数年前の自分の写真を見ると、今より痩せている。
そのもっと前は別人のようにガリガリだ。

数年前「太った」と騒いでいたのに、その姿を見て「痩せてる」と思えるんだからどんだけ太ったんだ。

今思えば、代謝の良い体だったんだな。汗かきで、いくら食べても太らなかった。

やせの大食いだったんだと今になって思う。

痩せているから、「食べないんでしょ」「だめよ、食べないと」と勝手に決めつけられ、他人ん家にいくと少ししかよそってもらえなかった。他人の家の食事は緊張するのでそれで良かったが、黙って食べているとまた説教された。
特に妊娠中や出産後は、痩せている人への偏見がひどかった。

難産だろうとか、小食だろうから母乳がでないだろうとか、お婆さんたちの意地悪がね。
全くそうではなかったのに、女の敵は女か?とも感じた。

「よくそれだけで足りるわね」と。勝手に少ししか出さないで、もっと食べろと説教だけされるという理不尽さ。遠慮しているんだよと心の声。

かといって、「食べても太らない、いや太れないんです」と言う物なら「まあ自慢?嫌味?」と返される。

痩せ方も色々で、私の痩せ方は見苦しく、上半身が貧相、下半身は太いというカッコ悪さ。

服が似合わない。顔もやつれてみえる。
貧弱な体型をカバーする服を着ていると、またそれに色々言われたり。

だからもっと太りたかった。そう思って更に大食すると、太り方も見苦しいのだ。
顔と腕、足、お腹だけがふくれる。特に顔。

SHI86_tableset1342



で、歳をとり、中年太りが当たり前になってきた。

もう諦めた。健康にさえ気をつければ痩せなくてもいいやと。

若い時と違って、少しくらい丸い方が皺がのびていいかもと誤魔化す。
これで今痩せたら、肉が垂れて大変な顔になるかもしれないから、これをキープしようと思うようになった。

なぜこんな事を思うかというと、母の病気を体験したからだ。
母は1カ月で10キロ近くやせた。顔がふっくらしていたのに、皺がめだつようになり、本人が髪の次に気にしている。
もともと母は理想体重よりずっと太っていたから、今が理想体重なのだ。だから病的ではないよと話している。

しかしだ、急に骨ばってきて、背中は丸くなり、老婆になってきた。

本人はそれが一番嫌だったようで、焦っている。
早く元のようにふっくらと太り、元気に買い物に歩いて行きたいと願っている。
毎日歩く様にし、なるべく食べる様にし、少しづつ体重が増えて来たようだ。

ある日突然、食べたいものが食べられなくなる。動けなくなる。痩せて来る。髪が抜けて来る。
母にとってはそうだったろう。

思いがけず突然に、それまでの生活が激変することは、誰にでも起こり得る。


もし自分がそうなったら~一気に若い時の体重に戻るだろう。でも、当時とは痩せ方も違う。本当に病人に見えることだろう。

その為にも、太ることはある程度必要なんだと納得している。