りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

母の病気の事は、まだ夫には話していない。

話したところで何も変わらない。それどころか不愉快な思いをさせられる気がするから。

もし話したとして、夫の最初はいつも口だけ良い人。
「それはいけないね。お見舞いにいったら?」位は言うだろう。言葉だけで良い夫を演じるなら簡単だ。まず言葉で良い夫だという証拠を残すつもりの様だ。

だが、行動は真逆。これは夫の生き方そのもの。

そこで「実家に帰る旅費がかかるから、生活費をきちんと送ってほしい」と言えば、どうなるか。想像してみよう。

仮に送ってきたとしても、おそらくあえて半分とか。

そして「今はこれしか送れない。必死でかき集めた。ご飯もぬいて我慢してお金を作ってやった。」と言うだろう。もちろん大嘘だ。
そしてまるで母が夫を困らせたかのように言ってくる。

わざとらしく、恩を売ってくるのだ。もし私がそれに抵抗すれば
「こっちは善意でやっている。お母さんを心配してあげてるのに、被害妄想だ」と言い返すだけ。
そして「ならもう何もしない」と言って、堂々と送金をしなくなる。

わざと怒らせて、相手のせいにしてやめるというパターンが多い。

これは奴の常套手段で、毎回これをやられて、もうそれは通用しないのだが奴はまだ使えると思っている。
テレビなどで良く見るが、人を騙した悪人が被害者に開き直って言うセリフや態度と似ている気がする。
毎日好きな物をお腹いっぱい食べ過ぎて、メタボにひっかかり、医師から注意されているし、タバコは禁煙して節約すると嘘をつきながら吸うし、何回も、うちより高い旅費を使って実家に帰省したり、旅行に行っている。

自分以外の人、子どもでも、お金を1円も使いたくないのだ。惜しいのだ。

だが、ケチと言われたり、真実を暴露されたり、批判されることは嫌なので、最初に言い訳を用意する。
言い訳にならない言い訳だが、本人はそれに満足し、騙されない人がおかしいと思っている。

夫の嘘が夫の頭の中で、真実にかえられていく。
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今はまだ黙っていよう。自由にしたいから。

もし、夫に伝わると、何だかの嫌がらせで自由に実家にもいけなくなる気がするのだ。


これまで、子どもの学校の費用をだすのにも、いちいち嫌味を言って来た。義務であり当然のことでも、ケチる。

こんな男の嫌味の相手なんかしていられないので、とにかく存在を忘れることにしている。

先日、母の手術で帰省した後に、黙って夫が帰って来た時はセーフだった。

こういう事も想定してぬきうちで帰宅するのだろう。
私が自由に旅行に行っていないかとか、家の中は贅沢していないかとか調べる為だ。勝手に出て行ったくせに。今更何様だろう。
夫はとんでもない勘違いをしている。というか自分だけ現実を都合よく書き換えている。

家族は何でも、自分の言いなりになるものだと信じ込んでいる。都合のよい時だけ家族、責任のかかる事は他人扱い。

そのうち、私から夫にドガンと爆弾を落とす日が来ることを願っている(笑)。


     

実家に行くと、自分の居場所、休む部屋も無い為、精神的に疲れる。

家が古く、掃除してもすぐに汚れる気がする。狭い部屋に物が多く、どうしてこんな物を保管してるの、捨ててと言ったよねと何回も言っても捨てない。

そして「こんな邪魔な物をくれた人が悪い」と文句を言う母。

どうみても捨てるしかないガラクタを保管する。毎年、邪魔な物だと愚痴り、捨てろと言っても捨てていない。

こんな物いらない、とさんざん文句を言いながら、捨てない。大事にとっている。
父の事は、物を保管しすぎて困る、と文句ばかり言うが、母の方が持ち物が多い。

自分だけは違うと思うのも母の性格で、最近は
「自分だって同じ事をしてると気が付いている?」と言い返すことにしている。


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今、自宅にいると本当にくつろげる。
これから続く実家帰りへの、つかの間の休憩みたいなものだ。

