りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

気分転換に模様替えをするのが好きだ。

最近も、身体がだるい、痛いと言いながら
少しづつ片付けをしたり、
小さな家具を移動したり、カーテンを変えたりしてみた。


そうする事により、
部屋の掃除にもなる。隅っこに風を通す事もできる。

何より、違う家に来たみたいな感じになり
しばらくは楽しい。

自虐的な自分は、
痛みが復活したらすぐにお風呂でマッサージ、
湿布をしながら
気分を変える事を優先する。

すっきりとした部屋を見て自己満足。

そこで、ふっと嫌~な気分が襲う。


ここに夫が帰宅したら
とんでも無い事になる。


夫は異常に整理能力が無い。
夫の部屋は、ゴミ屋敷。

窓も開けず、不健康な環境。

そこに、誤魔化す為の安いコロンをふりまく。


夫の財布や携帯、カードをみると
泥がついて、汚い。

財布はレシートやポイントカードで膨れ上がり
ぼろぼろ。

爪も真っ黒。そしてその爪を噛む。

それで自分を「ベストドレッサー」とか「育ちが良い」とか紳士ぶっている。

帰宅すると即、家のあちこちがゴミ置き場と化す。


一番苦痛なのが、臭い。


加齢臭を隠そうと、安いコロンをふりまくるので
家中が夫の加齢臭とコロンのまざった悪臭で染まる。


窓を開け、夫の服を洗濯しても消えない。

せっかく消しても、またふりまくる。


そして「これは良い臭いだ」と自慢をし
私にも使う様に強制する。

どこが!悪臭で息もできない。

こんな強い悪臭を漂わせて、乗り物に乗って来たの?

きっと周りの人は迷惑だったろうなあ。


まさか毎日、この状態で仕事しているの?


と言いたかったが、
言ったところで聞く人じゃないから
無視をすることにした。
KAZUHIRO171013015_TP_V

そう言えば夫が以前
「会社で僕のことを臭いと言う人がいたんだよ。
臭いのはそいつの方なのに。」と言っていた。

職場の人も、よっぽど苦痛だったんだろうなあ。
他人に注意されてもこうなんだから。

逆にもっとコロンを振りまくったんじゃないかと想像した。

石鹸とかシャンプーの臭いでいいじゃないか。

清潔にすればいいこと。


上辺を取り繕えば、ボロが隠せると思う行動は
こういう面でも迷惑だ。

せっかく家をすっきり掃除しても
夫がいたら一瞬で悪夢の家と化してしまう。
1人暮らしで自由の身だから
自分の思いたいように思い込む癖が
頑固に染みついてしまった様だ。


これがこの人の生き方。
こういう人だったという事だ。

このまま、この家で二度と同居せずに終わります様に。



     

弟から報告がきた。
病院には一人で行き、これまでの母の様子を話し
相談したらしい。


例の漢方薬については、医師の反応が悪く、飲まない方が良さそうだと。
母は、効果があると信じて
お守りの様な役割をしているのだけど。


結局は、「老化」と言われ、栄養剤や安定剤をだされたという。


漢方をやめて、それが効果をだせばよいのだが。


何だかなあ。老化なのだろうけど
こんなに突然くるものか?


そして「イライラさせないように」と言われたらしい。

そんな事言われても…。

母は長年、父にイライラしているし、
父の歳相応の軽い認知症、頑固さが原因としても今更どうなるものでもない。
004ELLY18420_TP_V4



最悪、母だけを施設に入れる事しか浮かばない。
弟夫婦のことは諦めた感じだし、
母がそれを望んでいるのだ。
施設の方が安心だと。

弟夫婦が普段から、まめに出入りし
家事の手伝いを一日置きにでも
一週間に一日でもいいからしてくれたら
全然違っただろうなあ。


母と話していると、孤独死の恐怖が強くなっている。

(突然自分が倒れた時、父を呼んでも、耳が遠く
気が付かないかもしれない。
息子に電話もかけられないだろう。
助けてと心の中で叫びながら1人寂しくこの世を去りたくない。)
と。


