りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

昨日母が嬉しそうに電話をしてきた。

あの人(弟の奥さん)が久し振りに来たという。
で、どんな様子だったかというといつも通り。
来てすぐに椅子に座ったまま動かない。お客様。

弟がいそいそとお嫁さんにお茶を入れる。「えらいよね。自分でお茶をいれたのよ」と母は弟を褒めて喜んでいる。

両親が「いつも○○(弟)に世話になってます。しょっちゅう呼び出してすみません。」とお嫁さんに頭を下げる。

「いや。いいんですよ」と笑顔も見せない堂々とした態度のお嫁さん。

弟がまるで娘でお嫁さんがお婿さんみたいだ。

皆でお嫁さんに気を使い必死でご機嫌をとる。何で?

母は「嫁さんが来てくれると、あの子(弟)が嬉しそうでやっぱりいいわ」と言う。

完全に全員あの人と共依存状態?

母は、私に言う事と、本人の前とでは真逆の態度をとる。いい姑と思われたい気持ちが強いのだ。
ここまできてまだ?呆れる。今更良い人と思われても意味ない。
冷たくされているこれまでの長い期間、何も意味がないだろう。まだ期待しているのか。

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文句を言わせない様に、2か月に1度、お客様として顔を見せるだけで自分の役目は終わりだと決めているんだろう。どんなに困っていても人手が足りなくても協力しないと。

彼女は自分は特別な存在と思っているのだと思う。

何で余命短い重病の人が、自分に冷たく、健康で暇で遊んでいるお嫁さんの食事の世話したり、遠慮して気を使わないといけないのだ?

病人の心配もしない冷たい人に気を使い、おべっかをいい、私に全部その尻拭いをやらせ、私の生活に支障がでても気にしないうちの親。

私は旅費を使い、生活も苦しい。
弟はお金持ち、自由な時間も多い。でも、お小遣いを沢山親から貰っている。弟は車をだすだけで他の手伝いはしない。
母が家事ができない時も、絶対手伝わない。なのに母はお嫁さんにまでお礼を言ってお金を渡す。
本当にしてほしい事はしない弟夫婦。
それに両親が慣らされてしまっている。

つまり、お嫁さんの考えに洗脳されている。これが普通と。

お嫁さんが、もし一度でも台所に立ったとしたら、ものすごく申し訳なく有り難いことになり、お礼を言いお金を渡し、大騒ぎになりそうだ。

彼女が弟に「面倒なことは、あの人(私)にやらせなさいよ。娘なんだから当たり前よ」と話している姿が浮かぶ。
かといって、彼女の親が介護状態の時は、兄さんや御嫁さんに全部任せて、自分の親が亡くなるまで他人事だったようだ。自分の立場は別らしい。


帰る時に母が「また遊びにきてね」と彼女に声をかけたら返事はせず「無理しない様に」とだけ答えて帰ったらしい。


それを母が嬉しそうに話すのを聞いて、(こういうところが私の夫にも見透かされてなめられているんだろう)と思った。
「遊びに来てね」と言われて、「嫌です」と言いたかったわけだなと理解できない母だから、こうなるんだな。
「無理しない様に」と言い返されて、何を喜んでるのか。

「無理したくはないけど、あなたが助けてくれるの?誰も手伝ってくれないから無理せざるを得ないのに」となぜ心の中で思わないのかな。

仮にそういいかえしても、彼女なら弟を責めたり、私のせいにするだろうが。何があっても自分を悪く思う人ではない。
そこが夫と似ている。面倒な嫌な事から堂々と逃げて、それを悪いと思っていないところ。

私の親がもっと普通の感覚の持ち主で、毅然とした人間だったら、夫もお嫁さんもここまで弟や私をなめてかかってないのでは、と思ってしまった。

もし、私が夫に酷い暴力を受けたとしても、父は夫を怒らないだろう。
娘に原因があったんだろうとか、親に心配させて親不孝な娘だと私に言うだけだろう。
親として子の為に必死になるというところが感じられない。
特に娘に対して。

