りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

最近良い映画(自分の好みの)が立て続けて公開され、嬉しい。


広範囲の台風の被害を思うだけで、気持ちが不安定になり辛かった。被害に遭われた方には申し訳ないが、気分転換にと映画を見に行く事にした。

今日は「ジョーカー」を。割引き日で人も多かった。

ヒットしているらしい。この映画は気持ちが重くなるので元気な時に行く方が良いと聞いていた。

でも自分にとっては気分転換の為に観に行った。

感想は、全く重くならなかった。ロケットマンの方が辛くなった位だ。実話と創作との違いかな。
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ネタばれにならない様にしよう。
残酷非情とか言われるジョーカーの物語だからどんなに暗くて汚い映像かと覚悟していったが、そうは感じなかった。
「お洒落で丁寧に創られた良質な映画」を観た気分だった。

BGMがとても効果的で、個人的に気に入った。

クリームの「ホワイトルーム」は大好きな曲だが、一番の盛り上がりと思えるところで流れ、ジョーカーがカッコよくさえ見えた。

ジョーカーが救いを求めて父と思える人に会った時、「お金とかそんな事を言ってるんじゃないんだ。ただハグしてほしい、優しくしてほしいだけなんだ」と叫ぶ。
これもロケットマンと同じだった。

息子がお父さんにただハグしてほしいだけなのに、拒否される悲しみ。

この前、教育学者が言っていた。「ただ厳しくするだけの学校の教育で、人間なんてかわりません。それは神しかできない。教師が人を変えるなんておこがましいんです。人を作るのは、環境なんです」
そうだなあ、家庭環境が大事なんだ。愛を与えないと駄目なんだ。

もし、ジョーカーを見る予定の方がいたら、「バットマン ビギンズ」もそうだが、若い時のロバート デニーロ主演の「キング オブ コメデイ」を観たら良いかも。

これを観ておくと、映画が更に深く楽しめると思う。

私にとって、映画の力は凄い。観る度に元気を取り戻せる。(心が重くなるとか聞いていたのに?)



     

台風の被害、洪水などまだまだ油断できませんね。これから詳しい被害状況がわかってくることだと思います。
被害にあわれた方にはお見舞い申し上げます。

年々、どこがという事でなく、日本中どこでも大きな災害が起こり続けるのでしょうか。

もっと国は災害対策に力を入れるべきだと思う。戦闘機やとうもろこしなんて買うお金があるなら、国民の生活の為に使ってほしい。
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避難所の在り方ひとつにしても遅れている。

以前、大きな被害にあい避難所生活をしたことがあったが、一番感じたことは過去の災害の教訓はいかされていない。後進国みたいだということ。

すぐ隣の地域は何ともないのにすぐに援助がこない。食べるものも無い。プライバシーもない。トイレも使えない。不衛生で、プライバシーもない。夜は真っ暗。水も無い。
若いお母さんと子どもさんが外で寝ておられた。

避難所運営に何の対策もとられていない。災害がおきるたびに同じ事が繰り返されている。

阪神大震災や東北の震災やいろんな災害のたびに、避難所での悲惨な様子を見てたまらない気持ちになっていた。
障がいのある方や病気を持つ方。妊婦さん、赤ちゃん,ペットと一緒の方。
避難所で肩身の狭い思いをしたくないからと、外や車の中、あるいは避難しないことを選ぶ人も多い。
誰もが安心して避難できる運営を考えることはできるはず。

個人の対策なんて限界がある。自分も色々避難用に準備した物を持ち出したが、限界があった。
命を守ることで精一杯だ。

昨日は無事に過ごせたが、次は我が家に直撃するかもしれない。誰でも何度でも被害にあうことが起きる時代になっている。
だからこそ、税金を救済と対策に使ってほしいと思う。




     

昨日観た映画「イェスタディ」

初日だった。待ちに待った映画だったので行けて良かった。


ネタバレはいけないので、感想はというと~”ビートルズのファンを泣かせる映画”かな。

泣かせるは大げさかもしれないが、私はあるシーンでどっときた。涙があふれた。


びっくりするシーンもあり、それはファンに対するサービス?かな。

音響が素晴らしくて、ライヴのシーンは本当にそこで聴いている気分になった。

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ビートルズの偉大さに改めて感動。

映画の中では”遠い昔の偉大なる作品”という感覚になるのだが、ビートルズの2人がいまだ現役で活躍している事を思うと尚更感慨深い。

(ポールはこの映画を観てどう思うかな、喜んでくれたらいいな)などと思いながら観ていた。

記事によると、ポールマッカートニーが奥さんと一緒に変装して映画館で観たという。
「とても良い映画だったよ」と答えたらしいが、我々凡人が想像するレベルをはるかに超えた人だからどう思うかなんて気にする事は無意味だったかもしれない。

