別の方のブログを色々覗かせて貰う時がある。
私と似た様な境遇の方も多いし、色々努力されて乗り越えて、今は幸せな気持ちで生活されている方もいるし、人生色々で面白い。参考になる事も沢山あり、楽しませて頂いている。

その中で「夫や妻の愚痴を書く人は信用できない」と書いている人がおられた。

ブログそのものが、SNSそのものが信用してはいけないものだというのは理解できる。
内容そのものは真実かどうかはわからないし、個人が特定されない様に少し脚色したりもあるだろう。
架空ブログも多いらしいし。

私も、信用されていないのだろう。別にそれで構わない。
下手な小説と思って読んで頂ければと思っている。

自分のストレスを発散する為に書いている様なものだから。

その信用できないと書いた人は、御主人と二人暮らしで、ご夫婦仲良しの生活ぶりを毎日書いておられる。

「旦那さんの愚痴をブログに書く人は多いけど、本当に旦那さんが悪いのか疑わしい。自分の事は棚にあげて、都合のよいことばかり書いていると思う。私は旦那さんに感謝しているし、愚痴はあってもこぼさない。お互い様だから。」みたいな内容を書いておられた。

そうかもしれない。片方の話だけを聞いても、実はそうじゃなかったという事もある。

私も幸せな結婚をしていたら、今頃同じ事を言っていたと思う。

立場によって思いは違うし、感想は個人の自由。誰かに直接批判した訳でもないし、御自分のブログで書かれた言葉だ。私も同じ事をしている。

なのでこの方を批判するという事では無い。自分の意見を言いたいと思う。

人の感想は気にせず、ブログは(個人を特定しなければ)自分の主観で書いてもいいのではないかなと思った。それで救われている人もいるのだから。
PAK26_yukitumorukarugamo20140208

これなんだ。私がブログ以外で人に夫の事を話さないのは。

DVとかモラハラとか、サイコパスな人とか、普通に家庭に存在する。外面が良いので世間にはわかりにくい。

人に愚痴をこぼせるうちはまだいいかも。

DV被害者は人には話さなくなる。
自分がDVを受けてるとわかっていない人もいる。

親や友人に相談しても「その程度どこでもあるわよ。我慢がたりないのでは」とか「でも、御主人のお金で生活しているんでしょ。感謝しなきゃ」とか、単なる愚痴や甘えととらえられてしまう事が多い。

被害者が、自分が悪いのだと責められている気持ちになる。
そして共依存になっていく。

事情がわからない人を責める事はできないから、誰にも相談できなくなってくる。

私は自分と同じ様な立場にいる(いた)友人なら素直に話せるが、「でも」から始まり、私の贅沢、我儘なのではと励まそうとする友人には家庭の事は話さない事に決めている。

だから、いつでも愚痴を吐き出せるブログに救われている。