両親のこういう媚びる態度はお嫁さん相手だけではない。他の人に対しても、怒るべきところで毅然とできず良い格好する傾向にある。

で、おかしなところで怒ったりする。
ずれてる。
こんな親の元で育ったから、私と弟はモラハラ人間に騙されたのだろうか。

ある意味、モラハラ人間というのはターゲットを見抜く目は持っているんだなと感じた。




     

足の傷の件。

湿潤療法がうまくいかなかったので、ガーゼを軽くはるだけで乾燥させる処置に変更され数日過ぎた。

傷口が乾燥してきた。たまにわずかに出血するが、表面は乾いてきている。

傷口は黒い。血流の悪い場所で新陳代謝が悪いとの事。

昨日の医師は、「肉がなかなか盛り上がってこない。周りの腫れは血腫かも。うーん。」と言いながらガーゼの交換をした。血腫?古い内出血の塊?自然に吸収されるよね?まさか手術なんてならないよねと一瞬不安に。
他の内出血のしみはほとんど消えて来た。この回復の悪い部分から流れたであろう場所の内出血のしみがまだ少し残っている。結構長い間、中で出血が続いていたのだろうか。
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数人の医師が日によって担当を変わる。

この前の医師は「まだ腫れてるね。この黒い部分がとれてきたらいいんだけど。」と笑顔で言い「周りの痛みはとれてきますか?」と聞いたらうんうんと頷いていた。

医師によって反応が違う。

おそらく日数が経つにつれ、回復が遅いのを気にしている医師と、時間がかかるけど大丈夫と思っている医師の違いか。それにしても、説明が無い。

最初からたいした怪我じゃないと軽く扱われている気はする。

よく救急車がくる病院で、それどころじゃないという感じなのか。

その分、看護師の方が親切に対応してくれる。

通院が長くなることを申し訳ないと言う気持ちがあるのだろうが、昨日は「骨の上なので、中がまだ治っていないから、長くなるんですよ~」と看護師さんに悲し気な顔で言われた。

別に長くなるのは構わないので、「1カ月はかかるけど、治りますから。」と具体的に言ってほしい。
聞いても、曖昧。逆に不安になる。

それにしても、頭や腰などを打ってなくて良かった。
これが、子どもだったりスポーツ選手なら「これ位の傷!」と言って気にせず動いていたかもしれない。
災害にあわれた千葉の方々の映像を見ると、こんなことで不安がっている自分は甘い。

本当に一日も早く全ての方が元の生活に戻れますように。


     

昨日はゴミ捨て場の掃除当番だった。

仕事が終わってからすぐに掃除にいったり、たまたま家にいる日なら収集車がきたら即掃除する。

年に2回ほど回ってくるから苦じゃないし、ほとんどゴミは無く、ほうきで掃いて水を流せばOK.

掃除は楽だが、それより困るのがゴミ置き場の土地の所有者で、目の前に住むお宅の人。


高齢のご夫婦。

うちが引っ越ししてきた時、そこのお婆さんが「ゴミ当番の時は、収集車が来たら即掃除して下さい。お仕事の都合で遅くなるなら、私がやりますよ。」と言って来た。

「いえ、代わりにしてくださらなくて大丈夫ですから」と断ったが、そのお宅では常にゴミ捨て場を見張っている気がした。

ある日、掃除しているとそのお婆さんが出てきて、「今日は誰が当番かと思っていたらあなただったのね。きちんとやってるわね。」と話しかけて来た。

そして「この町内でない人がゴミをここに捨ててるでしょ。ろくでもないね。当番でなくても汚れていたらあんたが掃除しときなさいよ」と言う。

町内でない人がゴミを捨てているというのは、どこでわかるのだろうか。

それにそこまで言う権利がこのお婆さんにある訳?と思ったが、ハイハイと聞いて退散した。

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その後、お隣の奥さんが話しかけてきて、
「聞いて。あそこのお婆さんから嫌なこと言われたわ。ゴミ捨てのマナーが悪いけど、どうせお宅らでしょ。私等がここに捨てさせてあげているんだから、きちんとやれって一方的に言われたのよ。捨てさせてやってるって言うけど、町内会で管理しているんでしょ。遠くてもいいから別のゴミ捨て場に持っていく事にしようかしら」とぷんぷんと怒っていた。


