りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

朝早く玄関周りの掃除をしていたら
新聞配達の女性(70歳位?)が来て
新聞を受け取ろうとしたら
「ポストに入れときますから、そのまま掃除を続けて」
と言われた。

そこに置いていた植木鉢の花を見て
「この花、ずっと前から良く咲いてるね。
長い間、枯れないで強いね」
と声をかけられた。

確かに長い年月、枯れずに毎年花を咲かせる。

剪定したり、肥料をやったり、最低限のお世話しかしていない。

根も張ってきているが、重くて植え替えるのも大変。
このまま、植え替えとかもせず、
今まで通りにしておくつもりの無精者なので
この花(薔薇)の強さには助かっている。

「昔からずっとお宅の玄関を見て来たのよ。」
と言われて、恥かしくなった。

ベランダに置いた植木鉢の花が咲くと、
玄関を華やかにしようと、咲いてる間だけ
置き替えたりしているので
「この前咲いていたあの花はどこにやったの?」と言われた。

花が散ったので、移動させたと説明したが
「楽しみにしていたのよ」と言われた。

あまり、玄関周りに植木鉢を置くと
邪魔になるし、台風などが来る度
家の中に移動するのが大変だ。

だから、あまり置かない事にしたのだ。

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母は、花が好きで、
植木鉢が沢山増えており、玄関は花だらけだ。

私はそこまでしない。
あまり植物だらけにするのは好きじゃない。
ごちゃごちゃして息苦しいんじゃないかと思ってしまう。

今ある植物は手入れはするが、
枯れたら枯れたでいいと思う。

すっきりとした空間に並べたい。
置き方にむしろこだわる。
花を増やそうとかの執着は無い。

花の好きな友人がいる。
私の無精さを見たら馬鹿にするだろう。

母もそうだが、花が好きだと言う人は
どうして人に口うるさく言うのだろう。
と思う時もある。

昔、夫が勝手に次々と買って来て
世話もせず、ぽいと置いたままの鉢が沢山あった。
置き場所も考えず、汚く放置していた。
子育てと同じで無責任。
後始末は私。

それでいて「自分は植物には詳しい。偉そうにするな。何も知らないくせに」
と私の世話の仕方に文句を言う。

長い間夫が放置し私が育ててきた花を見ても、知らん顔だ。
綺麗に咲いていれば、
それは私の手入れのお陰じゃなく
自分が買った物だから感謝しろというスタンス。
褒めるどころか、手入れの仕方にケチをつける。

だったら、自分で育てろよ!
子どもも育てなかった人に言う資格はない!
と、そのうち、言ってやろう。

私が買った苗が大きく育ったのを見た夫は
「風で飛んで来た種が勝手に大きく育ったんだろう」
と言って、私が買って育てるはずがないと馬鹿にしていた。

新聞配達の女性には
「私は無精なので、お恥ずかしい」と
一言伝えておいた(笑)

     

インフルエンザの予防接種の予約をした。

高齢の両親にいつ会えるかわからないけど
接する機会があるかもしれないし、
コロナもあるので気休めかもしれないが
念の為だ。

インフルエンザの予防接種の料金は、病院でまちまち。
私が予約した病院は整形外科で、地域で一番安い。
他の病院の半額。
今年は少し値上げされた様だが
それでも他より安い。

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今年はコロナ事情で、
65歳優先と聞いていたから、
今すぐは受けられないかと思ったら
そうではなく、予約すればOKだった。

ネットで簡単に予約できた。

問診票もダウンロードして家で書いていける。
時間短縮できるのはこちらも有り難い。

病院が苦手で、ワクチンの副作用も怖い私だが
以前勤めていた会社から受ける様に言われて、
仕方なく受けているうちに慣れて来た。

でも、やっぱり注射を打たれるのは嫌なものだ(・∀・)つ。



     