ポールもリンゴも、いまだにライヴでビートルズの名曲を本人が聴かせてくれるのだから、こんな奇跡的な事はないと改めて感動だ。

まだ体調不良は少し残っていたが、頑張って動いた。

今朝はだいぶ良い。気分転換は大事。


それより、世界でも注目されている大きな台風がくる。怖い。精神的にもやられそうだ。

どうか大きな被害がでませんように。

     

調べたい事を検索していたら、たまたま高齢の親の悪性リンパ腫について書いておられるブログを見つけた。

その方のお母様は、うちの母より少しお若い。
リンパ腫の種類も進行具合も、治療のやり方も良く似ている。

80歳すぎてからのリンパ腫の治療実績というか、詳しい資料が少ないらしく、抗がん剤を止めるかどうかで悩む人や医師が多いらしい。

結局は本人の意志が優先だろう。中には認知症が悪化し、治療困難になり止める人もいる。

その方のお母様は、母と違い摘出手術もなく、投薬で小さくなったらしい。でも、弱っておられてほとんど寝ておられるようだ。
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それに比べれば、うちの親の元気な事。最近医師が「とても優しく笑顔で接してくれる様になった」と母が言う。

最初の頃、母をまだよく知らない医師は、年齢だけで判断し、「高齢だからどっちみち余命短い。あとどれだけもつか」みたいに話していたし、いつも怖い顔で事務的だった。

治療していくうちに、おそらく母が驚異的にしっかりしていて、動いて普通に生活していることに驚き、これは良い治療対象になると思われたのかもしれない。成功例になることだろう。

私も、母がこんなに頑張るとは思わなかった。助かった。
母の例が、少しでも他の方の参考になり、希望を与えることになれば良いと思う。

医師から、研究の協力依頼もあった。

来週、腸のCTをとり、再発の検査らしい。どうかもう何もでませんように。

本当は治療はやめさせたい。

副作用が脱毛だけなら、本人がきつくないならお守りかわりに薬を続けるのはよいのかもと今は我慢している。

問題は最期なのだ。苦しまず、安らかにというのが誰でも望むこと。その為に一番良い選択をしたいから。でも、今はまだそんな事は考えられない。

暗い話はこの辺でやめよう。

夜に映画でも観に行こう。

     

最近病院嫌いになってきていて、少しの風邪くらいなら熱があっても市販の薬で誤魔化しながら、仕事や家事をしているうちに治っていた。
忙しいママさんたちはほとんどがそうじゃないかなと思う。

もう動けない、こりゃまずいぞと思った時だけ病院に行っていた。
少し前まで、子どもをよくあれこれ病院に連れて行く事が多く、自分の事は構ってられなかった。

そばに心配してくれる人がいて、車で病院にも付き添ってくれ、育児や家事も変わってくれる人がいる環境なら、話は別だが、自分にそれは無い。
風邪くらいなら、子どもには言わないで元気なふりして自分で何とかしてきた。
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最近、そういう事がもうできなくなってきたのかもしれない。

転倒して以来、傷がなかなか治らなかった事や母のことなどで、これまでどうってことなかった些細な事にストレスを感じている。

最近体調が良くなかったが、誰にも言わず、漢方薬で誤魔化していた。これまではそれで何とかなっていた。

でも、夜眠れず、何だか身体が悪いものに蝕まれていくような不安感がし、動悸がした。
薬の副作用かもしれないと思い「こんなこと毎日繰り返していたらストレスに負けてしまう。病院に行こう、行かなきゃ」と決心してかかりつけの病院に行った。

夫が出て行って、一番地獄な日々を過ごしていたあの頃、仕事と夫のストレスで体調を崩し、休職した頃、良く通ったかかりつけの病院。自分のことで通うのは久しぶりだった。

以前のカルテを見て、医師は「この人はストレスを抱えている人」と思っているのだろう。

名医で、顔を見るだけでほっとする。医師の理想ともいえるだろう。近所の人達は色んな自分の境遇を話し、心からくる病までこの先生は治してくれると感じる。

我が家も子どもがとてもお世話になった。熱がでたら「新学期の緊張からくる疲れだよ。ほらこんなに肩が凝ってる。もっと気楽にね。」と子どもの肩をもんでくれ、笑顔で安心させてくれる。