冤罪のかけ方が凄い、「うちの班にはそんな人はいない。別の班の人のマナーが悪いのだ」という理屈らしい。

ゴミ当番の連絡は、前日に回覧板で回ってくる。急に知る事になるので、もし旅行中とか、入院とか、都合悪い時は困ってしまう。そこで回覧が止まり、次の当番の人にも回らない。


だから、もっと前に予定表で連絡すればよいのに、それをやらない。
急に言われてできない人がいたら、そのお婆さんが騒ぎ出し、回覧で「ゴミ当番を守らない人がいて近所が迷惑しています」と苦情を回すのだ。

私が母の介護で実家に行っていた時も、突然当番の回覧が回って来た。
慌てて子どもにやる様、頼んだが、こういう無駄なストレスは無くしたい。

最近はお婆さんを避け、気にしない様にしている。

それより、注意してほしい相手は他にいる。家の前にゴミがあっても放置して迷惑なお宅はある。
通りかかりに見かねた人がいつも片付けている。
聞くところによると、そのお宅はお婆さんに挨拶もせず、お婆さんも話しかけないそうだ。

言いやすい相手を見て、話しかけているのだろうな。

実家の近所にも似た様な人はいる。どこも色んな人がいて面白い。?



     

足の怪我は、湿潤療法ではなかなか回復しなかった為、ガーゼをはるだけにし、乾燥させることにするとのことだった。
すると、じくじくしていた傷が乾燥してきた。

だが、まだその周りがはれていて鈍い痛みがある。長く歩くと痛みで足を引きずってしまう。

最近運転も歩行も気をつけているが、先日の自転車の奥さんみたいに不注意でひやっとする場面に合う。

今日もショッピングセンターの駐車場で、車から降りてドアをしめた時、目の前をスピードを出した車がすれすれに横切った。

広い駐車場で2車線ある。左側から目の前を横切ったというのは、逆走でしかもどこにとめようかと探しながら運転していたようで、わき見していたように見えた。

車線を普通に走れば絶対に目の前に来ないし、斜めに右折して逆走していた。

駐車場だから人が歩いていないと思い込んでいたのだろう。もし私が1歩前に出ていたら、小さい子どもだったら、ぶつかっていただろう。

きっとあの運転者は、ひやりともしなかっただろう。何も気が付いていない。たまたま事故にならなかただけ。あんなよそ見しながら、適当な運転していたら事故しない方がおかしい。

運が良かっただけ。それもわかっていないのだろうな。

駐車場で子どもの手をつながない親御さんを見るとハラハラする。

こんな時、間違いなくはねられていると思う。
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心配性な位、気をつけた方がいいと思う。

運転中でも、予測運転を意識して事故を防げたと思う事は何回もあった。それと反対に、ぼんやりしていてひやっとする事もある。

何かに守られていて、運が強い時と、逆に運が弱くなる時があるのだろうか。

よくわからないが、昔から厄年とか魔除けとか、お祓いとか、そういうことからできた風習なのだろうか。
説明のできないバイオリズムみたいなものは、確かにありそうだ。

気が弱ってくる時期が巡ってくるのかもしれない。身内に病人や怪我人がでると特に。とにかく気をつけたい。



     

連休、私には関係なし。

でかけるにもお金がかかるし、最近は実家に帰っていることでその費用の為節約しなくてはいけない。

旅行は大好きだが、今はその気分ではない。

昨日、実家では色々あったようだ。

ご近所の1人暮らしをされている高齢の女性、母の友人だが、家に駆け込んできて「救急車を呼んで」と頼まれたという。
(3軒先から歩いてくるくらいなら、自分で救急車をよべばよかったのではないかと思ったが)母が電話をし、一緒に救急車に乗り病院に付いて行ったそうだ。