耳の調子はあと少しで良くなりそう。

昨日も今日も、よく歩いた。

ショッピングセンターに買い物に行くと
コロナで売れ残ったのか、
夏物の服が嘘みたいな値引きでたたき売り。

それでも、あまり売れていない。

可愛いTシャツを寝間着かわりに買った。

3千円位の物が値引きを重ねて250円まで下がっている。

私は、パジャマを着るのをやめて
冬も夏も、肌触りの良いゆったりした私服を寝間着にしている。

何故か、それは、災害が増えて来たからだ。

寝ている間に、地震や火事、水害があったら
着の身着のままで避難する事になる。

そんな時、服だったら躊躇せず外に出られる。

寒い時期は、さっとひっかけて逃げる様に
上着を廊下に下げている。

地震が来たら、怪我をしないように各部屋にスリッパも置いている。
枕元には常に懐中電灯。

気をつけていて無駄は無い。
いざと言う時、全然違うと思う。
阪神大震災の時から、意識している。

よく、いざと言う時の防犯リュックや食料の備蓄を
と言うが、これは自信が無い。

色々、置いてはいるが重くなり
とても抱えて逃げる自信はない。

それに、外に居る時に災害にあったら?
リュックを置いている場所が被害にあったら?
とか余計な事を考える。
私ってひねくれているよなあ。
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話は変わって
レジ袋有料化は、何の意味があるのかと思う。
洋服を買った時に、
紙袋なのに、1枚15円。
これまで無料だったのに
環境に悪くない袋まで?
便乗してるだけ?

服をマイバッグに入れる違和感。
服屋さんの紙袋を下げて帰るのが
とても気分良かったのに。

レジ袋有料じゃなくて、
環境に配慮した袋を製造し、使用する様に
国が指導すればいいだけの話じゃないの?

有害な物が買って使えるのなら
意味なし。

お店によっては
環境に配慮した袋を無料で提供する所も増えている。

それでいいのではと思うけど。


     


産後鬱のイメージ~

自分の体験では、出産した途端、周りの態度が豹変した様な錯覚を起こした。
錯覚だと思いたいが、現実だったのかも。

陣痛で一日中苦しみ、ご飯も受け付けず
やっと出産した後は、眠れない日々が続く。

くたくたの心に、ぼろぼろの身体。

疲れ切った母体に、次は看護師の「母乳じゃないとだめ」攻撃。
看護師による乱暴な胸のマッサージで、皮膚が切れ、
痛みに耐えながら母乳をあげる苦しさ。

「お母さんなんだからしっかり!」
という言葉で責めたてられ、
弱音を吐かせて貰えない。

母乳の出が悪くても、ミルクを勧めない病院だった。
赤ちゃんは、お腹がすいて泣いてばかり。
体重も思うように増えない。

帰省先の病院選びも失敗だった。
母が探して決めたのでどうしようもなかった。

夜も眠れない中、一日中泣く赤ちゃんを抱いて
何度も母乳を与える。
胸の痛みに耐えながら、頭はぼーっとしていた。

ゆっくりお風呂にも入れない。
実家にいても落ち着かなかった。

何故なら、両親も世間も
”出産した母親は順調に授乳し、回復していくもの。
ちゃんと赤ん坊の世話ができて当然だ”
という目で見ていたからだ。

私は産後の肥立ちが悪く
後から判明したのだが、医師の処置が悪くて、
子宮内感染していた。

母は、私の心や身体よりも、自分の都合を優先した。

義実家からは嫌味な電話がきたり、
夫も他人事な態度だった。
それだけで、更に私の心は暗くなった。
それからの生活が不安で嫌でしかなかった。
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母は、「産後の肥立ちが悪いなんて
みっともない。私の責任にされるし世間体が悪い」
と言って、安静にさせずに無理やり私に家事をさせたり、
まだ治療が必要だったのに、強引に飛行機で家に帰らせた。

