りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

足の怪我の通院がやっと終わった。16回通院。27日間。

でも、見た目はまだ悪い。切り傷(擦り傷)は小さいものが2か所。大きいものが一か所。この大きい傷が中々塞がらなかった。

脛なので、血流が悪く、新しい肉の再生が遅いらしい。その周囲の皮膚もまだ赤い。


かさぶたがやっとできて、お風呂でぬらしても大丈夫になった。

絆創膏もはずされたが、見た目はまだ気持ち悪いので、バンドエイドの大きいのを張る事にした。
まだ回復していない皮膚をどこでまたぶつけるかわからないので、かさぶたが自然にとれて、赤い皮膚がもう少し再生されるまで、保護しておこう。

それにしても、ストレスのかかる病院だった。
処置室に呼ばれると、ベッドに座らせられる。両足をのばして患部を見せる。

上半身は起こしているので、両腕を後ろ側に置いて身体を支える。

その姿勢で毎回5分以上待たされる。だんだん腕が疲れてきてプルプルと震えて来る。

腕を前に持ってきて、休憩するが、その格好では腰に負担がかかるので、また後ろに腕を置く。

やっと医師が来たかと思うと、診る時間は10秒もない。

それだけの為に待たされる。

お医者さんは忙しいんだから、待たされるのは当たり前よ。そんなものよ。と言われるのはわかっている。
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でも、なかなか治らないと不安になってくる。良く診てないんじゃないかとか、本当はどこか悪い状態なのに見逃しているんじゃないかとか。

もう通院終わったので、そのストレスから解放される。が、まだ打撲の痛みは残っているし少し腫れている。
「自然に吸収されますから大丈夫」とか「時間がたてば消えますよ」とか、一言説明してほしかった。聞いても頷くだけ。

痛みは皮膚の表面だけで、骨に何かある感じではないから時間が経てば回復するだろう。と自分で自分を納得させている。

自分がドジで、転倒さえしなければ良かったのだが、もうこりごりだ。

この程度で病院にストレスを感じる私は、母みたいな病気になったらいったいどうなるんだろう。



     

先日弟に色々話したからか、昨夜携帯で写真が送られてきた。

私が送ったヘアピースをつけた母の頭の写真が数枚。

何もつけていない写真を見ると、後頭部がかなり薄くなっている。毛染めができないので尚更薄く見えるのだ。これは、女性なら絶対人に見られたくないだろうと思う。

試しにだめもとでと、安いヘアピースをネットで買って母に直送したのだが、そんなに脱毛が進んでいるとは思わず、大き目だったかなと予想していた。
実際は、小さい位だった。

つけないよりはいい、と言って、母は無理してつけているようだ。でも、少ない髪にピンでとめると、はずす時に引っ張られて毛が抜けるらしい。
弟はそれを心配していて、何かあった時だけ、つければいいと言う。

目の前で見ていないので、私には加減がわからない。

写真で見ると、もう少し、ヘアピースと地毛をうまくなじませれば良い感じ。

安物だし、無理して使う必要ないよと言ってはいるが。

高くても、全体を隠せるかつらを買おうかなと母が言っている。
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母はあれから遠慮して、電話をかけてこない。いつもその時だけおとなしくなり、そのうち元に戻るから今だけだろう。