今までは他人事だったのが
現実に自分の事としてひしひしと襲ってくるのだろう。

これまで、色々弟の愚痴を書いてきたが
今は、弟に感謝する日々。
昨日はお礼を言った。
     

母のマイナスのエネルギーがうつったみたいに
身体が重い。

最近は早く寝る様にして、睡眠時間はたっぷりとれている。

でも、お昼には眠くなる。

ある意味、健康だということか。

そう思うようにしよう。

身体のだるさはどうにかしないと。

何だかなんだと変な作業をしている私。
変な動きをしているから
後から疲れがきているのかも。

天井近くに、無理な格好で手をのばしたり、
重いテーブルを2階に上げたり、
カーテンを外して洗って、付け替えたり、

ベッドを移動したりと
何やってんだか。

1歩間違うと、大怪我するぞ、気を付けようと自分に
言いながら、慎重にやっている。

コロナで行動範囲が減ったのと
足の痛みで、長く歩く事がなかなかできなかった。

筋肉の衰えはあっと言う間だなあ。

それに母のストレスが加わって、
精神的におかしくなっていた。
028ELLY18420_TP_V

昼前、弟からメールが来て

今朝実家に行ったら、母が寝込んでいたらしい。

昨日、微熱がなかなか下がらないと言っていたらしいが
今朝はかなりのだるさを訴えているとか。

調子の良い日と悪い日の繰り返し。

抗がん剤の影響がないはずがない。


医師は、最初、だるくなるから無理しないようにと言っていた。

今は、そうは言わないらしい。

抗がん剤のせいだと言ってくれた方が
不安が無くなる。

母は、理由のわからない不調で不安になっている。


それが、しつこい電話につながってもいる。

抗がん剤の副作用を和らげる漢方薬を処方することもあるという。

母がいくら医師に訴えても、
適当にしか反応がない。

高齢者だから、先が短いのだからと
軽くあしらわれている気がする。

先が短いからこそ、苦しみは避けて
楽になる様、考えてほしいものだ。


いっそ薬をやめたらどうなのか、と弟に返事しておいた。

医師に相談すると思うが、まだ報告が無い。

いよいよ、家事ができなくなっている。

さて、弟嫁さんは、これでも知らん顔するのだろうか。

     

お母さんを慕い尊敬している友人がいる。

母親像が自分とはかけ離れている。

若い時から、実家での過ごし方を語ると
全然家族内の立場、扱いが違うことに悲しくなった。

自分の場合、実家に帰ると
帰ったその日は優しく迎えてくれる。

が、2~3日経つと、母の態度が変わる。

「何やってるの。働きなさい」と言われ、
家事を全てやらされる。

家族の食事も洗濯も掃除も。
やる事は良いとして、
母の態度がひどいのだ。
座っていると、怒鳴られ、早くやれと言われる。
心は休まらない。

母は、専業主婦で私がいる間、家事から解放された。
友人と遊ぶにも、うるさく管理され
どこにも自由が無かった。

実家より自分のアパートの方が天国に感じた。

思い出すと、中学生の時からそうだった。

私の制服や部活のユニフォームは洗ってくれず、
制服のブラウスのアイロンもかけてもらえなかった。
母は、しわくちゃのままの制服を私に着せても平気な人だった。

深夜、皆が寝てから、制服にアイロンをかけていたが
まだ中学生の私はアイロンがけが下手で
ブラウスの襟がおかしな形になっていた。

自分の服の洗濯は深夜にやっていた。

母は「女だから当然。躾けよ」と言っていたが
ただ娘の事は手抜きしたかっただけだったと思う。
今でもその態度はかわらないのだから。

弟にはいっさいやらせてこなかった。
同じ学生でも、
動いている私の横で、弟は殿様みたいな状態だった。

今の弟は嫁さんに家事をやらされて、
躾けられているのは皮肉な事だ(笑)

友人は、最近まで、帰省したら、
お母さんが優しくもてなしてくれたと言う。
洗濯も料理も実家でした事がないし
やろうとしたら
「実家にいる時位、ゆっくりしたらいいのよ」
と言われ、やらせてくれないのだという。

「娘の家族はお客様扱いなのよ。」とのこと。

最近、お母さんが介護状態になられ、
やっと親孝行ができると実家に帰ったらしい。

今まで、実家で何も家事をやっていなかったから
どこに何があるかわからなくて困ったと言っていた。

これまで、大事にしてもらったから
お母さんにお返ししたいそうだ。
自宅に戻った後も心配で、自分の方からお母さんに
電話を入れているという。

うちとは正反対だ。

数年前、母と同じ年齢のお婆ちゃんと話したことがあり

その人から「あなたのお母さんはおかしいわ。どうして?納得がいかない。」
と言われた。

その方は「息子は自分で稼いで生活力もあるんだから、どうでもいいわ。
娘は、子どももいて立場が弱いから、いつも私が気にしてあげてるの。
娘が困った時は、助けてあげたいといつも心配してる。」
とおっしゃっていた。

うちと真逆。どうしようもなくて
また悲しくなった。
texture418A_29_TP_V


独身時代、年末に帰省する前には
必ず会社の人たちから言われた言葉が
「どうせ、実家ではお母さんに甘えて何もしないんでしょう。
だらけてしまわないようにね」
だった。