実家の昔の自分の部屋は、物置にされている。汚くなっているが、片付けてそこに寝ようかと思った。

でも、母は、2階の真上の部屋に父が重い荷物を置きまくり、天井が落ちて来る危険性があるからと反対する。

そう言われると、怖くなってやめざるを得ない。地震が来たら簡単に潰れそうだ。

広い2階を全部物置にした父。よくテレビで、ゴミ屋敷の頑固な老人を見るが、あんな風になってしまって、人の話もきかず、娘の寝床が無いと言っても聞かない。まだゴミ屋敷にはなっていないが、これからが心配。

若い時はそんな人では無かったのに。

父の脳の老化が、母のストレスを悪化させているし、病気が逆なら良かったのにと家族の誰もが密かに思っている。
これは、うちの家族にも言える。

夫の身体だけが元気で長生きしても、悪さばかりして子ども達に迷惑かけていたら困る。
私が先に寝込むわけにはいかないのだ。
頭もしっかりしなきゃいけない。


先日、医師が「3か月以内には再発するでしょう」と言っていた。あと2か月も無い。もうすぐ治療が始まる。薬の効果があれば良いが。

母は高齢だからいつ何があってもおかしくないと、心の準備はできているが、子どもさんや若い人、働き盛りの人なども、同じ病気と戦っている。

多くの患者さんやそのご家族の事を思うと私なぞ甘いと思う。

もしこれが我が子の病気だったら。自分が発病したら。

色々考えて、その立場にならないとわからない事なのだ、自分は大丈夫なんて誰にもわからないのだと今回自分を戒めている。



     

今回、母の病気の件で、血液の病気について少しだけ知る事ができたが、ウイルスの存在やリンパ球の癌化など、顕微鏡でしか見る事ができない物との戦いは、人間にとって自然の脅威との戦いなんだと思い知れされる。



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今もし母と同じ病気になったら、もう少し、夫よりは長く生きていたいと思うだろう。
生きたいと思う限り、頑張るしかない。

白血病にも色々ある事を知った。

今回初めて知ったのだが、特殊なウイルス感染が原因の白血病があるのには驚いた。

血液の病気の中にも、研究が進んでいて良い薬もあり病気が寛解する人も多くいるタイプ、進行が早い為予後が厳しいタイプなど、様々だ。
病気になると、理由が知りたくなるものだ。何故、自分が?と。

自分が寿命を全うする時、方法を選べたら良いのにと思う。

「ピンピン、コロリのスイッチがあれば良いのに」という高齢の人がいた。以前母もそう言っていた。

母の今の気持ちを想像してみた。

病気をする事もなくあと5年は今までの様に普通に生活していけると思っていた。
父を看取り、家を整理し、子ども達に迷惑をかけない様に相続もきちんとしておく。

亡くなる時は老衰で自然死だろうと、そう願っていたに違いない。

ある日、突然始まった腹痛から、あれよあれよと恐い病気を宣告され、よく理解できないまま治療が始まる。何の自覚症状も無いのに、副作用のある強い薬で1カ月も入院させられる。
何故私が?と戸惑っている。

母は、治療よりも、生活に制限があることが苦痛のようだ。

日常の生活の連続が平和にできるという事は、幸せなんだなとしみじみ感じる。

     

今日、自宅へ帰った。

これまでで一番精神的に疲れた。湿度と暑さと実家のうっとおしい環境が、疲労を増す。


親が若い時は、家の中はもっと綺麗だった。高齢者になるとしかたないのだろうが。

母が今のところどこにも再発が無く、自覚症状も無いのに、わざわざ辛い治療を受けて、入院してまた老化が進み、筋力も落ちるのは残念だ。本人が一番がっくりしている。

行動的、じっとできないタイプ。それが、腸を切る手術が終わり、もう大丈夫と思ったら、検査、検査までの我慢、もういいよねと動こうとすると抗がん剤の治療。

いつになったら前の様に動いていいの、近所のお友達といつもの様に買物に行けるの?今度こそ自由に動けると思っていたのに。と動きたくてたまらないみたいだ。


しょっちゅう買い物に行き、歩き、お喋りをし、活動的だったから、今それを控えているだけでもかなりのストレスのよう。

抗がん剤をうったら、1カ月ほど入院になるそうだ。もう入院は嫌だと言っており、がっくりしている。
だが、医師から「今は何ともないけど、すぐに再発しますよ、急がないと」と言われ、「なら頑張ります、治したい」と母は宣言した。

