授業が始まるまで、少し時間があった。

私の前に座ったM君が、いつ振り向いてお金を返すのかと、私とI子は待っていた。


周りの目もあるし、終わってから外でこっそりお金を渡す気かなあとか考えながら、M君にどういう態度をとればよいのか戸惑った。


M君が振り向いて、こっちに挨拶をした。その時、I子がM君に目配せをしたのがわかった。

それでも、M君は気が付かないふりをしていた。


授業が終わって、学生が次々と席を立ち始めた。ざわざわしているし、今かなと待っていた。


が、M君は何事も無かったふりして、こちらと目もあわさず立ち去ろうとした。


「ちょっと待って」とI子が引き留めた。


そしてM君を席に座らせた。

私は事が大げさになってしまって、借金取りみたいで、バツが悪かった。

「持ってきてるよね?なぜ返さないの?」とI子が言った。私は黙って固まっていた。

するとM君は、表情を変えた。私とI子は椅子に座ったままだ。

一度座ったM君は、すくっと立ち上がり、ポケットからお金をだして、私に向けて投げつけた。


「返せばいいんだろ!釣りはいらないよ!」と叫んだ。

お札はくしゃくしゃになっていた。


釣りはいらないよと言われたが、(数十円だったが)私はその場で返した。


何を怒っているのだろう。意味がわからなかった。

私がI子に話して、恥をかかせたと言いたいのか?

私なら、何をしても許してもらえるとでも思っていたのか。初めからうそをついたままほっとくつもりだったはずだ。

悪いのは、嘘をついたM男だ。


見かけのイメージとはかけ離れたM君の一面を知って、「これが結婚相手だったらショックだ。こんな人、絶対無理!」と勉強になった。


そんな一面があるという話は、誰にも話してない。私とI子だけの秘密だった。

他に被害者がでている様には見えなかったので、わざわざ人に言う事ではないと考えた。


後から耳にしたのだが、その時のやりとりを遠くから見ていた女子がいて、

「男の子に、お金の催促するなんて無神経ね。男子ってお金の事言われたら恥ずかしいわよね。M君のプライドを傷つけてひどいわね」
と、裏でお節介な心配をしていた人がいたようだ。


真実を知らないし、まさかM君があんな事をするとは誰も思わないので、たまたまお金を立て替えてもらった後に、しつこく女子から返済を催促されて困っているようにしか映らなかった様だ。

なので、卒業するまで、M君は、皆から一目おかれたリーダー的な立場のままだった。


本当に同じ様な場面が、他の人とは起こらなかったのだろうか?

私だけだったのか、それもわからない。