当時の私が甘えっ子に見えたのだろうが
笑って流すと思いきや、
その言葉は私の心に刺さっていた。

「とんでもない。甘えるどころか、こき使われるだけですよ。」
と不機嫌な顔でぼそっと呟いたことがあった。

「まさか。そんな事は無いでしょう」とびっくりされた。


今思えばもっと当時から
弟や父に訴え、抵抗していればよかったと思う。
それができないように、うまくコントロールされていたのか。

母の助けがないと、困る状況に夫が追い詰めた事もまずかった。
夫みたいなタイプの人間の罠にはまったのは
こういう親に育てられた事も一因かもしれない。

昨夜、母の電話をとったが
おろおろして、御機嫌伺いの状態だった。

そんな事には慣れているので
騙されないぞと思う。

老化して気が弱くなっているようだが
自業自得だ。
冷たい娘でいい。

良かったのは
反面教師として自分の子育ての参考にできたことかな。
     

その後、弟から連絡があり

母に頼まれ、弟だけ実家に泊まり、
翌朝帰宅したところで、すぐに母から電話がきたそうだ。

「今から来て」と言う。さっきまで一緒にいたのに。

「用があるなら今言って」と答えたそうだ。

すると、”(私が)電話にでない。おかしい。
気になって血圧が上がった。
気分が悪くなったから来てほしい。”と言ったそうだ。

私から事情を聞いていた弟は、ああこれだな、
とピンときて、色々母に注意したそうだ。

母は、弟の言う事は聞くので
弟の前では、反省したふり?をして、
娘が心配なだけだと言ったらしい。

母の本質を知らない弟は、それに騙されて
私に「素直に反省していたし、
心配していたからたまには話してあげてよ」と言う。

弟夫婦が相手をしないから私に全てのストレスが向かうわけで

弟も、その仕事は私の役目と決めつけている。

嫌なことは自分の仕事じゃないというのが当然だと。

そういう事も含めて、弟には気持ちを話し、
母に注意してくれた事はお礼を言った。

そして弟夫婦にも、もっと母の話相手をしてほしいと言っといた。

こちらが急用でも、電話にでたことがない母。
電話中に、突然電話をきる母。

自分のことは棚に上げ、人が電話にでないと、騒ぐ。

退屈で仕方がないから誰かが自分を構うべきだと言う母。
自分で何とかしたらと言っても、
あれは嫌。これは嫌だと我儘で何もしない。


083Yamasha17103_TP_V

これが高齢になって、人格が変化した結果なら
こちらもうまく合わせるのだが

そうではなく、長年の積み重ねがあり、自分には限界だ。

子どもの時からこれまでの母の行動で
どうしても許せないことが何度もあった。

母が原因で、何回命を落としたかわからない。
たまたま命びろいしたと思っている。

その時、その後も、とぼけて笑ってすましている母。

「私は何も知らないから。仕方ないこと」
で全てが許されると思っている。

面倒なことは
「私にはわからないから。」と開き直り、父に全て丸投げ。

なのに、
父親の文句ばかりを言い続け
自分が可哀想だから自分の世話だけをするように
洗脳しようとしてきたのだろう。

うちの夫とは全く違って、父は責任感の塊だった。

私とは真逆の贅沢な生活をしてきた母の話は
私には通じない。

散々、父を悪者にしながら
私に向かって「お父さんの事を悪く言うのはもうやめなさい。
許してあげればいいでしょ」
と言い出す。

母は、そうやって、自分のしたことをごまかす。

人が言ったことにして
自分はたしなめている立場に置き換え、
事実を歪める。

そういう人はいる。

自分が誰かの悪口を言ったのに
聞いた相手が言った事にして
その人をたしなめて、自分が言った事を無かった事にする人。

自分を守る為に、人を犯人にして
自分は良い人を演じる、ずるい人。

こういう人を信じてはいけない。

だから母を信用できない。

母から聞いた色んな話も、どこまで真実なのかわからない。

結構でたらめだった事が多い。

信じたこっちが母に嘘つき呼ばわりされる。


こういう人間、私は大嫌いなのだ。


     