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家に帰ってから、母は「もう自分はこのまま弱るだけではないか」と不安になったようだ。入院するたび、どんどん聴力が落ち、筋力も落ちているからだ。

私は私で、先日の夢のように、自分が病気に鳴って居る様な気さえしてくる。

血液の病気(白血病など)にも色々あり、知らないうちにウィルスに感染したことが原因となるものもあるそうだ。

母子感染もあるし、そうでないものもある。

いつか自分もこんな病になるのだろうかとつい悪い風に考えてしまう。

母は、高齢な割にこれまで元気で長生きしてきた人だから、健康に自信があった分、かなり落ち込んでいる。

自分だったら、80歳まで生きられたらもういいと思うが、今はまだ子ども達のことが気がかりだ。夫がしっかりしたひとならまだそこまで生に執着は無いが、夫のおかげで?80歳までは、生きたいと思うようになった。

今日ほど、私が帰る時、母が不安そうな顔したことは無かった。

父も弟も、本当の意味で母を助けない。ゆっくり休みたい時や家事がきつい時、頼んでもなかなか手伝わない。弟嫁が普通に協力してくれたらどんなに助かることだろう。

女性でないと気が付かない事もある。私がいなくなれば、母は孤独感を味わうのだろう。

ただ、外出の手伝いだけは弟がしてくれるので、助かっている。弟も父も、男性だからか会話をしないので、母と心が通わないのだ。
特に父は老害爺さんだ。

私は何回も行ったり来たりだが、自宅に帰ると開放感がある。自宅が実家に近ければ最高だったのに。

毎日家に帰れれば、ストレスもたまらず、こんなに疲れることもなかったと思うが。

今夜はぐっすり休みたい。今回、2日間が1週間に感じるほど心の重い帰省だった。


     

母の骨髄検査の結果を聞いてきた。

予約した時間より約1時間待たされ、緊張感で疲労した。

 部屋に入ると、私に向かって医師が、「どこまできいておられますか?」と訊ねてきた。母の前でどこまで話せばよいか戸惑い、簡単に答えた。
すると、いきなり医師が母に向かって「血液の癌です。抗癌剤を使う治療になります」と言い出した。 

えーっと思ったが、治療する為には話さなければならないと判断されたのだろう。
それだけ簡単な治療法ではないからだ。

今のところは、脊髄にも浸潤していない、再発はないのだが、最悪な進行の早いリンパ腫なので、もうそろそろどこかにできる可能性がある。
急いで治療しないといけない。

と母にも説明しながら、早口で話す医師。
母の顔をみると、頷いてはいるが、ほとんど聞こえていない様子。
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癌と言われたことは、聞こえなかったかもしれないが、抗癌剤というのはわかっていたようだ。

どこかで覚悟はあったのかもしれない。

でも何故こんな病気に自分が?と、納得いかないようだった。


治療法を色々話し合い、まとまった後で、「もう一つ、大事なお話があります」と言われた。


そのあたりになると、私は頭がボーっとしてきて倒れそうだった。

今ほど近くに住んでいたらよかったのなあと思う時はない。また自宅に帰り、不安な気持ちで過ごし、行き来するのが精神的にしんどくなってきた。


 
     

以前仕事先で、出会った高齢のご夫婦。

奥様は、長年持病と戦っておられた。
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若い時はバリバリ仕事で活躍された方で、地区ブロックでトップの営業成績で支社長もされていたキャリアウーマンだった方。ご主人は公務員。

奥様の方がかなりの高収入で、高級ブティックも経営。

ご主人は、家庭を顧みず、自分の給料も奥様の給料も遊びにつぎこんだという。

昔の方なので、我慢して別れなかった。親が決めた相手だったから。

でも、もうその親もいない、高齢になって病気になった自分を労わることもないご主人を見ていて、イライラすると言う。
「私の人生は何だったの?こんな人と結婚しなきゃ良かった!」と後悔する様になったらしい。

そのストレスが身体に影響し、心臓発作を起こした。医師に何でも相談する奥様は、ご主人がストレスだと話した。

「このままでは、あなたは寿命が縮まりますよ。旦那さんと別居した方がいい」と言われたそうだ。
この医師は古い知り合いで、別居できる裕福なお宅と知っており、よく事情をしっている人だったからここまで言えたのだろう。