昨日は弟の携帯経由で、やり取りだ。

弟は、「かつらなんか買わなくていい。このヘアピースで充分だ。あとは帽子でいい。」と言う。

きっと母は、この件に関しては、弟ではなく、女性がそばにいてほしかっただろう。

「髪が一番よ、大事よ。印象が全くかわるから」と言う事は、当然で、私も同感。高くても、ぴったりあうかつらで、堂々とお洒落をしたいと思うのは良いことだし理解できる。

弟は「どうせ年寄りだし、いまさらお洒落なんか。お金がもったいない」などと言い出す。
そういうところが、母が私に電話してくる理由にもなる。

わかってもらえる人と話したいのだ。

私でなくてもいいのだ。誰でも。話を聞いてくれるなら。お嫁さんがうまく付き合ってくれる人だったら、母はとても大事にしただろう。

それ位、満たされた生活を母がしていたら良かったのだが。期待通りに行かないストレスが全て私にきていたわけだ。

弟がいくら努力しようとしても、根本的に無理がありそうだ。仕方ない。いないよりはずっと助かる。

母は恵まれている。何だかんだと言いながら、いつも誰かがそばにいて助けてもらってる。

自分が老後、病気になったらと考えると、お金も無いし、夫とはどうなっているかわからないし、子ども達も自分の生活で精一杯だろう。近所の人ともそこまでべったりしていない。

これから先もずっと今の住居にいるかどうかもわからない。

自分の老後はおひとりさまだろうか。夫の存在は頭に無い。

長生きしたいとも思わない。ただ、もう少し子ども達が自立して安心できるところまでは見届けたいし、それまでは元気でいたいし、迷惑もかけたくない。

常にひっかかるのは夫の存在だ。人の人生をかき回し、滅茶苦茶にしても、家族は自分の決めたことに従うのが当然と思い込んでいる。
私は縁を切れば終わりだが、相続人の子ども達がそうはいかないので憂鬱になる。

長生きしたくはないが、せめて夫よりは長く生きないといけない。(/TДT)/


     

足の怪我がやっと回復してきた。

前々回、副院長は、暗い顔で「長くかかります」と言い、前回の院長は「もうバンドエイドでいいからね。」と次回で終了みたいな言いかたをされた。

早く治療が終わる方がいいので、院長を信じることにしよう(笑)。
回復を早める為にはどうすればよいのかを自分で調べた。

足、特に骨の上は、怪我が深くなりやすく、血流も悪いので治りが遅いという事は病院で聞いた。

なので、血流を良くする為に温めることが良いとわかった。
(怪我した直後は冷やすことが大事。氷で冷やしながら病院に行った。)

傷口が塞がるまではシャワーしかできないので、足だけお湯につける。タオルを温めて足にのせたりして、まだ腫れて居たり、血腫があったり、あざが残っていたりする所の血流を促す事にした。

偶然か、温めが良かったのか、なかなか塞がらなかった傷口が乾燥してかざぶたになってきた。

腫れと鈍痛はまだ残っている。もう3週間たったのに長すぎる。

通院するたび、「治りが悪いですね~」と言われる。

ぽこっと腫れている部分が気になるが、時間がたてば吸収されると思う。
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年齢のせいか、怪我が治らなかったり、痛みが長引くと色んな悪い事を考えてしまう。

レントゲンではわからない何か悪いことになっているんじゃないかとか、中で化膿していないかとか。

一番不安にさせられたのは、やはり病院の対応にも原因があるかもしれない。

説明が医師や看護師によって全然違ったり、質問しても困った暗い顔で、「う~ん」とうなったり、かと思えば
たいしたことないと決めつけて、雑に扱う看護師(男性だった)がいたり、失礼な事を言って笑う医師がいたり。

子どもが小さかった時、似た様な怪我で1カ月以上、別の病院に通院した事があった。

そこは、初日に傷をみてすぐに「この怪我のしかたは、完治に一か月以上かかりますね。」とその理由も教えてくれ、安心して通えた。

今回自分も似た様な怪我だったわけだが、最初に軽くあしらわれた感じがあの病院とは違った。

たいしたことない、この程度で、みたいな感じだった。医師は一瞬しか患部を見ない。

後から色々違ってきて、色々言い出さずに、最初に良く見て判断し、説明してくれたら安心して通えたと思う。

近くでいつでも診てくれて、救急病院で助かるが、重病になった時にはここはやめておこう。




     

