その立場にならないとわからないとか、体験しないとわからないという事はいつも意識はしているつもり。介護をする立場にならないとわからないという事も、わかっていたので、友人が毎週実家に通ってお世話を頑張っていた時や、亡くなった時も、よけいな事は言わず、ただ彼女
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日に日に回復している様に見えるが
「食べきれない。」と言われるほど、できるだけ栄養と消化の良さを考えて食事を作り食べてもらっている。父も、固いものは苦手なので、むしろ食べやすくなり、良く食べてくれる様になった。私がいるうちに少しでも太ってもらいたいものだ。買い物は弟に車をだしてもらい、ま
疲れる
駅に着くと、弟が迎えに来てくれた。車の中で、これまでの医師の説明を話してくれるが、何回も聞いたことで、私の意志も伝えている。さあどうするかと言われても、精密検査をうけてもないと何も決められない。今気にしてもどうしょうもない。そんなに心配ならもっと家の事や
平和な情景を守りたい
朝早い新幹線で実家へ向かう。行ったり来たりがこれから何回続くのだろう。帰る実家がまだある事の大切さをしみじみと感じる。玄関を開けた時の、両親の顔と声。いつまで見られるのだろう。今日はまだ大丈夫。今まで通りの両親がいる。このままずっと消えないでほしいと願う
呆れた~母の退院
昨日、母から、「今日退院した」と連絡があった。余命少ない重病とは思えない声だが、帰宅し、さっそく荒れた台所の消毒や片づけだけで疲れたようだ。母は、弟と父に「せめて掃除機だけでもかけておいて」と頼んでいたのに、二人とも何もせず、病気の母にやらせるつもりだっ
絶対に来てほしいと言われた
母から、毎日多い時は3回も電話がくる。内容は、今日の食事の内容や便通のこと、医師のことなど。じっとベッドにいても、不安が消えないのだろうし、元々お喋りで発散する人だから、誰かと話すだけで気がまぎれるのだ。娘なら気兼ねなく、今までもかけていたんだし、良い相
母の不安の原因
当然なことだが、母の不安は消えることなく毎日何だかの言葉で訴えて来る。再検査をする事が怖くてしかたがないようだ。腸の手術は大成功のようで、順調な回復。他に痛みも何もなく、このまま元の生活に戻れるはずだった。母の気持ちを想像すると”回復しているのに、また再
縁をきる日を考えた
夫が向こうに帰って、やれやれ、もう一生帰ってこないでほしいと内心思いながら母の事に集中することにした。夫は、自分だって自由で気楽が良いのだから、同居する気は無いと思う。ただ自分にお金が無くなり、病気になった時だけ頼るつもりなのは明らか。自分は親の財産の相
母と弟の間で~告知のタイミング
弟からのラインで、「これから面会にいくんだけど、病気の事を聞かれたらどう話せばよいのか迷う。顔にでそうで不安」と相談された。母が不安になった理由の一番は、"弟が自分に内緒で医師の説明を聞いていた事"だった。それを昨日私が説明してやっと不安がとれて落ち着いた
最悪の結果
夫がいる間は、なかなか母に電話ができなかった。やっと電話をすると、流動食が始まったが、なかなか食べられないとのこと。腸が活発に動き始めたようで、何回もトイレに行くらしい。医師からは、順調だと言われたと明るかった。話している途中、看護師さんから「説明があり
宇宙人の友達がいるらしい
予想はしていたが、今回益々夫の頭が堅くなっている事を実感した。話す事はずっと同じ事の繰り返し。と、ここで「何を書いてんの?」と夫が横から声をかけてきた。とっさに「仕事の事をまとめてるの」と答えたが、不審な面持ち。私がパソコンをパチパチうっているのが意外ら
あと1日の我慢
あと1日の辛抱だ。「せっかく帰ってきたのだから、何かしてやろう」と言ってくれるのは良いのだが、この人は本当に、全てが自分の為なんだなあと実感した。してやると言いながら、自分のしたい事しかしない。それも、わざわざこちらの負担になる事を新しく始め、後はちゃん
また夫が突然
また突然夫が帰宅した。いつも抜き打ち。黙って帰って家をチェックする。もし、私が母の所に行っていたら、どうなった?口では心配するふりはするが、「旅費あるじゃん」で送金しない理由を作る。家の中を色々見て回る。文句を言わせ無い為に、口にはださず遠まわしに嫌味で












