辛いのは、
毎日お母さんが作ってくれるお弁当を、
その暴力教師は、カバンから取り上げて外に投げていた。
上の教室から、隣の教室から
時々、お弁当箱と中身がガラガラっと降ってくるのを見て、
悲しくなったし、関係の無い自分の教室までシーンとなった。

「悪いのはお前だからな」と言われた生徒が
昼食も食べられず、庭に投げられた弁当の中身を拾っている姿は悲しすぎた。
きっと母親には言えず、食べたふりしたんだろうな。

テストの点数が悪い、宿題の答えを間違えたというだけで、
そんな目に合う生徒がいた事は確かだ。
私は、この教師とは縁は無かったが、
別の教師からは、テストで90点以上取れなければ、
ビンタされていた。
納得がいかず、睨み付けていた私を見て、
また、怒る教師。そいつがやがて校長になったと聞いて
そんなものかと馬鹿にした。
教師にも、人間性にこんなに差があるのかと
ピンキリだと。

先輩の中には、新聞社に駆け込んだ人もいて、記事にもなった。
その効果は大きかった。
今でも、ネットの力も大きいが、
マスコミに訴えるのも効果的だろう。
もう、思い出すのも嫌だけど、
何十年も古い話なのに、未だに辛い。
悪夢を見るし、トラウマとはこういうことかと思う。

今回の高校の事件も、生徒から新聞社に暴力動画が送られたのが発端らしい。
結果、学校の姿勢が問題視される良い機会になってほしい。
膿は次々と出してもらいたい。


近所の学校が、コロナのクラスターで休校になったと聞いた。
遂に近くまでじわじわと迫って来た感じ。

このままいくと、全ての人が必ず1度は感染するんじゃないかと思ってしまう。

ワクチンの効果はどうなんだろう。

例え軽症や無症状でも、後から体調が悪くなって来て、
寝たり起きたりの生活になっている人もいる。

実家に益々帰れなくなってきた。

気にしないで旅行する人もいるし、
出張であちこち行き来している人から見れば。
自分みたいに気にしてばかりいると、
このまま永遠にどこにも行かずに年老いてしまうよと言われそう。
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夫は、コロナは風邪、陰謀だと言いながら、
行きたい所に行き、やりたい事をやっている。

相変わらず、妻子には、お金の無いふりをし、
今だけ、自分だけ楽しければいいと言う人。

したくない事、お金を使いたくないことには
コロナがあるから、心配だからとコロナを言い訳に使う。

罰が当たって、後悔すればいいのにと思う。

話は変わり、だいぶ前から4層マスクを使っている。
久し振りに、3層をつけてみたら、違いに驚いた。

呼吸は苦しくなるが、4層の方が今は安心。

家に居る時、宅配や玄関までの来客と接する時、
さっとマスクをつける。
町内会費を集めて回った時に、
マスクをつけて対応してくれたお宅は少なかった。

どこで感染するかわからなくなってきたので、
”油断は禁物”でいくつもり。
それでも感染するかもしれないが。


家の中でステッパーを使う様になってから
歩く時に安定感があり、足の疲れが感じられなくなった。
というより、最近の運動不足のせいで
弱っていたのが、少し元に戻った程度。

近所の奥様方が、ウォーキングされる姿をよく見る。
スポーツウェアでばっちり決めて、頑張っておられる。
私は、普段通りの服で、買い物に行くようなふりをして散歩する。
本気じゃないから?
いやいや、わざわざ運動するぞと着替えるのが面倒なだけ。

最近、運動不足の怖さを耳にすることが多くなってきた。
というより、自分が意識し始めたということ。
確かに、健診結果も年々、やばくなりつつあるのでヽ(TдT)ノ。

誰でもそうだと思うが、子育て中は、家でも外でも一日中動いていて、
いつも疲れていて、眠れないし、やつれていた。
が、健診結果の数値は、今よりずっと良かった。

自分の今のこのざまは何だ。情けない。
やっと楽になったのだから、家ではだらけたいよ。
でもそうなると病気になりやすくなるし。
ああ、嫌だ嫌だ。私って本来、だらけた性格?
若い時は、趣味で運動していたのに。
友人とサークル作って、毎週やってた。
若い時は、誰でもそうなのかな。