昨日、母の長電話の事を書いたが、その件で弟から連絡が来た。

父が怒って電話をきらせた後、母に説教をしたらしい。最近の母は、父に対して言い返し、抵抗し、その後私に父の愚痴を言ってくるのが普通。

だが、この時は素直に説教を聞いたらしい。弟が言うには、例え娘が相手でも、長電話は迷惑でしかないし、非常識だと父に叱られたとか。

父の注意は、まるで私の気持ちを察知したかのようにタイムリーで助かった。でも弟の言いかたでは、何か違う。

弟の言いかたがカチンときた。私のせいだというのだ。「気を付けてよね」と言う。
母と電話するのは控えろみたいに言って来た。

~母が元気が無く、落ち込んでいた。父に叱られたのが原因だった。この事は娘(私)には言わないで。~と母が言ったという。

おそらく、私に叱られた事が伝わると、私が気を使ってもう電話にでなくなると不安になったのだろう。

母は、弟に話しかけても返事もしないし、話し相手にならないから、私に吐き出すわけだ。お嫁さんとお喋りができればまた違っただろう。


母から、私には内緒にしてと言われたのにわざわざ私に教える弟。私を怒る為?なんで?
それに、父が注意する声は聞こえていたし、知っていたけど。
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今私が母に我慢していられるのは、離れて暮らしているので、いつ急変してお別れができなくなるかもしれないと覚悟しているからだ。
毎回「この電話が最後になるかもしれない」という気持ちがある。父や弟は毎日会えるから、それがわからない。

もし母からの電話を冷たくあしらって、それが最後になったら、きっと後悔すると思うのだ。

きつい事を言った後は、(どうか何もありませんように、あれが最後になりませんように)と内心心配する。

弟に、そういう気持ちや、実は父の方が母より異常な行動をして、色んな人に迷惑をかけているから、母だけを責めるのはおかしいとも言った。父は自分の事しか考えられなくなっている。

父は「お前はもうすぐ葬式だから、今のうちに準備しなくては。自分が入る施設を探さないと」とか、平気で母に言っている。かといって何も家事をしない。母に全てやらせている。そんな事も弟は知らない。母が私だけに愚痴ってくる。

そういう事を電話で話しているんだぞと、母の精神状態は人と話す事で保たれているんだぞと、何もわかっていない弟に伝えた。

それで、私に母の電話の相手をするなと言うのかと。確かに迷惑な時もあるけど、母の寿命を延ばす為に私も踏ん張っている、それが悪いのかと言い返した。お前がいうかと言いたかった。

父は、母に誰とも喋るな、と近所付き合いもやめさせようとし、唯一の趣味の園芸も、辞める様に言い、そして電話もするなときた。
長電話は迷惑だというのは正解だが、本当は、誰とも電話もするなと言いたかったようだ。弟の話をきくとそんな感じだった。

父は母を追い詰めている。

父は母を、家に閉じ込め、じっとさせれば、寝込まないと思っている。へたに活動されて、病気が悪化し、寝込まれたら自分に負担がかかるから嫌だ、という自分のことしか考えられなくなっている。

母の心配ではなく、自分の生活の心配で頭が一杯のようだ。母を家政婦としか思っていないのか。

年齢的に認知もあり、おかしくなっている。

弟は、母の気持ちを受け止めず、父に共感し私に注意してきた。弟も母に説教したようだ。それがダメだ。

母に共感し、父に母の気持ちを伝えてあげる方が先だろう。自分ももっと話し相手になろうと思えばいいことだ。

父の行動は、母の寿命を縮めてしまう。

私は、電話は適当にきるし、父が怒ったからと言って、自分が悪いとも思わないし、何もかえるつもりはない、母の電話は母の心の問題。私は言いたいことは母に言うし。

弟には、母がストレスになるそっちの環境を何とかしたら?そっちに本音を言える話相手がいないってことでしょ。と反論した。

これもこれまでの母の父への依存が原因だ。長い夫婦の関係がこうなってしまった。弟にしても母の甘やかしがこうなった。結局母の自業自得ということか。

弟にカチンときたので、色々言ってやったら最後はいつも通り、無難な返事で終わった。

私じゃなくて、たまには奥さんにも同じこと言ってみなよ。といつも言いたくなる。

     

