ブライダルのCMを見ていると、いつも違和感を感じる。

こういうひねくれ者は私くらいのものだろう。女性なら誰でも憧れるはずのもの。

子どもの時から、全く憧れなかった。むしろ恥ずかしい、どうしてあんな事しないといけないのと思っていた。

友人、知人の結婚披露宴に出席しても、その思いは変わらなかった。逆に更に強くなった。

勿論、祝う気持ちはあるが、セレモニーだけが抵抗があったのだ。


若い時に結婚に夢が無かったからかもしれない。したいと思った事も無かった。むしろ「何故結婚しないといけないの。人と同じ生き方をしないといけないの。」と学生時代には口にしていた。


ただ、好奇心から何でも体験はしてみたかった。結婚とはどんなものか、出産とはどんなものか、体験する事はせっかく人間に生まれてきたからには、一度は経験したいと思っていた。
ただ、いちいちセレモニーをして騒ぐ必要はないと思っていた。

なぜそう思っていたのだろう。当時の自分は、一生独身か、パートーナーがいても籍を入れず、子どももいない人生になるんだろうと予想していた。

結婚に失敗した今思うと、本来そういう生き方の方が自分に向いていたのかもしれない。
KMajisainohanataba

親が結婚しろとうるさくなってきて、喧嘩をしたこともある。
結婚しろと言いながら、付き合っている人がいると話すと、相手に難癖をつけ、すぐに別れろと母が毎日電話してきた時もある。一流企業か公務員以外はダメだという。

父からは「若いうちに結婚しないと、おばさんになったら売れ残って一生孤独な婆あになるぞ。」と言われた。娘を信用できないんだな、若さだけが結婚の要素で、人間的魅力では誰もふりむかない娘だと言われている気がした。

その頃の私は自棄になっていた。
親にそんな風に言われて、結局自分はその程度か。なら復讐してやろう、とどこかに思っていたのかもしれない。

体験として結婚したなら、離婚も体験してもいい。ただ、子どもだけは親としてしっかり責任もたないとと。
子どもが生まれたことで、自分の思う通りにできないことは当然だ。

親に復讐してやりたいと思い、結果色々巻き込んだが、それは馬鹿な考えとわかった。

困るのは結局自分と子どもたちだった。

何故娘はこうなったのだろうとか、深く考える親でなければ、どんな復讐したつもりでも意味はない。

幸せになれる人となれない人(心の持ち方が)は、自分を大事にするかどうかで決まるのかな。

自分を大事にするということがどういうことか、をまず知ることが大事だと思う。