結婚後、夫の転職で引っ越しを繰り返して、
夫の本性が出てきて、
近所に友人も少なくなり、気が付けば引きこもりみたいになっていた。
過去の自分とは別人だ。でも、それも私の性質。

数年前は、身体を動かす仕事もしていたけど、
ああいうのは運動不足解消になるのかな?
身体は動かせても、ストレスが多いなら意味ないし、
デスクワークになると、全く動かなくなって、
それも身体に悪い。また肉体労働に変われば良いのだろうが
もう体力に自信が無い。

それから、家の中の修理関係でもちょこちょこ動いている。
男性が好きそうなDIYなども私がやるしかない。

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夫がいたとしても、率先してやらないし、
好きな作業だけやって、後始末もしない人なので
私がやる方が気が楽だった。

自分がお金を出して修理する事はしない夫。
知らん顔して、私に自分で何とかするように仕向ける。
やる事が、けち臭いというか、せこい。

こんな人ならいない方がまし。
精神的にずっと安定する。

隣の奥さんが、洗濯物を干していて、何かに足が滑り、転倒。
そのまま動けなくなって、通りすがりの人に助けてもらったそう。

私は留守だったので知らなかったのだが、
骨折で3カ月入院された。

油断すると、何気ないちょっとした動作で転倒するし、
転び方が悪かったり、足元が固かったりすると怪我になる。

よく聞くのが、植木を剪定していて、脚立から落ちて、
その場ですぐに起き上がり、大丈夫と言っていた人が、
夜になって急変し、亡くなるという話。

頭を打っていて、脳内出血している事が多い。
たいした高さじゃなくても事故は起こる。

だから、最近は無理をしない事に決めた。
自分を労わろうと思う。
運動だけは毎日、少しでも続けたい。




鼻のむずむずは、止まった。
何か刺激物?が入り、一時的に拒絶反応を起こしたのだろう。
花粉症の再発では無かった様だ。
良かった。これで歯科に行ける。

マスク嫌いな人、不要論を訴える人もいるが、
実は、私は、コロナの前からマスク派。

冬になると、外出時は(仕事でも)インフルエンザ予防にマスク。
夏も、すっぴんで外出する時は、
日焼け防止にマスクをしていた。

私はマスク大好き人間。
コロナ前、マスクをしていると
「病気?何かに感染してるの?」みたいな目で見られる時もあった。

冬に、客の多い店に買い物に行くと、空気も悪く、乾燥しているので
マスク無しでいると、喉が痛くなったり、
すぐ風邪をひいていた。
子どもも、インフルに感染したり、風邪にかかり易かった。

が、マスクをしていると、全然違う。
喉も大丈夫だし、風邪にかかりにくくなった。
コロナ禍では尚更、マスク必須なのは当然だと思った。

口の乾燥を防ぐだけでも、効果はあると思う。

何といっても顔を隠せると言うのがいい(笑)。
相手の顔が目だけなので、
初対面の人の顔を覚えられないのは困るが、
自分の顔を堂々と見せられない性格なので?
誰でもマスクをしている今は、人と会うのが気楽になった。

マスクをする事を批判される筋合いはない。
マスクをしないで、人に感染させる危険はあるが、
マスクをする事で人に何の迷惑をかけるのだろう。
と思っている。

顔に傷があったりして、隠す目的で使用することもあるし、
歯の治療中で、口を見られたくないこともある。


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自分の性格には多面性があって、
何も気にしない天然な部分、人と接するのが好きかと思うと、
変に人に神経を使い、引きこもったり、
良くわからなくなる。

本質的にはどっちなのだろう。
両親の性格は、どちらも社交的で活動的。
なのに、子育ては抑圧的だった。子どもらしさを拒否されていた。
近所から、子どものいない家庭と誤解されるほど。
だから、自分の性格がよくわからなくなったのかも。