すると翌日はけろっと治るのだ。

そんな医師なので、昨日は久しぶりに見て貰った。

「忙しいですか?何か我慢していませんか?」などなどの問診。「原因は、自分ではどれだと思う?」など優しく聞いてくださる。全く変わっていない医師にほっとした。

検査もしたが、漢方の効目もあったのか、大したことはなかった。でも、炎症反応はあったので薬をだしてくれた。
「もしかしたら、ストレスからくる脳の誤作動ということもあるからね、でも、今は大丈夫でしょう。薬で治るよ。」とのことだった。(はっきり症状は書きません。ぼかしています)

大したことは無いと言われたが、自分ではきつかった。

漢方は今回、全く効かないどころか悪化している気がした。

医師を信じて、処方の薬を飲み始めたら、数時間後、嘘みたいに症状が治まった。
精神を安定させる効能はないのに、すっかり悪いものが抜けた感じになった。

お金も安くすみ、市販の薬で誤魔化すのも良し悪しだと思った。

若くて免疫力が強い時はそれでいいと思う。でも、今の自分は、おそらく免疫力がかなり落ちているのだと思う。

そういう時は、やはり病院にいくに限るなと痛感した。

本来、自分は病院の薬というものは抵抗があった。できれば漢方でと思っていた。

この医師も漢方を勧めてくれ、以前は何年か漢方を処方してもらい、症状が治まったこともあった。

次々と良い薬ができてくるのだろう。劇的な効果を感じたのは今回が初めてだった。

不安感が一気に消えた。

今回、母に関するストレス、引き金は転倒だ。若い時なら、ドジだなですんで、なんてことはなかった。今回は命の危険を感じたので余計ストレスになった。
それも、なかなか治癒しないことで色んな悪い事を考えた。母の病気が原因だろう。

血液の癌。白血病といってもいいかもしれない。まさかあんなに元気なのに?というショックと、自分も同じ病気になるのではという不安もわいた。

以前、検診で「白血病減少症」の疑いを言われたこともあり、よけいに不安になった。

気にしても仕方がなく、発病もしていないのに、ただ不安だけが大きくなる。

無駄なことだとわかっていてもだ。

それが、昨日すっと消えた。

これで、心から映画を楽しめる。心をポジテイブに。


     

母から電話。
また親族の人に長電話をしている様子。

その内容を報告の電話だ。
そして「お墓参りに行ってきた。気分転換になった。特にだるさも無い。元気だよ」とのこと。

とりあえず安心。実家にいかずにすむ。

よく考えれば、実家に行ってもゆっくりできる場所が無い。息がつまる。寝る場所も居間のすみっこ。

2階がこれまで自分の寝る部屋だったが、父が全ての部屋を占領し、物を積み上げている。

ただでさえ気が休まらないのに、母は家事だけでなく「物置の片づけを次に来た時にしてもらうから」と、あれもこれもと簡単に言う。

何故、弟に言えないのか。こういう話は弟にはしてあるが、何も変わらない。
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そして、親族に話した内容というのが、弟の自慢だという。
ああまたかという感じ。
「良く尽くしてくれる」と。これは聞かされる方もうんざりすることだろう。電話するたびに同じ話をしているようだ。

私の事は絶対言わない。なぜなら弟と弟嫁が全部やってくれていて、自分が親孝行な息子夫婦に恵まれているという世間体を作っているからだ。

私がわざわざ遠くから帰省して、家事をやっているのがばれると、弟たちが何もやっていないことがばれるから、言わないのだ。

まあ、弟をほめるのは良しとしよう。確かにそばにいるだけでこっちも安心だ。

聞かれもしないのに、嘘ついてお嫁さんまでほめるのはどうか。

私がしたことはお嫁さんがしてくれたことになっている。

どうせ現実を見て、親族の人は真実をわかっている。だから母の嘘もわかっている。

「娘は尽くして当たり前なんだから、いちいち人に自慢する事じゃない」と母が口にする。

「別に私の話はしなくてもいいけど、嘘ついたらダメ」と言ったところ、
「でも、良いお嫁さんと思うわ。実家に息子を来させてくれるんだから。それだけで有り難いわ」と言い出した。
親の通院付き添いをお嫁さんが禁止するのが前提?弟が来てくれるのはお嫁さんが許可してくれるおかげ?