「いつまで薬を飲まないといけないんだろう。髪が薄くなって困るわ。毛染めもできないし、髪は大事よね。外は帽子でいいけど何かお呼ばれした時に室内で帽子かぶれないし、かつらを買わなくちゃ」と何回も同じ話をしてくる母。

私が試しに買って送ったヘアピースでは、カバーしきれないほど髪が減っているらしい。

それでも、無いよりましだと家でつけているが、ピンでとめるので、薄い髪にはそれが負担なようだ。

ヘアピースは自分の髪がある程度あればうまくなじませて、ピンもしっかり止まるのだろうが、髪の少ない人には使いにくいのだろう。

「女の人じゃないとこういう事は相談できないしねえ。男の人は関心ないみたいだし話を聞いてくれない。嫁さんが一緒にかつらを見てくれたらなあ。あなたが次来るまで待ってもいいけど、いつ何があるかわからないから、かつらは早くほしいのよねえ」

いつでもお構いなく電話をかけてくるので、でないでいると、ストーカーのように何故でなかったのか、かけ直してこないのかとしつこく、同じ話を繰り返し、電話を切ってくれない。

昨日は私も切りたくてイライラしていたら父が横から注意してくれ、強引にきらせてくれた。
父が昔から注意しているのだが、「私のお喋りは生きがいなんだからね、私の楽しみを奪う気か?」とキレるだけで全く聞き入れない。

母は、自分からかけた電話でも、相手が話している途中でも都合悪くなると、ブチっといきなり切る人間だ。我儘だ。

弟に話すと「そう言わずにお喋りの相手してやってよ。退屈なんじゃない?」と言うが、自分は母の電話は冷たくあしらい、さっさと切る。母も弟も勝手だ。

母が相談しても無関心な弟、お嫁さんは言わずもがなだ。

先日母が嫁さんに髪とかつらの話をしたそうだ。
すると「髪なんて気にしなくていいですよ」とあっさり流されたらしい。つまり母の相談ごとにはのりたくないという意志表示。予想通り。

入院中、腸閉塞の再発で、目の前で吐いて苦しむ母を見ても「お母さんは元気じゃないですか」と言って気にすることもなく帰った人。
結局腸切除になっても、それっきり見舞いにも家にもいっさい来なかった人だ。

これまで子育ても食事も引っ越しも、ほとんどうちの親にやらせてきた人だ。

「老後の世話になるから」とそれをあてにして、必死で尽くしてきた母。
そんな裏切りにあうと思わなかったのか。若い時から私にはわかっていた。

なのに、私の忠告も聞かず、老後をあてにする計算で大事にしてきた母が愚かなのだ。
裏切られたと今更言うが、「そもそもそんな約束してないし、勝手にお母さんがやっていただけでしょ」とお嫁さんは言うはずだ。
どんなに助けてもらっても、お礼も言った事も、家に呼ぶことも、お茶一杯いれたことも、無かったんだから、そんな人が老後の面倒をみるわけがない。そこまでの態度を見ても、まだ息子夫婦をあてにする母がおかしいのだ。

私がいくら「弟夫婦をあてにしてもだめ、計算でやっているなら、これ以上尽くすのは無駄」と言っても、母は私が嫌な人間のように言い返すだけだった。
「そんなはずがない。あの子たちはそこまで悪い人間じゃない。老後の世話してくれるはず」と言うだけだった。
私のいう事は馬鹿にしていた。

今になって、やっと現実に直面し、私の話に耳を傾けるふりはする様になってきた。
が、しかし…
「天井の高さまであるカーテンをはずして洗いたい。」
「天袋の中の段ボールを全部降ろして、片付けをしてほしい。天井裏にあがってほしい」‥等。
「あなたにやってもらう事沢山あるからね。」ときた。