落ち着いていた胸の痛み。

もしかすると母へのストレスが原因かもしれない。


自分勝手な都合でいつでも電話をかけ
暇潰しの相手をさせようとする母。

高齢になったからではない。

若い時からかわらない。

娘は人権侵害してもいいと思っている。

娘の全てを軽んじ、馬鹿にする。

今でもそう。

たった一日、電話にでなかっただけで
留守電に「電話に出て!声を聞かせなさい!」と叫ぶ声が入っている。

相手が忙しいとか、留守だとかは思わない。

娘は自分の為にいつでも時間を作れるとでも思っている様子。
仕事中であろうがお構いなし。
ZU1974DSC_0966_TP_V

今はまだ良い方で。私がまだ新婚だったころ
理解の無い母がうざくなり、
電話に出ない時があった。

たったの1日だ。

何十回とかかってきて、まるで嫌がらせ。
妊娠中だった娘への配慮も無かった。

そして「この親不幸もの!」「母親を虐めて何を考えて居るのか」と
罵倒された。

他にも色々あったが
すっかり、本人は忘れている。


母の留守電を聞いた途端
胸が苦しくなり、痛くなった。


弟に、連絡し、事情を話しておく事にした。
その分、弟夫婦に母の相手をしてほしいと。

「母に何かあれば、連絡をするから
電話に出たくない時は、出なくていいと思うよ。無理しないで」
と弟から返事をもらい、少し救われた。


     

最近、つくづく筋力が衰えたと思う。
身体が重い。
何をするにも力が出ない。
動きがのろくなる。

太った事も原因か。

ついこの前までは、何時間歩いても平気で、
多少の重い物を持っても平気で、
機敏に動けた。

後から来る筋肉痛も大した感じでは無かった。

最近は、同じ事ができない。
後から来る筋肉痛と言うより
神経痛が襲ってくる感じ?

脂肪だけが増えて筋肉が減っているのだろう。

したい動きができないという苦痛。

昨日も片付けがあり、多少の荷物を移動させただけで
あちこちに即、痛みが襲ってきた。

後からくるんじゃないの?

何で今痛くなるんだ?
やばいと思い、マッサージをしたり
消炎鎮痛剤をぬったりした。

歩くだけで激痛。

047mushi2054_TP_V


早めの処置が大事だ。
悪化して動けなくなるのは嫌だ。

ただでさえ、あちこち痛いのに。

帰宅後、即お風呂に入った。

湯船につかり、マッサージ。

あがって汗がひいたら、湿布。

それでも、身体中がカチコチな感覚。

眠気まで来る。

なので、さっさと寝る事にした。

安楽な姿勢で、足元にクッションを置き。

今朝の目覚めの時、恐る恐る足腰を動かしてみた。

嘘みたいだ。痛みは消えていた。
回復力はまだあるみたいだなあ。

やっぱり、早めの対処が大事なんだ。

若い時、湿布は全く使う機会がなく、
効果を疑っていた。

今、こんなに湿布に頼るとは。

病院で処方されたロキソニンの湿布。(人から頂いた物)

母の影響のせいか、自分も気分は高齢者だ。

そういえば、母から留守電が何度か入っていた。

毎日かけてくるが、
声が元気そうなので、しばらくは電話の相手は遠慮させてもらおう。


     

先日から、足、胸の真ん中の痛みがきて
足は少しずつ回復してきて
胸はロキソニンで収まった。

すると次は右の肋骨の痛みがでてきた。

真ん中の痛みは、周期的だったが
右側は、ズキンズキンと常に痛い。

肋間神経痛だろうとは思っているが、以前なった時と痛み方が違う。
調べると、色んな痛み方があるようで
おそらく真中と同じ原因であろうと思う。
ELL86_majyonokusuridana_TP_V


連続して痛くなっていることと
呼吸や動きに関係ないこと。

胃腸や心臓の不調は無い事。

触ると、骨の周囲に圧痛。

一日、様子を見たが
気になるので、ロキソニンを飲んだ。

先日、眠気が凄かったので寝る前に一回のみ。

すると凄い効目。

痛みは消え、ぐっすり眠れた。

おそるべし、ロキソニン。

炎症も抑えてくれたのなら
もう痛みは消えたままになるかな。

何度も言おう。

きつめの衣類で、身体を圧迫するのは注意。
湿布すら貼っている間は刺激になっていた。

特に寝る時は、開放的になろう。





     

早朝、目覚ましより早い時間に母からの電話で起こされた。

何かあったのかと思い、驚いた。

「昨日台所に立っていたら
ふらふらしてきたので
血圧を測ったら、かなり高くなっていた」という。


血圧を下げる薬を飲み、休んでいたら
落ち着いたらしい。

掃除をすればふらっとし、
料理をしても、ふらふらしてくる様だ。

その前も、夕飯を作ろうとしたが、気分が悪いので
材料だけ切り、調理するだけにして

弟に「作りに来て」と連絡したようだ。

てっきり、弟の奥さんも来ると思っていたら
弟だけが来て、料理して帰ったという。

何もすることがなく、毎日退屈に過ごしているという義妹(弟の奥さん)は
困った人が目の前にいても助けようとはしない。
「自分は人から助けてもらう立場であり、人を助ける立場ではない」と決めている様だ。


