りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。


障子の張替えをした。
お風呂場で。
特に汚れたり、破けていたわけではないが、
たまたま物置をあけたら、可愛い障子紙を見つけた。
過去に激安で買っておいたのを思いだし、
整理の為にも、使ってしまおうと思った。

前回いつ交換したんだっけ、かなり前なのは確かだ。
大掃除のつもりで、今のうちにやっておこうと思い立った。

これまで応接間にしていた唯一の和室。
子どもも自立し、夫はいない、家庭訪問も無い、
応接間とは言え、いつも綺麗にしている訳じゃなし、
思い切って、床の間にタンスを入れて部屋を広くし、
ベッドを置き、自分の部屋にした。

独身時代以来、やっともてた自分の部屋。

今は、コタツを置いて、自室に引きこもる生活。
夜は眠くなればそのままベッドにもぐりこむ。

カーテンもつけたので、障子はほとんど見えなくなり、
外しても良いのだが、保温、目隠しの面で役に立つので使っている。

古い障子紙をはずすと、紙は結構色褪せ、汚れていた。

作業は簡単だけど、丁寧にやらないと綺麗に見えないので
終った後は、意外にも疲れた。
お風呂場で時間も天気も温度も気にせずできたのは良かった。

窓も拭いて、桟も拭きとり、張り替えた障子をはめると
動きもスムーズ、部屋がぐっと明るくなった。
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障子の張替をすると、明るくなるので驚く。
それほど汚れていて光も通しにくくなってくるということだ。

今度の障子紙は、赤、青、金色などちぎれた小さい色紙が
全体に散らばっていて、可愛い。

古くてぼろい家だから、お金をかけずに自分でできるレベルの手入れはやりたい。
気分転換にもなる。

百均の可愛い取手を物入れの古い取手と交換したり、
水回りのサビや汚れ取り、蛇口の交換などをするだけで
がらっと雰囲気が変わる。

他にも、カーテンを変えたり、家具の配置を変えたりするだけでも
気分が変わるのは私だけかな。

近所のホームセンターでは、在庫処分で
嘘みたいな激安セールをする。
私は、定価は高いカーテンや水回り部品、車のシート類、
DIY物を買っている。
(何十円とか、五百円とかになる)
欲しい物がありえない値段で買えた時は最高(笑)。

それを、家の手入れに使っている。
気分転換にもなり、一石二鳥。

時間のある日には、散歩を兼ねて
お店を歩き回ると、こういうセールに出会い、
得をし、運動にもなる。

このブラウス、欲しいなあ、でも高いなあ、
と諦めていたものが、350円で買えた時もある。
値引きシールが何枚も重なり、
最後はこの値まで下がる。

定価で買っていたら、悔しかっただろうな。
よくぞ、売れ残っていてくれた、と感謝する(笑)

中には、激安で買った物が似合わなかったり、
着る機会が無い物は、他の物にリメイクしている。
クッションカバーや、ミニカーテンに。

貧乏臭いと言われればそれまでの話。
確かに貧乏くさい、でも仕方が無い。
それで何とか生きて来た。
自分なりに小さな幸せを見つけてきた。




嫌な気分。
突然、夫がお金を送って来た。
と言っても、ほんの一部。
前から言っていた、夫が払うべき税金の分。

何度連絡しても無視され、
こうなったら、これを証拠として記録しておこうと
逆手にとっていたが、それを感じ取ったのか。

黙って送金してきたので
これが税金分なのかどうかはわからない。
金額が一致していたからそう思っただけ。

生活費他を1円も送らないことを考えると
全く足りない、ほんの小遣い程度。

これを税金に使わないで、必要経費に使ったり、
生活費の1部にしてもかまわないはず。
どっちみち税は、私が立て替えて払うことになる。

今回久し振りの送金だったが、
過去にも、同じ様な事を繰り返してきた。
そろそろやばいかなと感じたら、少しだけ送ってくる。
おそらく、少しでも送金すれば、
送る意志があるとみなされ、送りたくても送れないと
悲しそうな演技でもしたら、誤魔化せるという計算。
「悪意の遺棄」で訴えられない様にしているのかも。

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夫は、私に「何の為に別居してるの」と言われたら黙ってしまう。

他に良いターゲットが見つかって
寄生に成功したら、さっさとこっちを切ってくるだろう。
が、もう騙せるほどの若さも無く、魅力も能力も無いから
もう無理だと、やっとわかってきたのかも。