「男の弟に頼むことよね、カーテン外せるのは弟でしょ。」と言うと、危ないから?私にやらせるという。ひどい。
弟には「そんなこと頼めない。嫌な顔をされるから」だと。
私が嫌な顔をしたら、ぶちきれる母。つまり、息子夫婦には嫌われたくないが娘にはどう思われても平気。ということらしい。

息子さえいれば良いのだ。世間体も何もかも。

そう言えば、夫の親もそうだった。娘はいなかったが「長男さえいたらいい。」と言って、長男だけを特別扱いしていた。
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余命短い親なんだから、手伝える事はやりたいと思うが、私にも限界がある。

私の生活が破綻して、怪我でもして動けなくなったら、母は文句をいうはずだ。要領が悪いとか、知らなかったとか。いや、また何もなかったことにするだろうな。誰にも言うなと。

弟には、私から母の苦情を言っている。

弟は嫁をかばうことに必死で「わかった。自分がやるから」と答えるだけで、実際やらない。というか母が弟にはっきりと言わないのが問題なのだ。いい顔しか見せない。
弟がやると言っても、やらなくていいと断っている事も多いだろう。


娘の私という存在が無ければ良かったのかもしれない。
母の裏の顔や本音や汚れ役を娘に押し付けることで、発散しているのだろうし、繕っていけるのだ。

娘がいなくて、発散できず、弟夫婦と真っ直ぐぶつかれば良かったんだ。少しは人間として弟だけでも優しさを取り戻したかもしれないし。

それより、私は足の怪我がなかなか治らず、心配になってきている。

医師にも「長くかかるよ」と暗い顔をして言われてしまった。


     

昨日母が嬉しそうに電話をしてきた。

あの人(弟の奥さん)が久し振りに来たという。
で、どんな様子だったかというといつも通り。
来てすぐに椅子に座ったまま動かない。お客様。

弟がいそいそとお嫁さんにお茶を入れる。「えらいよね。自分でお茶をいれたのよ」と母は弟を褒めて喜んでいる。

両親が「いつも○○(弟)に世話になってます。しょっちゅう呼び出してすみません。」とお嫁さんに頭を下げる。

「いや。いいんですよ」と笑顔も見せない堂々とした態度のお嫁さん。

弟がまるで娘でお嫁さんがお婿さんみたいだ。

皆でお嫁さんに気を使い必死でご機嫌をとる。何で?

母は「嫁さんが来てくれると、あの子(弟)が嬉しそうでやっぱりいいわ」と言う。

完全に全員あの人と共依存状態?

母は、私に言う事と、本人の前とでは真逆の態度をとる。いい姑と思われたい気持ちが強いのだ。
ここまできてまだ?呆れる。今更良い人と思われても意味ない。
冷たくされているこれまでの長い期間、何も意味がないだろう。まだ期待しているのか。

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文句を言わせない様に、2か月に1度、お客様として顔を見せるだけで自分の役目は終わりだと決めているんだろう。どんなに困っていても人手が足りなくても協力しないと。

彼女は自分は特別な存在と思っているのだと思う。

何で余命短い重病の人が、自分に冷たく、健康で暇で遊んでいるお嫁さんの食事の世話したり、遠慮して気を使わないといけないのだ?

病人の心配もしない冷たい人に気を使い、おべっかをいい、私に全部その尻拭いをやらせ、私の生活に支障がでても気にしないうちの親。

私は旅費を使い、生活も苦しい。
弟はお金持ち、自由な時間も多い。でも、お小遣いを沢山親から貰っている。弟は車をだすだけで他の手伝いはしない。
母が家事ができない時も、絶対手伝わない。なのに母はお嫁さんにまでお礼を言ってお金を渡す。
本当にしてほしい事はしない弟夫婦。
それに両親が慣らされてしまっている。