奥様も、医師の言葉に背中を押されて、強引にご主人を施設に入れてしまった。

私が知る範囲では、この時もご主人は愛人を作っていた。奥様あてに愛人から嫌がらせの手紙や贈り物が来ていた。

能力があり、お金も稼ぎ、子育ても家庭の事も全部やってきた奥さんを大事にせず、奥さんのお金を使って他人や愛人と遊ぶ旦那さんだなんて、何てお馬鹿なんだ。

奥様も旦那さんより稼いでいたのだから、さっさと別れたらよかったのに。

私なら即さよならだ。


昔の人だったからかなあ。女は我慢して男に尽くせという差別意識の強い時代だったからだろうか。

旦那さんを施設に入れた時の奥様の迫力は凄かった。

長年我慢してきたものが一気に爆発していた。

こんな風に、歳をとってから人生を後悔したくないなあ。


最近の母を見ていると、この奥様みたいになってきている気がする。

老化と病気のせいで、全てのストレスが全て父に向っている。

でも、私から見れば、私より母はずっと旦那さんに恵まれていたと思う。

何もかも旦那さん(父)に押し付けて?大事な事は知らん顔だったし、責任というものは父に全て負わせていた人。

専業主婦で、節約は大変だったろうし、義親の介護や義姉の虐めにも耐えたのは凄いが、それも、父が頼りになったからこそだろう。

女性としては、幸せだったと思う。

それでも、醜く父を罵る事が増えて来た。こうなったのは、母自身のせいでもあるのに。

人生の終わりに近づいた時、醜い人間になりたくない。

そうならない為には、どうすれば良いのだろう。今のうちに考えておかねばと思う。


     

朝方、嫌な夢を見た。

母の骨髄検査結果を聞きに行った夢。

長い間待たされて、母が院内を子どもの様にウロウロしている。

夢の中では結構元気に歩き周り、可愛らしくも見えた。

医師がやっと登場し、結果を説明するのだが、なぜか私に深刻な顔をして話しかける。

私の検査結果に問題ありだと言う。夢の中では私も健康診断を受けたようだ。

「気をつけないと大変な事になりますよ」「食生活や日常生活に気を付けて」と注意された私。

戸惑っていると、横から母が心配そうにのぞき込む。「大丈夫だから」と誤魔化す私。

医師から、これからの治療をどうするかを説明受けるところで、目が覚めた。

とても嫌な気分だった。これは夢!と何回も言い聞かしたが生々しくて、気分がすっきりしない。

現実にありえる話だ。私も年齢的に病気になってもおかしくない。

最近運動不足だし、不安な気持ちはある。でも、今は絶対病気にはなれないと思っているからこんな夢を見たのだろうか。
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それとも、先日会った友人の影響?

私より若い友人だが、これまで乳がん、子宮がんの手術をし、今は糖尿病と戦っている。

「自分は寿命が短いとわかっている。孤独死かしらね」とあっけらかんと話す。

仕事も頑張るし、親の介護も献身的にやっていたし、色んな困難を乗り越えてきた人だ。

だから私なんて、彼女からみたら甘ったれのちっぽけな人間に見える事だろう。

彼女は、今年に入ってからも交通事故にあったり、胃の腫瘍をとったりしていた。彼女は病気以外にも次々とトラブルの多い人生の様だ。
一見いつも笑顔で、明るい人だが、その裏には毒もある気がする。

その人の人生は、自分自身がそうなる方向を選んできている気がする。自分の事は棚に上げて、人の事となるとえらそーに言う私。

先日は、彼女の友人が亡くなって、悲しくて、鬱な気分をはらしたくて私を誘ったという。

私にも、40歳の時に親友を亡くした体験があり、気持ちを共感できた。


彼女から「あなたは霊感がありそうね。怖いから私の事、何か感じても言わないでね」と言われた。

私自身は、霊感とか信じない方で、ましてや自分にあるとか考えた事も無かった。ふざけて対応した。

でも、あれから、何だか怖くなった。何がかはわからない。この夢を見てからもっと怖くなった。




     