このまま無視していたら、私に我慢の限界がきて
突然離婚調停に持ち込まれ、慰謝料などを請求されるかもと、
税金まで妻に押し付けていたなんてばれたら
不利だと、予想したのかも。

夫は、やるべき大事なことは何も考えず、
人と争う事だけには必死になる。

家族を心配したり、家族と良い関係でいたいなどは頭に無く、
自分の奴隷だと思っている。
だが、その奴隷もキレたら怖い。
自分が批判されないこと、損をしないことで頭が一杯だ。

だから、税金分だけ送金したのだろう。
送って来ないよりはましだが、
どうせなら、きちんと他の費用も送ってくればよいものを。
これで、安心したつもりでいるのだろうなあ。

いい歳して、落ちぶれたなあ、情けないなあ。
それしか言葉が浮かばない。
夫が一番言われたくない言葉だろう。
言いたくて、うずうずする(笑)


 


実家は、母がいなくなってから、物が散乱して寝る場所もない。

いつかは実家をどうするか、考える日が来るのだろうが、
考えるだけで憂鬱になる。
本来なら、今のうちに母の服や物を片付けて、
すっきり掃除した清潔な家の中で父に暮してもらう予定だった。

それも何もかも拒否した父。
自分にパワーがあるうちに、
掃除して寝る場所を作りたいし、
好きなだけゆっくりすごして、地元の友人にも会いたい。

今では、孫であっても、誰であっても
泊まることも拒否されてるような雰囲気だ。

母亡き後、まさか父がこんな風になるとは思っていなかった。
逆だと思っていた。以前は笑顔で歓迎して
いつまでもいてほしい様な態度をとる父だった。
母がもうだめかもしれない、という状況になってから、
急に人が変わった気がする。
母にしか見せていなかった面を、
相手関係なく、むき出しにしてきたと言う感じ。

高齢だし、脳の老化のせいだとはわかっている。
自分の中の父が変わっていくのは(悪く)
悲しいものだ。
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周囲の心配とは正反対で、
母のことを悲しんだり、寂しがったりしている様子は全く出さない。
とても元気。それは良いとしても、
仏壇を締め切ったまま、母に毎日水もあげていない。

弟が、疲れた声で、父より自分が先に倒れるかもと愚痴る。
冗談ではなく、私も本気でそう思う。
実家の片づけにしても、私たちも老化しており、
気力、体力がどんどん衰えていく。

父は残された人の迷惑や負担を考えない。
ごみと仕事を増やしていく。

いつまでも我々子どもが若いままでいると思っている。
まさか、自分より先に倒れるかもなんて思ってもいない。
時代が違うのだから、我々は昔の人の様に強くない。



今日は、久しぶりに、朝早くからずっとちょこちょこ動き回った。

朝晩は冷えるのに、昼間になると汗が出て来る。
そうすると、耳鳴りがしてきて
イヤーな感じになってくる。

以前は、これ位、普通の事だったのに。
温度差で疲れるのと、暑さで疲れるのと
血圧も関係しているのかも。
コロナ禍でじっとし過ぎたな。

本来なら、作業が終わった時に
達成感と爽快感があるのに
最近は、肩こりや筋肉痛が後から出てきて
またあの変な体調不良になるのでは、と
不安がよぎる。
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老化はあっという間、怖いなあ。
仕方がない、無理はしない。

終った後の、お茶とおやつタイムが楽しい。
例え1人でも、ほっとする。
というか、1人がいい。
かといって、誰とも話さない日が続くような生活は嫌だなあ。
いつか、そんな日が来るのよね。

さて、早めにお風呂に入って
サッカーの応援に備えよう。
この、時間を自由に使える幸せ、最高。






NPDは外面が良く、悪事は自分に都合よく嘘で塗り替えているので、
被害に遭っている人が、その辛さを周囲に相談しても
なかなか、信じてもらえない。
あなたは贅沢、気にしすぎなどのありきたりな忠告、説教をされてしまい、更に傷つく。
同じ体験をした人でないと、なかなか理解してもらえない。

夫につい、不満を言いたくなる時がある。
言っても、自分の方が被害者だのと言い出し、
めちゃくちゃな理屈で誤魔化され、最後はお仕置きのつもりだろうが、
無視が始まる。(どこがお仕置きだ、逃避じゃないかと
こっちは全く動じないのも知らず)

それを思いだし、言っても無駄、泥沼にはまるだけだと自分を抑えている。
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夫のNPDの特徴はASDとよく似ているが、
機能の問題ではなく、後天的な性格の問題だと思う。