「病人が病院に付きそうなんてね、皆そんな年齢になったのね」と母が言う。

そのご近所さんは、気分が悪くなりかかりつけの病院に電話をかけたそうだ。すると大病院なのにお休みだと断られ、「救急車を自分でよんではいかがですか」と言われたとか。

それで、なぜか、母のところまで来て、救急車を呼んでと頼んだらしい。

歩いてこないで、電話で頼んでもよかったのでは、と色々思うが、おそらくパニックになっておられたのだろう。

とっさに、うちの電話番号や、救急車は何番だったかわからなくなったという事もありえる。

家に行く方が早いと思ったのだろうか。でも、動けるくらいなら大丈夫じゃないかとも思ってしまう。

そこがパニック状態の不思議だろう。

この方は、脳梗塞もあったし、腎臓病もかかえておられた。

1人暮らしなので、不安もあったと思う。

母が付き添い、親族に連絡をとり、身内の人と交代して帰宅したという。
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母も病気だし、父がいるがあてにならない。
以前救急車を呼んだ時、このご近所さんにお世話になったらしい。

お互いに助け合える関係のお付き合いができているのは有り難いことだ。
いざとなると、身内より近くの他人。

こういうパニックになった時、自宅の住所も言えなくなったりする。

子どもが小さい時、留守番中に何かあったらこれを見て電話してと、警察、救急、火事、自宅の住所、電話、親の携帯などを大きく書いて、電話の近くに貼っていた。


今はそんな紙を、実家にも貼っている。

母も、近所の人が駆け込んだことに驚いて、一瞬119を忘れたらしい。

で、私が貼っていた紙を見て、「救急車はこれか」と確認できたと言っていた。

私も、小さな事ですぐパニックになる。(あの動悸が嫌なんだよなあ。)

落ち着けといくら言い聞かせても、無理。

パニックを少しでもコントロールできる様になりたいが、できればそんな状況に会わない事を祈るばかりだ。



     

母は、薬を続けているが副作用はほとんど出ていない様だ。

少し皮膚のかゆみがでる位だという。

髪は極端に抜けることもないが、かといって伸びているわけでもなく、頭皮の活動が止まっている感じらしい。だからヘアピースが届くのを心待ちにしているとのこと。

母の病気がわかってから、色々不安な気持ちになる事が多い気がする。

命について、人生について考える様になり、病気や怪我の痛みや苦しみはなるべく味わいたくないと強く願うようになった。
これまで軽く考えて居た事が、現実には違っていたというか、そう思う通りにはいかなものだと。

いつ何が起こるかわからないものだと。昨日他人事に思っていた事を今日自分が味わうかもしれないと。

今まで無事に生きて来れたのは奇跡なんだということ。

だから、運転していてもかなり慎重になってきたし、道路を歩くのも良く周りを見るようになった。

これも、今だけかもしれないが(笑)
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今朝、ゴミ置き場にゴミを出し、一旦周囲を見てから道路を渡って帰ろうとゴミ置き場の門で立っていた。自転車が来たのでよけて待った。

私の横をすーっとぬけていく自転車。年配の奥さんだった。

障害になるものは無く、良く見える位置。
自転車が通りすぎる時、「わーっ!びっくりしたあ」とその奥さんが叫んで行った。

前を見ていなかった様で、立っている私に気が付き驚いたようだった。

絶対に向こうから見える位置にいた。目の前できちんと避けて立って待っていたのだから。

下を見ていたのか、慣れていたからか、スピードも緩めず通り過ぎて行った。

おいおい、私が避けて立っていたから良かったけど、目の前を見ないで自分からぶつかってきたところよ。また私、怪我したじゃん。
もし、ぶつかっていたら、「いきなり目の前に出て来た」とか言われたかもしれない。

こっちは、自転車を見ていたから何も驚かなかったけど「わっ。人がいた」と驚くその声にこっちがびっくりした。

もし私が車だったら、この人、停まっている車にぶつかっていたかもしれない。

こうやって事故になるんだなあ。とひやっとした。

中には、当たり屋もいるし、以前当たり屋らしきおじいさんがいて、関わらないようにうまく避けられたこともあった。

こんな事があると、外出も怖くなってしまう。



     

