先日実家で、母がこっそり私に見せた物があった。こっそり見せる物ではないのだが、母にすれば気に入らない物だったからだ。


それは、弟が母にプレゼントした物。

母の誕生日に弟が写した写真だった。母が言うには
「何も言わずに勝手に写していたから、どれも暗い顔していて気に入らないのよ。自分らしくないわ。とるよと声をかけてくれたら、笑顔とか作れたのに。こんな顔の自分見たくない。それなのに。」

何枚か貰った写真は、いずれも表情が暗くて確かに良く撮れたものでは無かった。

鈍感は人を傷つけ、冷酷になる。
少しでも明るい母らしい写真を撮ろうとは思わなかったのかな。

それだけなら、写真をしまい込めばすむ話だが、そうではなかった。


写真を撮ったのは、腹痛の起こる直前だった。まだ病気を知らない時だ。

そして写真を弟が渡したのは手術の後だ。余命を聞いたあと。

母が傷ついたのは、弟が黒っぽい縁の写真入れに、母の暗い顔をアップした写真を入れてきたことだ。ニコニコして「飾って」と渡したという。

「こんな暗い顔の気に入らない自分の大きな写真をどこに飾る人がいると思う?まるで遺影よね。気分悪いわ」
確かに遺影にしか見えない額に入れられた写真。何を考えて居るのだろうか。

何でもかんでも額に入れたら喜ぶと思っている。入れる写真のセンスの無い事よ。
父や子どもが下着で座っている写真も大きくのばして額に入れて飾るように押し付けてくる。

母も弟のご機嫌を取り、裏では愚痴りながら、弟の前では嬉しそうな顔をして飾ってきた。

だから弟は何もわからない。誰も無神経さを教えない。言っても弟は理解できなかっただろうが。

流石に、遺影ぽい母の写真は、酷かった。手術の後に渡す神経がわからない。そんな写真を大きくやいて渡すセンスも理解できない。

母は、これは我慢できないから、他の写真と入れ替えると怒っていた。だが、弟には何も言わない。

こっそり私に見せて愚痴っただけ。

私は母が言えない本音をさりげなく弟にこれまでも伝えていたが、弟夫婦は自分がしたくない事は意地でもやらない。我儘に育てた母の自業自得だろうが、私にその尻拭いがくるのはたまったもんじゃない。
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母が、次の抗がん剤治療の入院中、花の水やりをしてほしいと弟に頼んだら、断られたそうだ。毎日遊んでいる暇な嫁さんがきてやればすむことだ。畳2畳ほどのスペースしかない。ホースでさっとかければ終わりだ。
それも嫌がるという。


弟の家の水やりは母がやっていた。子育ても食事の世話も母の協力なしでは、今の2人の優雅な暮らしは実現しなかった。
「私は花しか楽しみが無い。花を育てるのが生きがいなのに。寝込んだら花も眺められないのか」と暗い声だった。

母は尽くす相手を間違えたのだ。当時からこんな事は私はわかっていたが、見返りを期待して必死で尽くす母が甘かったのだ。

それでも、息子は可愛いのだと思う。近くにいないよりいてくれるだけで有り難いはずだ。

車をだすことしかしないが、それでも充分助かるから。

でも、抗がん剤治療が始まるともうそれではだめだろう。さてこれからだ。
私は私の意志で、出来る限りの事をしたい。まず母の愚痴や本音を聞く役割はこれまで通り。

母はきっと、いつか弟嫁さんに何か言う気がする。いくらなんでも、人の生き死を前に知らん顔は無いでしょうと。