今度生まれ変わったら、次こそはまともな結婚をするかと言うと
自信がない。
人の本質を見抜くというのは難しい。

来世で、また夫の様な人間に出会って、
違和感を感じても、若い自分には「まさか、そんな人がいるとは思えない」
と打ち消すことだろう。
そこまで人を疑ったら、絶対結婚なんかできないと思い、
また同じ失敗を繰り返すかも。

もう二度とこの世に生まれ変わりたくない。
それでも、修行が足りないと、
再び人間に生まれ変わってしまったら、
次は、結婚しないぞ。
と決意しても、前世の記憶が無ければまた同じ事を繰り返すのかなあ。



「カサンドラ症候群」というものがある。
 パートナー、家族がASD(アスペルガー症候群)であることが原因で、
情緒的な相互関係を築く事が難しく、心的ストレスから抑うつ状態、
不安障害、PTSDなどの心的障害が起きている状態を言う。

カサンドラ妻、と自らを称し、ASD夫との生活の苦労を
ブログに書いておられる方も多い。
自分も、かつてはカサンドラ症候群の様なものだった。

夫はASDでは無いと思う。
そうなのかなと思った時もあったが、
夫自身が責任回避の為にそれを言い訳にし、
開き直ることがわかり、違うと確信した。

数年前だったか、夫が「僕はASDだよ!」と笑顔で自慢気に言った。
夫は、よく調べもせず、どこかでちらっと聞いたレベルの知識で、
知ったかぶりをする。

夫にとってのASDのイメージ=天才肌で、日常生活は不器用だが、
純粋で空気が読めない為に誤解されやすい人、なのだ。
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障がいなので、俺様が何をしようが悪くない。責めるのは間違い。
俺様に文句をいうな。と言いたい訳だ。
自分の無責任さ、嘘、だらしなさ、
不誠実さをASDのせいにすれば、
誰も自分に文句は言えない。
しかも、天才的な才能を持つところも、自分にぴったりだと。

その時の、ニヤニヤした顔、
得意気な顔を見て、私は、夫は絶対違う!と思った。

本当にASDなら、そういう言い方はしないと思うから。
純粋でも内気でもなく、天才肌でもない。

整理ができない、人の気持ちがわからない、
叱られるのが怖くて逃げる、などの特質は重なる。

カサンドラ妻さん達のブログを読むと、
それ、ASDではなく、NPD(自己愛性人格障害)じゃないのかなと
感じる内容もある。暴言や無視をされたりしていて。

奥さんが、夫さんをASDと思う事で心が救われるなら
診断されることでもないし、どう思うかは自由だ。
何であれ、幸せになることが目標。

私も、自分の心を守る為に、夫への対策や
生き方を変えていこうとしている点は、
今でもカサンドラ妻と言えるのかな?




ケーキを作った時、久しぶりに料理の本を出して、作り方の確認をした。
過去に何度も見ながら作ったので、そのページだけは汚れている。

内容は本格的で、丁寧に書いてある本。

プロの教科書みたいな料理本だ。

この料理本は、図鑑の様な10冊セットで、洋食、和食、中華、季節の料理、
パーティ料理、お菓子、お弁当、などなど何でも基礎から応用まで手順が
写真付きで載っている。

分厚く、重いし、高かったのだと思う。
結婚する時、花嫁道具の一つとして母が買って持たせてくれた。

母は料理が苦手だった。
何も教えてやれなかったから、この本で勉強してという気持ちだったのだろう。

母の娘を想う気持ちは無いはずがない。
本を贈る時、誇らしげというか、満足気だった。

表の母の顔はそうだった。

世間体というか、母親らしい事をやるという
形式的な事は、やってくれた。

が、その裏で、帰省した私をこき使い、
地元にいる弟夫婦はお客様扱い、孫まで差別するという態度、
どこが母親なんだと怒りがわくような態度をとられていた。
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母の方が料理を勉強すればよかったのに、
自分はいいの、と努力をしなかった。
家のご飯が貧相で、美味しくないのは本当に苦痛で、
成長期にも悪影響であるというのは
我が身の体験で嫌というほど感じた。

そんな母が、私の子が小さい時、「いつもろくなもの食べていないのでしょうから
ここで栄養をつけていきなさい。お婆ちゃんのご馳走は美味しいよ」
と、口癖のように言っていた。