これは、DVを受けている人の発想だよね。母も洗脳されているのか。

弟は共依存状態。奥さんに完全に行動を管理されている。顔色を伺っている。

母は「嫁が、息子が病院につきそうことを許可してくれてありがたい」と言い出した。


母の病院通いまで、お嫁さんの許可によって行動に規制がかかるということ。

何だその奴隷的な感覚は。

たまにお嫁さんに会えば、「息子に許可してくれてありがとうございます」と頭をさげるそうだ。
そして嫁さんは、「どんどん使ってよろしい」と母に許可をだす。
自分はいっさい協力しない。

母は、私にはさんざんグチっていたのに。この調子の良さにはうんざり。

母はそういう人なのだ。単純だ。馬鹿にされやすい。父も。

私が、「感覚がおかしいよ、人間としてまともなのはどっちなの」と言うと、はっと我に返るのだが、最後は私がおかしいと言い出す。おかしいのは我が実家の方。

もし、もっと毅然とした態度で「我が子を泣かすな」と怒る位の親なら、私も弟も結婚相手にここまで好き勝手にされずにすんだかもしれない。

完全にうちの親がなめられているのは感じる。

私の気持ちなど全く考えず無神経にそんな話をして、長々と話す母。

私が怒ると「娘なんだから犠牲になるのは当たり前でしょ。」と逆切れするだけ。

でも、その後、私が縁をきれば、弟たちは実際あてにならないから、利用しやすい娘には嫌われないようにしようと思うのだろう。
御機嫌を伺ってくる。

とにかく、私は自分の生活が大事。体調も良くないので、しばらくは実家にいきたくない。



     

教師4人が若い教師にいじめを行ったニュースが話題だが、情けないというか怒りを通り越してうんざりしてくる。

やっとこういう話題が世の中にでてきたかという気持ちだ。

実は昔からこういう話はあったのだ。
教育実習生を虐めて、教師になる夢をつぶした女性教師もいる。こういう話は良く耳にする。

隠ぺい体質の学校のこと。校長の見て見ぬふりは当然だろう。強い教師が力を持ち、校長に取り入り、同僚や後輩の足を引っ張る話はだいぶ前から知っている。
教師の過重労働に加え、教師間の虐めもあって精神を病み休職したり辞める教師も多い。

教師にとって、”教え子たちといる時間が幸せ。職員室が苦痛。教え子がいるから頑張れる”という話は良く聴く。
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私が中学生の頃だった。お正月に祖父の家に行った時、遠い親戚というおじさんが来客として訪問した。
その人は普段全く付き合いもなく、初対面だった。

その人は中学校の教師だという。
私の服を見てそのおじさんは
「君の着ているブラウスは、僕のクラスの子が皆好んで着ているデザインだ。」と言う。

意味がわからず無反応でいると、ニヤニヤしながら
「僕のクラスは、頭のおかしい奴等ばかりなんだよ。そんな奴等と君は服の好みが同じなんだねえ。君も頭おかしいの?ははは」と笑った。

教え子を頭のおかしい奴等だなんて。ひどいと思った私は、その人を軽蔑した。こんな人に担任されている生徒さんたち、可哀想に。と悲しかった覚えがある。
今で言う特別支援クラスだった。

今でもあの発言は許せない。あのおじさんは教師の資格は無いと思った。

もしこれがSNSのある現代で、私がこっそりこの発言の動画をとっていてツイッターとかで発信していたらどうなったことか。

昔は時代が違ったといえばそれまでだが、自分の担任の教師の中にも、一部の生徒にひどい人権侵害をした人がいた。
鬱病への教師の知識が皆無で、偏見だけで指導をし、病気を悪化させ、退学に追い込んだ教師もいた。
そういえば、テストの点数が悪かった時、答案用紙に「バ〇!〇ね!」と書いてあったなあ。