親から離れ、社会に出てからは、自由で活発に生きていたが、
今度は、結婚で夫に抑圧され、自分らしく生きようとしても、
嫌がらせや、不安にさせる言葉ばかりを言われる日々だった。
別居していなければ、自分を失う所だった。
一時、病んだけれど。

経験の無い人からみれば、そんなの無視したらいいとか、
好きにすればいいと思えるだろうが、
知らず知らずのうちに洗脳されていくので
気が付くまでには、時間が必要だった。

妻子が、嬉しそうに、幸せそうにしているのを見ると、
自分だけ、ずるいぞ。俺様をさしおいて許さんみたいな
差別主義の夫。

今では、ただの幼稚な人にしか見えない。
長く離れたからこそ、相手のことがわかってきた。
夫となるべく接触しないようにし、
脅しや嫌がらせにものせられず、心は完全に縁を切ったつもりで。
結果、夫は孤立。
妻子と自分との幸せの差が大きく広がっていることに気が付いているだろうか。

最初から予想できたと思うが、夫は、目の前の自分の得しか考えずに生きて来たので、
自分の人生は、何故こうなった、と、自分は悪くないと、
色々言い訳探しをしている事だろう。
もう、自分は、奴を夫とは思っていない。


最初の出産後から、花粉症を発症し、長年この時期はマスクを外せなかった。
老化と共に?治まってきて、ここんとこ数年、全く症状が出ていない。

と思ったら、昨日突然、本当に突然、くしゃみが止まらなくなった。
鼻がムズムズして、目も涙が出て来るし、
ムズムズからのくしゃみの気持ち悪さ。

花粉症の復活?
でも、何か違う。
花粉症は、顔にアレルギー物質がついて、炎症を起こしている感覚がした。
目の周囲はかゆみがあって、
鼻はずるずるするし、夜も眠れない程だった。

それが無い。ただ片方の鼻だけがむずかゆいだけ。
目も赤くならないし、鼻水も出ない。
もしかしたら、花粉症じゃないかも?

何か変な物が鼻に入ったのかも。
と思われる程度。

あれから1日過ぎたが、まだむずかゆい。
歯科に行きたかったが、
くしゃみが治まるまで待つことにした。

だいぶ前にも、似た様な事があった。
いつも突然。
突然、鼻声になった事があった。
何故そうなったのか、理由が分からず、職場で笑われた。

あの時も、空気中の何か異物が鼻を刺激したのかも。
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私は、子どもの時から、鼻がセンサーになっているようで?
雨の日になると、鼻水が止まらなくなる。
低気圧に反応?温度差?
今も、台所で、冷たい水に触った瞬間などに、
急にセンサーが働き、鼻がおかしくなる時がある。

親も誰も、その変な反応に気が付かず、
話題にもなった事が無い。
自分だけが、何故こうなるんだろうと不思議で、不快だった。
そういう話を親に気楽に話す様な家庭では無かった。
気のせいとか、聞き流されるだろうと思い込んでいたし。

今なら、何かのアレルギー反応だと考えられるのだろうが、
当時は、多少の事では我慢しろで終わりだった。
甘やかすと弱くなるという父の思いこみの強い躾けで。

私は、栄養状態も悪かったのだと思う。
よく病気になった。
親の無知や思いこみというのは、子どもにとって害だ。

と、すぐ暗い話になってしまう。
いけない、いけない。
とにかく、変なムズムズが早く治まってくれないと困る。
薬は使っているけれど、あまり効果無い様だ。
(血管運動性鼻炎というのがあるそうで、自律神経の弱さにも関連するらしい)

話は変わって、そう言えば、歯科でクラスターが発生した話は聞いた事が無い。

以前歯科に行った時、混んでいて、たいした感染予防策も感じられず、
怖いと思っていたが、大きく口を開けて、
息も吐くし、手で触られるのに、
歯科での感染の話題は耳にしない。