反面教師で、自分は母として我が子に、
自分が嫌だったことはしないと決めていた。
子どもの好きそうな料理だけは、工夫して作っていた。

だから、母の言うことに我が子はキョトンとしていた。

そう言いながら、そこに弟の子が来ると、
母は、突然態度を変え、我が子にこれもあれも食べるな、と止めた。
弟の子だけに食べさすのだと。

益々、キョトンとする我が子たち。
何でだめなの?と子ども達が母に聞いたと言う。
「あんたたちは、娘の子だからよ。息子の子は特別なの」と答えたそうだ。
私のいないところで。

後から、子ども達から聞いたり、自分も嫌な思いをして
縁をきってやると思い、何年も帰省しない時もあった。

すると、母は慌てて謝ってくる。
別人のように優しくなる。が、根本的にはわかっていない。

取り繕う良い母と下品な母。

亡くなる時は、良い母になった。
あれが本当の母だったのだと思いたい。
だって、もう欲も、期待も計算もする必要の無い世界にいくのだから。
本音とか、素の気持ちが出るのではないかと思うのだが。
違うかな。

亡くなって寂しい、誰にも言えない愚痴を母に吐き出したい、
とか時々思う。
けれど、母からの長電話の後に残る、
イライラする気持ちからは、解放された。
自分は母に対するイライラを、ずっと抱えていたのだ。

寂しさと引き換えに、心は平穏になっている。
でも、やっぱり寂しい。
もう少し、母の介護をしたかった。
コロナが、本当に邪魔だった。




昨日は、久しぶりにケーキを作った。
最近、テレビなどで美味しそうなものを見ると
すぐに食べたくなる。

単純…。ささやかだけど、やりたい事ができる幸せ!
夫がいればこうはいかない。

自作ケーキは、買うより安くつくし、
自作の方が、スポンジ、クリームの味、弾力などがお店のよりも美味しく感じる。
出来栄えは、ぐちゃぐちゃだけど。
そこは流石にプロに敵うはずがない。

粉をとばし、クリームを飛ばしながら、時間をかけて作っても、
無くなるのは一瞬。
保存のきくものじゃないし、最初の一口の幸せの為に作るようなもの。

今回は、冷凍のベリーミックスを見つけ、
それをたっぷり飾りに使った。
ブルーベリー、ラズベリー、ストロベリー、ブラックベリーが
とても可愛く、美味しかった。

ケーキは、子どもが小さい時に、良く作っていたが、
最近は、面倒になってた。
たまに作ると、やっぱり美味しい。

少しでも、明るく笑顔で過ごせるように、
子ども達の為にと、作って食べて笑って、気を紛らわせていた若い頃を思い出す。
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ケーキの次は、お好み焼きを食べたくなった。
小麦粉があまったし、ちょうど良い。
でも、また粉もの?太るし、糖分大丈夫か?と自問自答。

長生きしていて、元気な人は、良く食べている。

食事に気を付け、しっかり食べていた母が
突然、食欲が無くなったことから始まり、
結果的に口から物が食べられなくなった。
最後は水すらも。
飲食した物は、途中、腫瘍で腸が塞がり、物理的にそこで詰まってしまう。
1度目は成功したが、再発後は、手術もできなかった。

あと1年、1カ月でもいいから、食事ができるようになり、
治ったんだと母を喜ばせたかった。
そうなると信じていた母の様子は可哀想で、辛かった。
私は、母がこんなに元気なのだから、このまま、長生きするかも
と希望を持っていたのに。

「食べられなくなったら終わり」という言葉を耳にすると
今は、胸が痛む。
食べたいと思った時は、食べよう。ただし、適度に。

食欲のある私は、まだ大丈夫だなと、今日の命に感謝する。




亡くなった叔母の夫には、再婚したい相手がいた。
離婚を申し出ても、叔母から抵抗され、
新妻とは、事実婚になるしかなかったという。
老後、事実婚妻に先立たれ、後を追う様に孤独死をしたということ。

ずっと近くで、叔母夫を支えて来た夫の親族も、
事実婚夫婦こそが、本当の夫婦であり、
2人は同じお墓にはいるべきだと
葬儀も自分たちがしてやろうと思っていたそうだ。

だが、突然、何十年も縁をきっていた戸籍上の妻子が現れ、
夫の遺骨も財産も全て持って行ってしまった。
法的には、何の問題も無いのだが、
立場が変わるとお互い、言い分があるのだろう。
先に亡くなった方はどうしようもない。
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その後、叔母は、我が子に虐待を受ける。
(伯母は子の結婚生活をかき回し、離婚させた。
子ども時代からの、親への恨み?が爆発したのか)