それが原因で、後遺症が残った。(次の出産で回復)
パニック障害にもなった。

意外にも自宅に戻ったら
静かな環境になり、落ち着いて子育てはできた。
ミルクもお腹一杯飲ませ、赤ちゃんはすくすく育った。

私が、身体の不調や心の哀しさを訴えても
夫も義実家からは、
私の嘘や甘えの様に思われ、
「母親になったんだからしっかりしないと」
と責められるだけだった。

赤ん坊の笑顔だけが救いだった。

どうして女性ばかり、こんな目にあうの。
どうして差別されるのと心は泣いていた。
何もかも嫌だった。

私は鬱と言うほどでは無かったが、
とにかく出産後の母親は
ホルモンの急激な変化も加わり、
精神t的にも肉体的にもボロボロなのだ。


出産や子育てを甘く考えるのは大間違いであり
少子化がどうの、女性活躍がどうのと言うが、
まだまだ日本は遅れている。

     

竹内結子さんが亡くなってしまった。

今年は、何でこんなに悲しいことばかりが起こるのか。

才能ある魅力的な俳優さんが次々と…
コロナでも2人、人気のあった芸能人が亡くなったし。

私の身内も…突然死と孤独死。

もうこんな話聞きたくないなあ。

今年出産されたばかりの竹内さん。
赤ちゃんがいるのに、どうして?と不思議に思う人がいるだろう。
よっぽどの事だよね。

まだ、本当の原因はわからないけど
産後鬱だったのだろうか。
相当辛かったのだろうと思う。
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三浦春馬さんにしても、
ぎりぎりまで仕事をしていて
上辺には出さず、
周りも鬱に気が付かなかった。

彼女もそうだったのだろうか。

自分の体験は大したことないけど、
初めての出産の時、産後鬱になりかけていたと思う。

あの時、とっても世の中の理不尽さが辛かった。
誰にも理解してもらえない、悪いのは自分。
そう思って、悲しくて、
「こんな生き方をしていくのは嫌だ。
子どもの時に戻りたい。自分には親なんて無理だ。」
と1人心の中で思っていた。
                       続く








     



今年は秋が長いかも?
だらだらと残暑が続かず、以前の秋に戻った気がする。
つくつくぼうしの声があまり聞こえなかったのは寂しいけど。

昨日の腰痛は、またもや一晩で消えた。

その代わり、足首が痛い時がある。
友人から新品の靴を貰って、さっそく履いたのだが
まだ馴染んでないのか、
翌日から足首が痛くなった。

これまでは、合わない靴の疲労は筋肉痛になっていた。
マッサージすれば気持ち良いレベル。

今の痛みは、筋肉じゃなく骨に響いている感覚。
ピリッとくる。

だから、足に負担のかかる靴には気を付けないといけない。

せっかく貰った靴、履きたいのになあ。

これから寒くなるので、もっと嫌な痛みが増えて来るだろう。

股関節の痛みはいつのまにか消えた。

あれも、靴と冷えが原因?
私の歩き方も悪いのかもしれない。

母が足にあう靴を吟味して選んで買っていたのは
こういう事なんだ。

ヒールを一日中履いて仕事していた頃が嘘みたいだ。

自分の老化を感じる。
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そして、季節の変わり目に必ず起こる耳の不調。
耳鳴り、閉塞感。
以前はめまいも。

花粉症みたいなもので、
季節に慣れてくると治まる。

頭に近い部分の違和感は
一日中気になるので、本当に困る。

先日、子どもと思い切って外食に出かけた。
店はガラガラで、感染対策もしていたので不安は無い。

それだけで、気分が少し晴れた。

キャンペーンで安いと言っても
まだ、県外に出かける勇気は無いなあ。



     

ああ、疲れた。

今日は、先日の引っ越しの手伝いの続きをした。
引っ越し後の旧部屋の掃除の手伝い。

明後日、簡単な掃除をしてから鍵を返却すると聞いたので
私も手伝いを申し出た。

私は今日しか空いていなかったので
先に簡単に掃除しておくと言い、
1人で行って来た。

そう言えば、自分は今まで何度も引っ越ししたが
引っ越し後、旧居に戻って
掃除をした記憶が無い。

県をまたいで引っ越したら
そんな事はできないし、
おそらく、荷物を梱包しながら
掃除していて、引越す日には終わっていたのだと思う。

知り合いは、近所に越したので
戻ってゆっくり掃除ができる。

「かびや頑固な汚れ、埃が凄いよ」
と聞いていたので、覚悟して色んな掃除道具を
持参した。

確かに頑固な汚れに悪戦苦闘。

気が付いたら、3時間が過ぎていた。

そして、全体を見渡すと
まあまあ綺麗になった。

友人に報告したら
感謝されてしまった。
自分が汗かきたくて、申し出た事なのに。

気持ち良かった。
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で、帰宅する頃には、腰と足がピリピリ。