実際は、どうなのだろう、自分が知らないだけ?
急ぎの治療では無いので
今は受診を控えた方が良いのか、迷っている。





朝晩はまだ少し冷えるのに、
昼の暑さにはバテそうだ。

ちょっと動いただけで、いやーな疲れが残る。
温度差に身体が慣れていなくて、
体温調節にエネルギーを使っている。
こんな時、老化を感じる。

体力が落ちた。
コロナのせいもあるし、
何をするにも用心して、無理しなくなった。

これからもっと暑くなると言うのに。こんなじゃだめだ。
そのうちやろうとやりたい事を引き延ばして、
あっという間に年を取り、
悪い病気が見つかったら、益々動けなくなり、
…あれもしたかった。これも~と後悔するのだろうな。
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最近、自分が子どもだった頃のヒット曲を聴いている。
母の葬儀の後、たまたま車の中で聞いてから、
何回も繰り返し聴くようになった。
両親が健在の時は、懐メロを聴いても、特に何も感じず、
自分の思い出がちらほらと浮かぶだけだったのに、
今は、全く変わった。
自分よりも、両親の若い時の姿が浮かぶようになった。

夫婦で頑張って子供を育てていた姿。
父に愚痴を言いながらも、尽くす母の姿。
幼い私を心配そうに見ていた母の姿や笑顔も
音楽と共に鮮やかに浮かんでくる。

今になって、自分の思い出の背景には
両親の存在があったんだと、
両親無しには、自分の人生も無かったのだと痛感する。

懐かしい曲を聴きながら、母の、1人の女性としての人生に思いを巡らせる。
母は幸せだったのだろうか。
最後まで、精神は若く、しっかりしていた母。
病室で泣きながら、人生を振り返っていた事だろう。

子育てをしていた時が一番幸せだったと日記に書いてあった。
電話でも、思い出話をしていた。
残酷な状況だった…、私は母がいなくなることが信じられなくて、
きちんと受け止めてあげられなかった。

私の記憶の中で、母が一番幸せそうに見えた時期は、
私が学生の頃だったかなと思う。

夢に出て来る母も、あの頃の姿だ。

最後まで電話で毎日話せて、
親不孝な娘だったけど、1人ぼっちじゃなくて
娘が見守る中で天国に行けたから良かったかな。

日常生活に追われ、時の流れと共に母の事も記憶から薄れていく。
意識して思い出すようにしたい。
出来の悪い迷惑ばかりかけた娘からの懺悔…。


 


探し物をしていたら、
古い手紙をまとめたケースが出てきた。
その中に、両親からの古い手紙も入っていた。
若い時の分は、おそらく処分していて、
保管していたのは、結婚してから届いたもの。

母とは電話が多かったので、
手紙は少なく、父の手紙が意外に多かった。
「おめでただってね。身体を冷やさない様に気を付けてね」
と書いてあった。
新婚当時の自分は、夫の事でいつも気持ちが暗く、
父のこの手紙も心に響いていなかったかもしれない。

今読むと、あの頃の父はこんなに優しかったのかと
別人みたいに感じた。
今も中身は変わっていないのだろうが、
歳をとって、怒りっぽくなったり、認知症もあり、
精神状態も不安定になったりしている。
年を取るって悲しいなと思う。
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母の手紙も読んでみた。

「昨日1人で服を買いに行ったけど、良くわからなくて、
何も買わずに帰りました。
りんごがそばにいてくれたら、一緒に買い物に行けたのにと思いました。」
とあった。これは本心だろうか、と今でも疑う自分がいる。

きっと当時からそう思っていて、
この手紙の内容も読み流していたかもしれない。
何故なら、手紙になるととても良い母に思えるのだが、
実際会うと、そんなこと考えてもいないみたいな態度を取られ、傷つく。

だから、親の愛情を疑う様になっていた。
あの頃は、親はまだまだ元気で、いなくなるなんて思っていない。

今、改めて素直な気持ちで読むと、
若かった頃の母の手紙は、
私に何かをいつも訴えようとしていたのかなと感じる。
当時から、娘が自分に冷たいと思っていたのかもしれない。
こんなに娘の幸せを願っているのに、何故わかってくれないのだろうと。

母の人生は何だったのだろう、
母は、悔しい気持ちを抱えたまま亡くなった様に思えた。

どんなに我慢して、頑張っても
この世を去ったら終わり。
何のために生きてるのだろうと、
また考えてしまった。

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