私の実家には、叔母からの苦悩、後悔、愚痴を書いた手紙が
何通も届いていた。

私の両親も、何度も連絡をとったが、
子(私の従弟)によって、妨害された。
助けようとしても、いざとなると、叔母は我が子をかばっていた。
だから、何もできなかった。

叔母は、子から携帯も取り上げられ、仲の良い親族との縁も切らされた。
親族全てを着信拒否に設定し、郵便も受け取り拒否をされた。

そうすることで、従弟自体も、頼る親族がいなくなった。
叔母は今、元気なのか、どうしているのかわからない。

最初は、意地や、抵抗、計算で決めた伯母の生き方が、
時間と共に、どんどん違う方向へ向いて行き、
その為に苦しめられる人も増えて行く。

結果、親も子も、自分で自分を孤独にしていった。
お金は沢山残っただろうが、従弟は、頼れるはずの人間関係を
切り捨てて行き、天涯孤独になるのだろうか。

外面は良く、仕事、友人関係は充実しているのかもしれないが
親を虐待するような人に、そんな温かい世界は想像できない。
まあ、いざとなると、お金があるし、色々、考えて居るのだろう。

人の事より、今は自分の事だ、私にはお金すら無い(笑)。


何でもネットで調べる事が出来る世の中になり、
助かっている。

離婚届けをお役所に貰いにいくのが、
結構気が重い。
受付に自由に取れるように置いてあればなと思うが
そういう所、見た事が無い。

離婚届けくださいと窓口に言うのも、
周囲に聞こえるような小さい出張所とか、
特に神経を使いそう。

あくまで協議離婚の場合だけど。
今もそうなのかなと思い、調べると
ネットでダウンロードできるようだ。
ただし、大きさがA3指定なので、
家のA4 のプリンターで印刷後、コンビニなどでサイズを変更してコピー
して使えばよいとあった。
場所によっては、制限もあるかもしれないし、
いざとなったら、自分の市町村のHPで確認してからやろうと思う。

毎日、何枚位、提出されるのだろう。
お役所の人は、慣れているのだろうが
自分とっては、人生が変わる大事な紙切れ。
扱いにも緊張するだろうなあ。
思えば、婚姻届けは雑に扱かった気がする。
事務的で、何の感動もなく。

親族の1人に、結婚してすぐ、家を飛び出し、
子どもも1人で産んで、育てた伯母がいる。
昔の女性だけど、仕事を持っており、
経済的には全く困らなかった。

だからこそ、すぐに家を出られたのだ。
妊娠していたにもかかわらず、出たのは、
かなり辛い目にあったからだと思う。

昔の女性は、私の母を見ていてもわかるが、
結婚したら仕事をやめ、専業主婦になるのが当然だった。
今の様に、便利な時代じゃないし、
そうしないと、仕事と家事、育児の両立は無理だったろう。
仕事をしたければ、全部完璧にやれみたいな
女性差別もあって、昔の女性は苦労が多かったと思う。
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母もいつも言っていた。
「離婚できる人は、仕事をもっててお金があるから」
「お金さえあれば、離婚してる」
と、愚痴っていた。父が仕事をさせなかったから。

叔母は、当時の女性にしては、意志の強い人で、
プライドも高かったから、
すぐに方向転換できたのだろう。

子どもの為に、と籍は抜かず、別居と言う形にして
形だけ、両親が揃っているということにしていた。
名字が変わるのも嫌だったそうで。
今より、離婚に対する偏見が強かった時代だからか。

誰にも頼らず、仕事をしながら子どもを育てていくのは大変だったと思う。
従弟も、留守番が多く、寂しかったり、
愛情に飢えていたのだろうか、
叔母の老後は、親子関係で心労が多かった。

そんな中、警察から電話が入り、
戸籍だけの夫の孤独死の連絡があったそうだ。

戸籍上、妻子なので、
家族として引き取り、葬儀もやったという。
別れて以来、お互い全くの音信不通で、
再会したのがそういう形。

長い間、全く他人同然だったのに、
こういう時だけ、突然現れ、身内だと主張し、
葬儀を仕切り、夫の世話をしてきた親族には挨拶もなかったそうだ。

財産を相続した後「これで、あなた方とは縁をきります」
と言って、去って行った伯母親子に、
夫側の親族は怒っていたそうだ。

法的には、間違ったことをしていないが、
人として、どうだったかなと感じた親族の人も多かったそう。

                      続く

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