つまり、お嫁さんの考えに洗脳されている。これが普通と。

お嫁さんが、もし一度でも台所に立ったとしたら、ものすごく申し訳なく有り難いことになり、お礼を言いお金を渡し、大騒ぎになりそうだ。

彼女が弟に「面倒なことは、あの人(私)にやらせなさいよ。娘なんだから当たり前よ」と話している姿が浮かぶ。
かといって、彼女の親が介護状態の時は、兄さんや御嫁さんに全部任せて、自分の親が亡くなるまで他人事だったようだ。自分の立場は別らしい。


帰る時に母が「また遊びにきてね」と彼女に声をかけたら返事はせず「無理しない様に」とだけ答えて帰ったらしい。


それを母が嬉しそうに話すのを聞いて、(こういうところが私の夫にも見透かされてなめられているんだろう)と思った。
「遊びに来てね」と言われて、「嫌です」と言いたかったわけだなと理解できない母だから、こうなるんだな。
「無理しない様に」と言い返されて、何を喜んでるのか。

「無理したくはないけど、あなたが助けてくれるの?誰も手伝ってくれないから無理せざるを得ないのに」となぜ心の中で思わないのかな。

仮にそういいかえしても、彼女なら弟を責めたり、私のせいにするだろうが。何があっても自分を悪く思う人ではない。
そこが夫と似ている。面倒な嫌な事から堂々と逃げて、それを悪いと思っていないところ。

私の親がもっと普通の感覚の持ち主で、毅然とした人間だったら、夫もお嫁さんもここまで弟や私をなめてかかってないのでは、と思ってしまった。

もし、私が夫に酷い暴力を受けたとしても、父は夫を怒らないだろう。
娘に原因があったんだろうとか、親に心配させて親不孝な娘だと私に言うだけだろう。
親として子の為に必死になるというところが感じられない。
特に娘に対して。

両親のこういう媚びる態度はお嫁さん相手だけではない。他の人に対しても、怒るべきところで毅然とできず良い格好する傾向にある。

で、おかしなところで怒ったりする。
ずれてる。
こんな親の元で育ったから、私と弟はモラハラ人間に騙されたのだろうか。

ある意味、モラハラ人間というのはターゲットを見抜く目は持っているんだなと感じた。




     

足の傷の件。

湿潤療法がうまくいかなかったので、ガーゼを軽くはるだけで乾燥させる処置に変更され数日過ぎた。

傷口が乾燥してきた。たまにわずかに出血するが、表面は乾いてきている。

傷口は黒い。血流の悪い場所で新陳代謝が悪いとの事。

昨日の医師は、「肉がなかなか盛り上がってこない。周りの腫れは血腫かも。うーん。」と言いながらガーゼの交換をした。血腫?古い内出血の塊?自然に吸収されるよね?まさか手術なんてならないよねと一瞬不安に。
他の内出血のしみはほとんど消えて来た。この回復の悪い部分から流れたであろう場所の内出血のしみがまだ少し残っている。結構長い間、中で出血が続いていたのだろうか。
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数人の医師が日によって担当を変わる。

この前の医師は「まだ腫れてるね。この黒い部分がとれてきたらいいんだけど。」と笑顔で言い「周りの痛みはとれてきますか?」と聞いたらうんうんと頷いていた。

医師によって反応が違う。

おそらく日数が経つにつれ、回復が遅いのを気にしている医師と、時間がかかるけど大丈夫と思っている医師の違いか。それにしても、説明が無い。

最初からたいした怪我じゃないと軽く扱われている気はする。

よく救急車がくる病院で、それどころじゃないという感じなのか。

その分、看護師の方が親切に対応してくれる。

通院が長くなることを申し訳ないと言う気持ちがあるのだろうが、昨日は「骨の上なので、中がまだ治っていないから、長くなるんですよ~」と看護師さんに悲し気な顔で言われた。

