最近、自分の最期は意外と早いかもと思えてきて(何の根拠もなく)、夜寝つく前などに、ふと自分の人生を振り返っている事が多くなった。

目を瞑って想いを巡らすと、嫌な事は浮かばないのはラッキー。
自然に浮かんでくる映像は、子育てに一生懸命だった頃ばかり。

親子で一緒に悩み、一緒に笑い、一緒に乗り越えた、何気ない日常生活の風景がどんなに幸せだったかと思えてきて心が暖かくなる。

それは夫がいなくなった後の風景だ。夫がいた間のことは思い出せない。思い出したくない。

嫌な思い出は夫関係のみ。

このブログで吐き出しているから、普段はなるべく思い出さない様にしている。

いつも思うが、こんな幸せを自分から捨てた夫は馬鹿だ。子どもと暮らすことより、自分が永遠に子どものままである事を選んだわけだ。

笑顔という武器は最強で、子ども達と笑顔で過ごしたシーンが沢山宝ものとして思い出に残っている。

残念なのは、本来まともな家族ならこのシーンに夫もいるはずだった。

そんな崩壊した結婚生活をした事が後悔される。相手を見抜けなかったことを。
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ふと思う。夫が義両親亡き後、親に異常に執着しているのは、夫も自分の人生を振り返っているのではないかと。

夫の場合、浮かぶのは親と一緒に暮していた子ども時代だけだろう。あの時が一番幸せだったと。

我が子の事なんて思うこともなさそうだ。浮かんでも、すぐに消し去るだろう。

結婚なんてしなきゃよかった。とか、もっと金持ちと結婚すれば良かったとか、親と同居しとけばよかったとか、思うならそんな事だろう。

ここで、「結婚したのに、家族に何もできなかった。こうなるはずじゃなかった。結局寂しい孤独な人生になってしまった。」と後悔でもしていれば、こちらも救われるのだが、夫に関しては自分を責めるという観念がないのでありえない。そんな事を思う人ならこうはなっていないはずだ。

「親に保護されてきた子ども時代の様に、何の責任も負わずに遊んで暮らすこと。でも人より上の立場にいること」が夫の理想だったわけだ。
最初は簡単に実現できると思っていたのだろう。
そんな力もなく努力もせず、無理な話だ。
結局仕方なく働いていることだけは夫にとっては「まし」な事なのかもしれない。そんな考えで働くから、トラブルが多いのも納得がいく。

タイムスリップして独身の頃に戻るなら、「いい言葉を使って良い未来の話ばかりする人、責任感をアピールする人には気を付けて」「絶対にあの人には騙されないで」と言いたい。