最近年金の話題が何だかんだと話題になっているが、我が家はとうの昔から年金については不安材料である。

友人らは、旦那さんの愚痴を言いながらお互い「我慢すればいずれ遺族年金が入るわよ」と冗談で言ったりしている。

うちは、遺族年金どころかそれまでの年金もあてにならない。だからあてにする気も無いし夫が自分の年金を私に使わせるはずもない。私には老後を夫婦で一緒に暮すことは頭に無い。
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夫が転職を繰り返し、厚生年金に加入した期間が短いこと(無計画な自営業の繰り返しで)と、収入が少なくその納付金額も少なかったこと、国民年金もまともに払っていない時期が多かったから少ないのは当然だ。

当時からきちんと払うように言っていたのだが、夫は上から目線で年金制度を否定していた。
無計画、無責任な性格で、その場のお金が欲しかっただけ。困っても誰かに何とかしてもらえると思っていた様だ。義務は果たさず、扶助は受けようとする。

そんな事は本人はすっかり記憶から消している。

先日帰宅した時、生命保険の更新の話になり、夫は「無駄だから解約」と言い出した。


笑ったのは「保険なんかかけなくても、何も困らないだろう。僕の充分な年金があるだろう。」と言ったこと。何かあっても、遺族年金が沢山でると思っている。

え?

「死亡保険をかけなくてよくなる人は、きちんと退職金がでて、貯金もあって、年金がきちんとでる人でしょ。うちはどうなの。どれも無いよね。もし、あなたに何かあっても、お葬式代もそっちに行く旅費、滞在費も無いよ。」と言ってあげた(笑)。


それくらい、本人が一番わかっているだろうが。と腹がたった。

するとムキになり
「俺の年金が沢山あるはずだ。しかも3階建てでかけていたぞ。嘘つくな」と怒った。


自分は、払いたくないだの年金制度なんてあてにならないだのと言って、払わなかったのに、何を「他の人より多いはずだ。3階建てだからな」と威張って言うのだろう。


やっぱりこの人おかしい。

私が年金ネットで確認した夫のデータを教えた。
3階だてだと威張っていたが、転職しているのにずっとかけている訳がない。企業年金は、2年で退職していたから2年しかかけていない。

なのに自分は3階建てだ。と威張っている。

そもそも、収めた保険料と期間に応じているんだから、払ってなければまともに貰えるはずがないと説明してあげた(笑)


この年齢で、こんな事がわからない人っておかしい。それで人を教育するだの、指導するだの、自分を見習えだのと世間で威張っているのだから。

バツが悪くなると、話題をそらしたり、「そんなはずがない」とキレる。
「年金定期便で見た時は、もっと多かったぞ。おかしい。」と誤魔化す。

そして悪いのは、自分ではなく、政府だと言い出す。

それはあるとしても、夫は自業自得。自分の失敗まで国のせいにする(笑)
こんな言動を、世間でもやっているんだろうなあ。
周りは呆れているんだろうなあ。

しかも、最初は、私が嫌がらせで嘘を言っているとか、夫の年金をネコババするつもりで嘘を言っていると思っている様だった。
自分がそういう人間だから、人をそんな風に見るのだろう。

嘘の笑顔を作り、自分は心の大きい人間だと奇妙なパフォーマンスをする。

普通の顔、普通の話し方、普通の自然の夫ってどんな人なのかがわからない。全てが演技で仮面。
表情がくるくる変わる。それも醜く見えてしまう。

今は夫は働いていてまだ年金のお世話にはなっていないが、いざ年金しかあてがなくなればどうするのか。

その時こそ、大もめするだろう。
誰かに寄生する気だろう。
夫の生き方は「寄生」と「言い訳」だ。
それも相手を転々と変えていく。

私は今のうちにこつこつ貯金をしようと節約生活をしている。もちろん、1人で生きていくために。



     

母から電話。
声を聞くと安心するのだが、声に力が無い。

本人は「全くだるさを感じない」と言うが、動きはゆっくりになり、階段もあがる気力はなし。物置を整理するのもやめたようだ。

痩せて身軽になったと言いながら、どこか弱々しい。

当たり前だ。白血病と似た様な病気なんだから。

こんなに普通に生活してて大丈夫かな、早く治療開始してほしいと思うけれど、病気がたいしたことなくこのまま様子見なら最高だ。
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それならそれで安心して、母も動き出す気がする。わからないから、不安で気力が弱る。病は気からとは本当に当たっている。