たったこれだけの事で
情けない。

いつもの様に、即お風呂に入り、湿布を貼った。

だいたい、これで翌日には治まっている。

運動不足が原因だ。

脂肪だけが増えて、筋肉が落ちているのかも。

明日、友人がチェックして
その後、鍵を返却し、旧居とお別れだそうだ。

私も何回か、遊びに行っていた部屋だったので
寂しい気持ちになる。

また新居で新生活を始めた知り合いは
インテリアなどを楽しみ、嬉しそう。

その楽しい気分のおこぼれを少しもらって
こちらまで気分転換できた。

     

朝7時頃、知らないドコモのアドレスからEメールが届いた。


内容は
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
件名:おはようございます
ーーーーーーーーーーーーー
お元気になさってますか?

久し振りにお食事でもご一緒できればと思っているのですが、
来週はお忙しいでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


知らないアドレスだが、こういうメールは友人からよく来るので
てっきり、アドレス変更の連絡を忘れた友人からのメールかなと
思った。
ラインをしていない近くにいる友人になるので、限られる。

おそらくあの人かな?とか思いながら、
「どちら様ですか」と返信してみようかと思った。

その前に、念の為、よくメールを観察してみた。

送信側のアドレスに使われている単語の意味や並べ方が
友人らの考えるアドレスにしては違和感があった。

それまで届いた友人らのメールの打ち方の癖も
比較してみた。

「お元気ですか?(絵文字)」
はあるが、「お元気になさってますか」と打つ人はいない。
皆、どこかに必ず絵文字を入れる。
「お食事」なんて言わず「ランチ」とか「お茶しませんか」だ。

それに、朝7時は
忙しい時間帯だから気を使ってメールは送って来ないはず。
何かおかしいぞと思った。

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最近の不正アクセスや
色んな事件を思い、ネットで調べてみた。

すると、2年前に、「知らないアドレスから
Eメールがきた」という人がいて、文章が全く同じだった。

この他にも「アドレス変更しました」とか
友人を装い名前を載せずにメールを送りつけ、
相手に返信させるという手口もだいぶ前からあるらしい。

適当に一斉送信して、返事がきたアドレスは使えるという
事がわかるので、悪用するのが目的なのだ。

フリーアドレスには、毎日色んな不正メールがきていて
迷惑メールとして振り分けたり、
受信拒否を設定して、用心している。

古い携帯の時から長く使用しているEメールのアドレスには
これまで一度もこういうメールが来た事が無かったので
警戒心が薄れ、騙されるところだった。


勝手な思いこみは被害にあいやすい。
「まてよ、念の為に」とまず疑う事が必要だなと実感した。


     


続き


「本来の自分はこうだ」とこだわるのは
夫も同じ。「俺様は凄い、特別」と言う。

夫の求める幸せとは
いつも書いているように
”何もしないで遊んで暮らし、
自分の為に世間の人が奴隷になる生活。”

「ちやほやされて、どんな意地悪をしても
周囲の人は我慢して自分に尽くすべき。
それはそれだけの価値と魅力が
生れながらにして自分に備わっているからだ。」

と、本気でそう思っていた様だ。
以前は口に出していた。

日常は、真逆の演技をして誤魔化すので
世間の人は騙される。

あの頃の夫は、そういう理想郷があると
本気で信じていたと思う。
理想郷などあるはずもなく、
どこに行ってもトラブル起こすのは当然だ。

問題を起こしては転々と逃げて、また次の理想郷を探し
また失敗し、転職を繰り返す。
私には内緒で転々と引越す。
転職がばれた時は「ヘッドハンティングされた」と嘘をつく。
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長い間離れていたお陰で、異常な人だと確信できた。
未だに、理想郷を求めているのかどうかはわからない。