弟も手伝いは積極的にやりたがらないが
まだそれでも助かっている。

弱った高齢者が助けを求めても、
知らん顔ができる神経は凄い。
どれだけ両親の世話になったと思ってるのだろう。

そのおかげで、今の優雅な生活があると言っても良い位なのに。
NKJ52_chiisaikanyoutokeitai_TP_V

いつも同じ愚痴ばかりになるが
実は一番怒っているのは弟かもしれない。

男のプライドもあるし
奥さんをかばう方に回るしかないのかも。

母は、薬を飲むタイミングも聞いて来た。
そんな事も、わからなくなっている。

簡単な事も私に聞いてくるということは
弟には聞きずらい何かがあるのだろう。


どこの家でもそうかもしれないが
コロナ自粛で、高齢者の鬱や身体機能の衰えが
急速に進んだのではないだろうか。
私でも感じている位だ。

母は、コロナがきっかけで運動量がかなり減った。

陽に当たる時間も少ない。

最近、急に衰えがきたのは間違いない。

父も先日、認知症が進んだと思える行動をしたそうだ。

近くにいて、私が口うるさくなってもいいから
見守っていたとしたら

少なくても弟夫婦が与えるおかしなストレスよりは
親にとって気分は良かっただろう。

親が、差別的な言動をして私のやる気を奪わなければの話だが(笑)。
弟からも失礼な事を言われる時もある。
「それ、奥さんにいう事でしょ」と言い返したくなる。

そんな事があるだろうから
近くにいなくて良かったと思う。

母が電話を切る前に「ごめんね。ごめんね」とやたらと謝るようになった。


     


先日、ぼーっとした頭で母と電話をしていた話。

思い出すと
弟が、時々食べ物を運んでくるようになったとか。

ピザが美味しかったと言う。

父は何も噛めないとか、あれはダメと母は愚痴っていたのに

弟が持ってくれば食べている。


それは良かった。

もし私がピザを買おうかと言えば
「そんなもん、父は食べない!」と言う。

なあんだ。心配しなくて良かった。
だから私じゃなくて弟がもっと世話をしてくれれば
御機嫌なのに。
tachiaraiIMGL4848_TP_V (1)

それにしても、意地でもお嫁さんは来ない様だ。

とりあえず、母は勝手に娘の機嫌が治った、また相手をしてくれると
思っている風。

「死」への恐怖がコロナをきっかけに襲っている様だ。

それは受け止めてあげて
「そこから逃げるより、悔いの無いように心の準備をしてみたら」

と言ってみた。逃げようともがいても無理なら
受け止めて、それに向けて動く方が落ち着くのではと思った。
母の反応は、それで落ち着いた。


「弟のお嫁さんも、お母さんも恵まれているね。私には誰も頼る人はいない。
子ども達は、まだ自分の事で精一杯。迷惑をかけられない」と言った。


母が耳鳴りがして怖い、と言うので、
「私は20代から耳鳴りに悩んでいる。そのレベル以上だけど」
とか
「お母さんの今の私の年齢の時を思い出すと、
どれだけ恵まれているかわかるでしょう。」

と言うと、母は何も言えなくなった。

まわりに自分を助ける人を集め、
いつも助けてもらい、自分の意志の通りに生きる。

それせいで、人に不快な思いをさせたり、
迷惑かけたりしても気が付かない。

人からみれば、何て我儘な人だろうと思っても
その人はそれで最後まで恵まれていく。

真面目な人はもう少し我儘に生きても良いんじゃないかと思う。

「自分の事より、人の為に尽くす生き方をしていきたい」と、
テレビで高校球児が言っていた。

全てそれじゃダメだよ。

それで戦時中、多くの若者が犠牲になったんだよ。

夫は、私がこう言うと
「そうだろう?だから僕は自分の為に生きているんだよ」と正当化するだろう。

そうじゃない。責任は果たすのは当然で、
それをした上での言葉だ。

何を言ってもわからない人はわからない。

「我慢が美徳、自分の意見を通すのはもってのほか、
他人の事を優先しろ」みたいな
おかしな戦時中を引きずった様な
教育を受けて育つと

その子の人生は後悔ばかりになるということ。

世間体が優先=他人の目を気にして他人の意見に合せる生き方

今思えばとんでもない事だと思う。

そうやってDV被害者が作られていく気がする。

↑このページのトップヘ