声に力が無いのは、先日の父から怒鳴られた件を恨んでて、ご機嫌斜めだったからのようだった。

食事はと言うと、父の分は別に作り、自分の分は少しだけ簡単に作っている様子。


以前の様に食いしん坊では無くなり、食べ物の好みも変わっている。癌などの病気になると食べ物の好みが変わると聞いたことがある。

タンパク質をきちんととる様に、お肉も食べた方がいいよねと言う話をした。

貧血気味で、顔色が悪かった。急に痩せたので、病人ぽく見えてしまう。

私が先日、柔らかい赤身肉で生姜焼きを作ったが、「あれが美味しかったから作って食べようかな」と言っていた。

「あれを食べたい」とか「美味しかった」とかは、手術するまでは母から消えていた言葉だった。

やっと少しずつ食欲が戻って来た様だ。とりあえず悪い腫瘍を全部とったからだろう。

電話をきる頃には、声は元気になっていた。


その後、弟からメールがきて「顔色が悪く、表情が暗いんだけど」と言って来た。

(心配なら、奥さんを連れて来て料理して栄養のあるもの食べさせなさいよ)(掃除くらいはしなさいよ)とか、言いたかったが我慢。何回言っても、2人にする気が無いのはわかっているから。

しかし、退院の日も顔を見せず、2週間過ぎた今も顔も出さず、電話もないそうだ。すぐ近所の弟の奥様、何をされてお過ごしなのでしょう。

うちの両親も悪い、最初から気を使い、召使のように彼女に尽くしたから、義親は自分の家来だと勘違いされたのだ(笑)。
しかし、結婚してほしくて必死で演技していた彼女を思い出すと、結婚直後の豹変ぶりは驚いた。
うちの夫とよい勝負。

こういう人にひっかかる私と弟は、おそらく幼少期の家庭環境の影響もあるだろう。今更遅い。




     

友人からランチのお誘いがあった。

以前も誘いがあったが、母の事でバタバタしており行けなかった。

もしかしたら検査結果の連絡があれば、即実家に行かねばならない状況だったが、それを知った上で誘いがあるのは、何か理由がある気がして会いに行った。

色々、涙あり笑いありのランチとなった。

この友人は、波乱万丈、彼女の周りの人達もユニークで驚かされる。

1人暮らしなので「辛い事があって落ち込みそうだから」と言って誘いがくる。でも逆に彼女の方がいつも笑顔で笑わせてくれる。

馬鹿話をして笑ってお互いすっきりする。こちらも助けてもらっている。
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久し振りに買い物もできた。痩せて服が大きくなって困っていた母に、夏のブラウスを買った。

帰宅すると、弟から「検査結果がでたという連絡が病院からあった」というメールが入っていた。

それが、外来で6日後に説明するという。遅くないか?

最初弟は、医師から「進行の早い一番悪いリンパ腫で、週単位で進行する」と言われたのだ。

退院後、2週間以内に再発してまた入院になるかもとまで言われていた。

なのに、退院してから3週間後に検査結果を教えるなんて。それから治療を考えるということ。

最初の話が真実だとすると、治療を始める頃には手遅れだよね。

最初の医師の話し方は投げやりな感じで、「どうせ高齢だから」、「どうせ先は短いのだから」というニュアンスが感じられたという。

そもそも、最初に入院した時、「悪い腫瘍だろう。もうどうしようもないかもしれない」と言われてから検査結果の説明まで、約2か月近く過ぎている。

手術で生研して、悪性リンパ腫とわかってから1カ月だよ。


治療は何もしていない。たまたま自覚症状が無く、PET検査で再発が見られなかったから良かったが、本当にそんなに今日明日危険な状態なら、もっと早くしてくれても良いのではと感じる。

治療の必要も特にないのなら、さっさと教えてほしい。待たされる本人と家族はしんどい。

高齢と言っても、色んな人がいる。母を良く知らずに、ひとくくりにして「どうせ高齢だから」と投げやりにされているのなら、腹立たしい。


説明は本人も一緒にするという。

心配のいらない状態ならば良いが、まさかいきなり悪い話をしないだろうなと心配になる。

まあ、母は説明を聞いても、耳が遠くてさっぱりわからないと言っていた。

逆にそれが良かったかもしれない。先日の説明の時の母の顔を見ていたら、訳がわからずキョトンとして戸惑いまくりながら、格好だけは頷いていたのが、憐れだった。


今週末に、また帰省しようかと思う。



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