昔は良かったと言いたがる人もいるが、そんな事はない。良かったことも悪かったこともあったのだ。

今みたいに、世間に知らしめる手段も無く、世の中の知識や理解が今とは程遠かった。特に人権教育は遅れていたと思う。

あのおじさんの言った事を、親に伝えた。
でも「あの人はそういう人だから」と笑って流された。
何が問題なのかいまいちわかっていない風だった。

それと親戚付き合い上、都合の悪い話は聞かないことにしたのか。

こういう人たちは、我が子が障がいを持っていたらどうするのだろう。

私は、たまたま健康に生まれたが、もしかしたら捨てられたかもしれないと思うと、絶対にこんな事を子どもに感じさせる様な親にはならないぞと反面教師にした。

2年前、伯母のお葬式で久し振りにあのおじさんに会った。

高齢で、杖をつき、声もよくでなくなり、体調も良くないようだった。
挨拶をすると、ぺこぺこと頭を下げるだけ。自分がかつて私にあんな事を言ったなんて覚えていないだろうし、自分が最低な教師だったなんて全く思っていないだろうし、私がそんな目で見ているなんて思ってもいないんだろうなと思った。

自分が何者か、見えなくなる事って怖い。


     

今の楽しみのひとつに、趣味の映画がある。

中でも興味があるのが「イェスタデイ」と「ジョーカー」。

「ジョーカー」は、精神状態が落ち着いている時に見た方が良いみたいだ。

「ロケットマン」も、少し心にぐぐっときたが、音楽でバランスがとれた。
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「ジョーカー」は、優しく真面目な親思いの青年が、なぜ残酷なサイコパスになったのかがわかる映画らしいのだが、いくら頑張っても報われない悔しさ、悲しさ、やりきれなさに自分が壊れてしまうということなのか。
まだ観ていないから想像だけど。
今の時代にふさわしい映画なのかも。
自分もジョーカーの気持ち理解できてしまうのかな。

バットマンで見たジョーカーは、しんどかった。

10年位前に、「銭ゲバ」というドラマがあったが、それに似た様な感じかな。

レベルは違うだろうけど。

すでに観た人の感想をツイッターで読むと、「ジョーカーは」子どもには見せられない、良い映画だが心が重くなるという人もいる。R15だがR18でもいいのではという意見もあった。
どんだけ残酷なんだ?
笑えない残酷シーンで、笑っている人もいるらしい。怖い…。その人本物のサ…?

私は、今は観るのはやめておこう。もう少し元気な時に行こう。

まずは「イエスタデイ」で感動の涙を流したい。
ビートルズを聴くと、心が洗われる。




     

先日会った友人は、元気一杯に見えて、何でも頑張る人。

でも話を聞いていると、これまでに色んな病気をしてきたという。

子宮がん、乳がんは若い時に手術して今まで再発無し。

最近、胃にポリープができて検査の為に手術した。良性だった。

その前に、交通事故にもあって、車は大破した。

数年前糖尿病になり、治療中。

ランチすると、食後に沢山の薬をバッグからだして飲んでいる。

私より若いのに。そんなに色んなきつい思いをしてきたことは態度にださないし、いつも明るい。
もう開き直っているのよ、という。

1人暮らしなので、時々孤独死の恐怖が襲うらしい。

1人になると鬱になったりするという。そんな時、お茶に誘われる。

私は、鈍感なところもあり、というか、あまり人のプライバシーに関心がないので(なのに色んな人の人生をなぜか知る)彼女の病気の話もあまり突っ込んで聞いたことがない。
もっと聞いた方がいいのだろうか、と最近思ったりもする。

不安を誰かに聞いてもらうと、(母のように)気持ちが楽になるだろう。

私はたわいもない話をして、ただ笑っているだけ。

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帰宅してから、彼女の話をもっと深く聞いてあげた方が良かったのかなと思ったりする。

「私はあと長くて15年しか生きられないみたい。」と彼女が呟いた。
いつも元気そうだし、仕事も頑張っているし、活発な人なので、ピンとこなかった私は、軽く聞き流した。それが物足りなかったのだろう。
「医師に確認してみたのよ。そしたら10~15年だって言われた。」
と言う彼女。

え?とそこで驚いた。鈍い私。

でも、何て答えたらいいのだろう。言葉がでなくて黙ってうなづくしかなかった。

だって誰でも、いつ何があるかわからない。事故にあうかわからないし、私の方がそのうち末期のがんが発覚するかもしれない。

それに、そのうち良い薬ができるかもしれない。

だから、そう言われても、ピンとこないのだ。

とその時は思っていた。

最近、自分が彼女の立場だったらと思うと、彼女みたいに明るく頑張れるだろうかと自分のダメさに情けなくなる。
15年て意外にすぐだ。

そんなに早く大事な友人とお別れがくるなんて、絶対嫌だ。

そんな事、本人が一番辛いに決まっている。それを態度にださない彼女の強さ、頑張りには敬服する。
後からそんな事を思い出して、はっとするダメな私だ。

かなり苦労した結婚生活も、とうの昔に彼女は切り捨てて、今は自由で開放された生活を手に入れている。

地元の人だということもあるが、助けてくれる親族や友人を近くに持っている。

お兄さんのお嫁さんも、県外なのに色々声をかけてくれたり、協力してくれるようだ。
彼女が病気になったら、すぐに来てくれ、退院したらお見舞いや日用品など送ってくれると教えてくれた。
私は、そういう付き合いを親族には期待できない。