別に長くなるのは構わないので、「1カ月はかかるけど、治りますから。」と具体的に言ってほしい。
聞いても、曖昧。逆に不安になる。

それにしても、頭や腰などを打ってなくて良かった。
これが、子どもだったりスポーツ選手なら「これ位の傷!」と言って気にせず動いていたかもしれない。
災害にあわれた千葉の方々の映像を見ると、こんなことで不安がっている自分は甘い。

本当に一日も早く全ての方が元の生活に戻れますように。


     

昨日はゴミ捨て場の掃除当番だった。

仕事が終わってからすぐに掃除にいったり、たまたま家にいる日なら収集車がきたら即掃除する。

年に2回ほど回ってくるから苦じゃないし、ほとんどゴミは無く、ほうきで掃いて水を流せばOK.

掃除は楽だが、それより困るのがゴミ置き場の土地の所有者で、目の前に住むお宅の人。


高齢のご夫婦。

うちが引っ越ししてきた時、そこのお婆さんが「ゴミ当番の時は、収集車が来たら即掃除して下さい。お仕事の都合で遅くなるなら、私がやりますよ。」と言って来た。

「いえ、代わりにしてくださらなくて大丈夫ですから」と断ったが、そのお宅では常にゴミ捨て場を見張っている気がした。

ある日、掃除しているとそのお婆さんが出てきて、「今日は誰が当番かと思っていたらあなただったのね。きちんとやってるわね。」と話しかけて来た。

そして「この町内でない人がゴミをここに捨ててるでしょ。ろくでもないね。当番でなくても汚れていたらあんたが掃除しときなさいよ」と言う。

町内でない人がゴミを捨てているというのは、どこでわかるのだろうか。

それにそこまで言う権利がこのお婆さんにある訳?と思ったが、ハイハイと聞いて退散した。

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その後、お隣の奥さんが話しかけてきて、
「聞いて。あそこのお婆さんから嫌なこと言われたわ。ゴミ捨てのマナーが悪いけど、どうせお宅らでしょ。私等がここに捨てさせてあげているんだから、きちんとやれって一方的に言われたのよ。捨てさせてやってるって言うけど、町内会で管理しているんでしょ。遠くてもいいから別のゴミ捨て場に持っていく事にしようかしら」とぷんぷんと怒っていた。


冤罪のかけ方が凄い、「うちの班にはそんな人はいない。別の班の人のマナーが悪いのだ」という理屈らしい。

ゴミ当番の連絡は、前日に回覧板で回ってくる。急に知る事になるので、もし旅行中とか、入院とか、都合悪い時は困ってしまう。そこで回覧が止まり、次の当番の人にも回らない。


だから、もっと前に予定表で連絡すればよいのに、それをやらない。
急に言われてできない人がいたら、そのお婆さんが騒ぎ出し、回覧で「ゴミ当番を守らない人がいて近所が迷惑しています」と苦情を回すのだ。

私が母の介護で実家に行っていた時も、突然当番の回覧が回って来た。
慌てて子どもにやる様、頼んだが、こういう無駄なストレスは無くしたい。

最近はお婆さんを避け、気にしない様にしている。

それより、注意してほしい相手は他にいる。家の前にゴミがあっても放置して迷惑なお宅はある。
通りかかりに見かねた人がいつも片付けている。
聞くところによると、そのお宅はお婆さんに挨拶もせず、お婆さんも話しかけないそうだ。

言いやすい相手を見て、話しかけているのだろうな。

実家の近所にも似た様な人はいる。どこも色んな人がいて面白い。?