夫は知り合いが災害にあえば、電話を何度もかけ、大丈夫かの質問を何回もする。困っている事を聞いても何をするでもなく、ご指導?をして終わる。

ボランテイア活動をする訳でもなく、心配するふりだけ、思わせぶりだけ。

世間の人に、”災害にあった友人を心配する良い人アピール”と”僕って良い人”と思いたい自己満足が目的な様だ。

被災した知人さんは、電池切れも気になるし、何回も同じ事を言うだけの夫の電話にうんざりし、やがて電話にもでなくなる。
無視された夫は、「連絡が取れなくなった。何かあったのかもしれない!安否が心配だ!」と世間で騒ぐ。騒ぐだけで何もしない。
これは、その知人さんから聞いて知った話だ。

嫌われているとは感じていないのか、わざと気が付かないふりなのか。

電話をかけたら、相手方の電源が無くなってしまうという心配もせず、だらだらと一方的に喋りまくりしかも「僕も前に災害にあって、その時の僕の行動を手本にすればいい」とご指導を垂れる。

「大丈夫か」と聞かれるから、困っている事実を話しても、「僕もそうだった。」「僕の方が大変だった。」「僕の言う通りにしたらよい」「僕が」「僕が」と言うだけだから、そりゃうんざりする。

今、千葉が大変な事になっているが、さっそく知り合いを探して電話をかけているようだ。

普段全く連絡もとらず、特に親しい関係でもないのに、こういう時だけはりきって連絡する。上から目線で指導をし、何も行動はしない、有難迷惑でしかないことだろう。

心配して連絡してくれるのは嬉しいことだが、夫の場合、話しているとイラッとさせられるのだ。
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これは、私たち家族が災害にあった時にもあった。
私、子どもにまで何回も電話をかけてきた。
心配より、偉そうにこうしろああしろと言うだけで、内容がずれまくり、迷惑でしかなかった。

子どもが腹をたて、「電池なくなるし、もうかけてこなくても大丈夫だから」と言って電話にでなくなった。私とのやりとりはしていたし、心配ないことはわかっていたはず。
なのに、子どもが一回電話にでなかっただけで
「災害で子どもと連絡がとれない。行方不明。心配だ。」と世間に嘘をまき散らしていた。

当然周りの人は心配してくれた。それで酔いしれている夫。
お見舞い金目当てじゃないかと感じるほどだ。
しばらくして、「やっと子どもと連絡とれました。無事で安心しました。」と誤魔化していた。

こういう嘘を平気でつく人だ。だから夫の事は全く信用できない。結婚前から騙されてきた自分だから、嘘に敏感になってしまう。
本人は、自分が一番正しいと思いたいので、嘘も真実だと思い込む。
だから自分は正直で誠実な人間だと自分で思い込んでいるしそんなアピールをする。

アピールをするから尚更、本性を知った人は裏切られた感が強くなる。

”夫の行動に関して批判する人”は、夫にすれば、”妄想を言う人、でっち上げて自分を陥れようとしている人”という事になる。


家族に大きな不幸があれば、周りには悲劇の夫、父親を演じ、同情を集め、家族の不幸を言い訳に世間に対し、これまでの事をチャラにすることだろう。

だから絶対に、私たちは幸せに生きていきたい。



     

足を怪我して今日で2週間。
全治2週間も長いと思っていたが、もっとかかるとは予想もしなかった。

そう言えば、子どもが踵をえぐる怪我をした時、結構長くかかった。1カ月以上かかった記憶がある。
綺麗な切り傷ならすぐくっつくが、石やアスファルトなどのごつごつしたところで打撲したり、自転車に足を巻き込んだりと、断面が不規則な傷の場合、完治までに時間がかかると言われた。

今回私は、でこぼこのアスファルトで骨の上を思いっきり打撲している。
ぱっと見は、切り傷が小さくてたいしたことは無いように見えた。

腫れがあり、痛みが強かったが、駆け込んだ病院では、「たいしたことない、1週間かな」と、男性看護師が呟いていた。
医師が言った訳ではないので、聞き流したが、(もっとかかるのでは?きちんと治療してくれるのかな)と少し不安になった。
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2週間たっても、まだ腫れている。傷口はあいたままだ。10日ほどたってやっと浸出液が出始めた。