でも、まだ子ども達がいるだけ幸せかもしれない。

それにしても、親友も若くして天国に召された。
良い人なのにどうして?神様を恨んだりする。

色んなところで迷惑ばかりかけてきた夫みたいな人間は長生きしなくていいから(笑)、良い人こそ長生きさせてほしい。


     

先日ラジオを聞いていたら、ゲストの方が車椅子生活をされていて「車椅子で街にでるとどんなに不便か知ってほしい、その為に外出も控える様になり、世の中に遠慮をしながら生活してしまう」という話をしていた。

「それはベビーカーを押すママさん達にも共通しており、もっと道路を整備したり、世の中がそういう人達を自然に受け入れ、もっと優しくあってほしい」という内容だった。

車椅子やベビーカーでエレベーターや乗り物に乗ったり、道路を歩く時も「すみません」と頭を下げねばならない事も考えればおかしな事だ。
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私もベビーカー使用歴は長かったが、本当に体力を消耗する。出産したその日から、疲労の連続。

不安になるだけでなく、自分の事はろくにできない。子どもに目が離せない。抱っこなどで腰も痛くなるし、買い物に出るのも一苦労だった。

周りの人の協力が本当に大切。

ある日、ベビーカーを押しているママさんがスーパーを歩いていた。中年の男性がベビーカーをさっと避けてじっとママさんを見ている。

ママさんは軽く頭を下げた後、商品棚を見ながら買い物をしていく。

私が男性の横を通り過ぎる時、男性のつぶやきが聞こえた。
「チッ、最近の若いお母さんはろくにお礼もできんのか。こっちが善意でよけてあげたのに。」とぶつぶつ言っている。

「よけてあげたのに」「○○してやったのに」この言いかたは不快だった。

ママさんは会釈をしていた。それだけでは不足だったのか。

自分だって、自分の子どもだってそうやって育ってきたはず。お互い様だろう。
何故、子どもや母親、障がいのある人、老人に対して、「こうあるべき」を押し付けるのだろう。
子育てを全て奥さんに押し付け、偉そうにしているような昭和の古いおじさんたちは、「女のくせに」「母親のくせに」などとまだ言っている。

職業でも、命を預かる仕事なのに冷遇されている~保育士、介護士などは、誰もがいつかはお世話になる大事な大変な仕事。

保育士、介護士はもっと優遇されてもいい。今は男性もこの職業につく人が増えてはきたが、かつては女性の仕事と決めつけられ、差別されてきたからではないのかとさえ感じる。

日本はまだまだ遅れている。

ベビーカーも車椅子も、普通に堂々と歩いていい。卑屈になるのはおかしい。遠慮もいらない。
でも、まだまだそれを許さない人もいる世の中だということだ。

逆に対等であるからこそ、お互いにマナーも必要。

これは私の体験だが、スーパーで立ち止って品物を見ていたら、後ろから足にガツン!と何かが当たった。振り返ると車椅子のお婆さんが、狭い通路を無理やり通ろうとするところだった。

気がついたならすぐによけて、通れるスペースを空けたのだが、いきなり強引に突っ込まれて、びっくりした。
私だけではなく、そこには結構人が何人もいた。

車椅子のお婆さんは、「どけ!邪魔だ。ぼけが」と暴言をはきながら通って行った。

ぶつけたなら謝るところでしょと思った。今のは故意にやっていた。こういう人が私は車椅子だからと言ってこんな行動をとると、益々、周りは優しくなれなくなってしまうのではないかと不安になった。

車椅子でもベビーカーでもマナーは大事だろう。歩いている人も皆同じ。

マナーの部分と周りに協力を求めることとは全く違う。迷惑をかけるとか気にする必要はない。でも、今の世の中ではまだそれは無理な話なのだろう。

差別の無い世の中になってほしい。お互いが相手の立場になって思いやれる世の中になってほしい。



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