     

足の怪我は、湿潤療法ではなかなか回復しなかった為、ガーゼをはるだけにし、乾燥させることにするとのことだった。
すると、じくじくしていた傷が乾燥してきた。

だが、まだその周りがはれていて鈍い痛みがある。長く歩くと痛みで足を引きずってしまう。

最近運転も歩行も気をつけているが、先日の自転車の奥さんみたいに不注意でひやっとする場面に合う。

今日もショッピングセンターの駐車場で、車から降りてドアをしめた時、目の前をスピードを出した車がすれすれに横切った。

広い駐車場で2車線ある。左側から目の前を横切ったというのは、逆走でしかもどこにとめようかと探しながら運転していたようで、わき見していたように見えた。

車線を普通に走れば絶対に目の前に来ないし、斜めに右折して逆走していた。

駐車場だから人が歩いていないと思い込んでいたのだろう。もし私が1歩前に出ていたら、小さい子どもだったら、ぶつかっていただろう。

きっとあの運転者は、ひやりともしなかっただろう。何も気が付いていない。たまたま事故にならなかただけ。あんなよそ見しながら、適当な運転していたら事故しない方がおかしい。

運が良かっただけ。それもわかっていないのだろうな。

駐車場で子どもの手をつながない親御さんを見るとハラハラする。

こんな時、間違いなくはねられていると思う。
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心配性な位、気をつけた方がいいと思う。

運転中でも、予測運転を意識して事故を防げたと思う事は何回もあった。それと反対に、ぼんやりしていてひやっとする事もある。

何かに守られていて、運が強い時と、逆に運が弱くなる時があるのだろうか。

よくわからないが、昔から厄年とか魔除けとか、お祓いとか、そういうことからできた風習なのだろうか。
説明のできないバイオリズムみたいなものは、確かにありそうだ。

気が弱ってくる時期が巡ってくるのかもしれない。身内に病人や怪我人がでると特に。とにかく気をつけたい。



     

連休、私には関係なし。

でかけるにもお金がかかるし、最近は実家に帰っていることでその費用の為節約しなくてはいけない。

旅行は大好きだが、今はその気分ではない。

昨日、実家では色々あったようだ。

ご近所の1人暮らしをされている高齢の女性、母の友人だが、家に駆け込んできて「救急車を呼んで」と頼まれたという。
(3軒先から歩いてくるくらいなら、自分で救急車をよべばよかったのではないかと思ったが)母が電話をし、一緒に救急車に乗り病院に付いて行ったそうだ。

「病人が病院に付きそうなんてね、皆そんな年齢になったのね」と母が言う。

そのご近所さんは、気分が悪くなりかかりつけの病院に電話をかけたそうだ。すると大病院なのにお休みだと断られ、「救急車を自分でよんではいかがですか」と言われたとか。

それで、なぜか、母のところまで来て、救急車を呼んでと頼んだらしい。

歩いてこないで、電話で頼んでもよかったのでは、と色々思うが、おそらくパニックになっておられたのだろう。

とっさに、うちの電話番号や、救急車は何番だったかわからなくなったという事もありえる。

家に行く方が早いと思ったのだろうか。でも、動けるくらいなら大丈夫じゃないかとも思ってしまう。

そこがパニック状態の不思議だろう。

この方は、脳梗塞もあったし、腎臓病もかかえておられた。

1人暮らしなので、不安もあったと思う。

母が付き添い、親族に連絡をとり、身内の人と交代して帰宅したという。
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母も病気だし、父がいるがあてにならない。
以前救急車を呼んだ時、このご近所さんにお世話になったらしい。

お互いに助け合える関係のお付き合いができているのは有り難いことだ。
いざとなると、身内より近くの他人。

こういうパニックになった時、自宅の住所も言えなくなったりする。

子どもが小さい時、留守番中に何かあったらこれを見て電話してと、警察、救急、火事、自宅の住所、電話、親の携帯などを大きく書いて、電話の近くに貼っていた。


今はそんな紙を、実家にも貼っている。

母も、近所の人が駆け込んだことに驚いて、一瞬119を忘れたらしい。

で、私が貼っていた紙を見て、「救急車はこれか」と確認できたと言っていた。

私も、小さな事ですぐパニックになる。(あの動悸が嫌なんだよなあ。)

落ち着けといくら言い聞かせても、無理。

パニックを少しでもコントロールできる様になりたいが、できればそんな状況に会わない事を祈るばかりだ。



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