そう言えば、夫の価値感もお金が全ての様だ。

私が、以前夫に
「子ども達との思い出が無いね」
と呟いた時、
まともなお父さんなら
「そうだよなあ。もっと子ども達の傍にいれば良かった」
などと寂しそうにするだろし、
その言葉で家族も少しは救われると思う。

夫の場合は
「贅沢できなかったと文句を言いたいのか?
金さえあればいいのか。そんな人間だったのか。ああ、失望した」
と、お金のせいにしてはぐらかす。

「金の切れ目が縁の切れ目という訳か。
そんな人だったとはがっかりだ」
と私に言うのだ。

え?お金の縁は最初からありませんけど?(笑)
むしろこちらが言いたいセリフ。

この人、どうしていつも
自分をほめちぎり、嘘ばっかり言うのだろう。

そもそも、子どもに対する気持ちの話題すら
お金の事にすりかえ、
全く夫の感情とか気持ちが伝わらない。

何も無いのだろう。
人じゃないのだろう。

と思う事の繰り返し。

とにかく、なるべく奴の存在を忘れて暮らす様にしたい。
     

他の方のブログで
「私は貧乏だ、これでは破産だ、老後暮らしていけない…」
といつも書いている人がいる。

でも、この人がブログで書いている年金予定額は
一般的な男性の年金額と同じ。
今の生活費もオープンにされているが
1人分が我が家全員の生活費より多い。
節約しているらしいが
写真に乗せている夕飯のメニューや材料は
立派なもので、羨ましい限り。

旦那さんもいるし、奥さんだけで一人前の年金額を貰えるなら
恵まれていると思う。
この人の基準で考えれば
私も夫も、完全に老後破産組だ。
話題にするのも怖い。

結婚しても最近まで正社員で大手企業で
仕事をしてきたので
きちんと年金を頂けるということらしい。

とても恵まれた生活をされてきたと書いてある。

ちらほら、過去の自慢?が入る。

今は専業主婦だけど、本当はセレブで優秀な仕事人だったのよと。

ブランド名も時々でてきて
買物はデパート、実家は裕福と何回も書いている。

なのに、老後は悲惨だと、こんな少ない年金では
優雅に暮らせないと、よく愚痴っておられる。

貧乏のカテゴリーにいて、
ブログのタイトルは、破産とか節約とか
もうダメとか、目を引くものが多くて
悪く言えば騙された気になる時もある?

本当はセレブ自慢?と思ってしまう。
私みたいに、子どもの時から、貧乏が当たり前だった人間は
嫌味に感じてしまう。

本当に貧しく育った人はそれが当たり前で
自分が貧しいと思ってないし
気が付いた時は、惨めで人に言わないと思う。

そういう事を思う自分は、僻んでいるのかも。
それにしても、人の価値感や幸福の基準は、
こんなに違うのかとため息がでる。
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彼女は自慢しているのではなく
本当に貧乏だと思っているのだろう。

今の生活ぶりや、年金の額は
自分にとってふさわしくない、
私はもっとお金持ちのお嬢様で
もっと裕福な人と結婚するはずだった。

こんな贅沢もできない生活は、惨めだ。
と本当に悲しいのだろう。

実家で甘えていた時はもっと裕福だった。
私はお嬢様なんだと
やたらと書いているのは
今の自分を見て馬鹿にしないでほしいと
訴えている様に感じる。

そこが私には理解できないところで
友人にもそういう人がいる。

裕福じゃない人と結婚したから
これが私の本当の姿だと思わないで、みたいな。
本当はブランド品に囲まれているはずなのに。
安物ばかりしか買えない。
老後も海外旅行に行けない、
こんなの、私にふさわしくないと
結局、親の収入が本来の自分の収入みたいな
自立できていない大人と言う感じ。

そんな価値観で、自分の幸不幸を決めるのはもったいない。

お金は無くても、家族という宝が残っている。とか
子ども達との思い出が残ってるとか、
自分が頑張って作り上げた物が何かあれば
それが幸せなんじゃないかな。    

                         続く


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