シャワーをあびれるパッドを張っている。

病院では、そっと傷口をふき、パッドを張り替えるだけ。湿潤療法だと思う。
消毒はしないはずだが、表面についた出血の塊などをふき取っている。

浸出液がでてこないと治らないわけだ。

長い間液がでてこなかったのは、見た目より深いところが傷ついて、皮膚の深い部分から順に修復されてきたのだろうか。
他の小さな擦り傷はとっくに綺麗になったが、一か所深く切れていた様だ。

やっと表面の修復にとりかかったということか。
医師は「感染もないし、順調です」と言うので、心配はしていない。

不便なだけだ。まだ痛いし、長い時間歩けない。動きに制限がかかってしまう。

でも人間の身体とは凄いなあ。きちんと自分で修理しようと動くのだから。

母の病気の件で、免疫の力がどれだけ大事かを思い知った。
まだ私の身体の修復する力は大丈夫なんだな、と身体の神秘を感じている。


     

台風による千葉の被害のニュースに心を痛めている。お見舞い申し上げます。

こんな時、政府は何をしているのだろう。マスコミも、内閣改造より災害のニュースを優先してどんどん放送するべきだ。

停電が続き、水も食料もなかなか手に入らない様で、この暑さの中どれだけ大変なことか。
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自分も以前大きな災害を体験した事がある。

水が無い、食べ物がない、トイレが困る、停電でテレビも見れず、情報が入らない、避難所は何の工夫もされていない、不衛生…などなど。

日本の災害対策は遅れている。お金をかけるところが間違っている。こんなにだいぶ前から災害が連続し、困難な生活がその都度繰り返されているのに、全く改善策が見られない。

これで南海トラフがきたら?首都直下地震がきたら?

災害がくるとわかっているのに、何故もっとお金を使って、しっかりした避難設備やライフラインの工夫対策をとっておかないのか。誰の為の税金なのか。と憤りを感じる。

戦闘機やトウモロコシを買っている場合じゃないだろうに。

新内閣の顔ぶれを見ても、笑ってしまうというか、益々不安になるばかり。


     

1カ月前くらいから、右耳に違和感あり、いよいよ難聴になってしまったかと思っていた。

右耳はよく耳鳴りがするし、聴こえにくい時がよくある。

以前はめまいなどで、よく耳鼻科に行っていたが、最近はご無沙汰だった。

音が聴こえにくいので、色々覚悟して久し振りに耳鼻科に。

耳垢が鼓膜をふさいでいるような気もするが、もしそうでなくて難聴の始まりだったらどうしようと緊張感がマックス。

めまいの恐怖も甦る。
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「どうしましたか?」
「右の耳だけ、塞がった感じで違和感あるんです」と言ったら、医師が両耳を見て「右だけ耳垢があるからとりましょうね」と言った。

以前別の耳鼻科でとってもらった時は、いきなりぶちっと取られ痛かった。垢をとっても、違和感も耳鳴りもとれず、何回か通った。


今回の耳鼻科は、優しい年配の医師。「取りにくいタイプの垢なので、ベッドに寝て」と言われ、痛いのかなと不安になった。

耳にライトをあて、ゆっくり、数回にわけて取りだしてくれた。その気持ち良い事。
「ほらこれですよ。耳に栓をしていましたね」と笑顔で言われ、おしまい。

一気に解決した。

音が良く聞こえるようになり、違和感も無くなった。


耳垢は自分でとろうとしてはいけないと聞く、綿棒の太いものは使わないようにと言われた。

定期的に、耳鼻科で取ってもらうのが正解だ。

垢で鼓膜が塞がり、聴こえが悪くなって、難聴かと不安になるし、会話も面倒になってくる。
放置すると炎症が起こり、本当に難聴になることも。

足の怪我もなかなか塞がらず、耳鼻科と並行して通院かと思っていたが、その心配が消えて良かった。

病院は待ち時間が長く、疲れるしおっくうで、私みたいな病院嫌いには苦行だが、思い切って行くとストレスが消えるので、元気があるうちに早めに行く事が大事だと痛感した。


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