りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

昨日帰宅した。

最近、気候のせいなのか、実家にちょっといただけでどっと疲れる。

老人の相手というのはそういうものだとわかっているつもりだが、流石にべったり接していると疲れて来る。
自分もそのうちこうなるのだろうか、子どもたちから迷惑がられるのは避けたい。

疲れるのは家の狭さのせいもあるだろう。1人で過ごせる空間が無いからだ。

部屋はあるのだが、使えなくなっている。

人間も動物なんだなあ。自分の縄張りというか、くつろげる空間が無いとストレスになるんだな。
災害が起きる度に思う。避難所生活がいかに過酷なものか。
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話はかわり、母は病院に電話をして救急で診察してもらったようだ。
微熱だし、このまま体調が悪くならなければ、近所のかかりつけ医に明日でもみてもらえばいいのではと私は考えて居た。


母は「入院になるかも」と言いながら、弟に電話をして車を頼み、病院に行ったらしい。

弟も呆れており、私にこっそり「姉さんが帰ってしまうし、父と二人になるのが嫌で入院したくなったんだろう。大げさに言ってるんだよ」と連絡してきた。

いや、それは違う。見ていたらわかる。

学生の時から、帰省すれば私は家政婦扱い。弟はお客様。

母は、料理とアイロンがけが嫌いで、服にアイロンをかけて貰った事は無い。弟はそんなことは全く気がついていない。

今だけ私が親の世話をしていると思っている。いやいや、ずっと昔から実家では私は同じことをしてきた。

母が有り難がるとすれば、弟や嫁さんが、肝心の家の中の困った事を手伝わない分、私にさせられるから助かるという位だろう。

弟は、何とかして、私に長く世話をさせようと思って、親が私がいてくれることを望んでいるように言ってくるのだと思う。もしかすると夫婦で「面倒なことは姉にやらせよう」と決めているのかもしれない。

で、病院ではやはりただの軽い風邪とのこと。薬もまだ飲まない様に、熱があがってからでないとだめと言われたようだ。

時期的に、もう完全に白血球は元に戻っている。免疫力は戻っているはずだ。

心配はいらないだろう。


ああ、自宅は落ち着く。
子どもが小さくて悩みの多かった時は、実家に帰るとホッとしたものだった。

自宅がいいと思えるのは、夫がいない間だけだろう。一生安心して過ごせたらいいが。
それが今はまだできないのが残念だ。



     

母が手の届かない作業や、外の植木鉢などの並び替えをしたがり、弟に頼むが、やらない。
父は親族のところに数日用事で出かけて留守。


父がいても無理な作業だが、放置でいいのではと言っても、母もきかない。
私ができる簡単な事ならさっさとやるのだが、弟の冷たさも呆れる。

仕方なく、母が自分でやっている時がある。ダメだ、医師からとめられているでしょと言っても、やる。

家の中の片づけを頼まれて、私が作業しているうちに、母が動いていた。

お腹に力をいれるなと言われたのに。重い物を運んでいた。
私の目を盗んでやっていた。


弟がしないから、かばう為もあったかもしれない。

両親の耳がかなり遠くなっており、インターホンが聞こえない。スピーカーの場所も良くないし、音自体も優しすぎて、テレビを大きい音量でつけていると益々聞こえない。

2階にも聞こえるように、スピーカーを2台ついている新しいインターホンに交換しようと言う話になった。私がネットで、どんな物があるか検索していたところに、弟が来た。

その話をすると
「聞こえるはずだ。音量は充分だ。聞こえないはずがない。交換しなくていい。」と吐き捨てるように言った。

これは、母の足の麻痺を仮病扱いした時と同じ。⤵




耳が遠いから聞こえないと言っているのに、どうして親が困っている事を解決しようと思わないのか。

自分たちが困った時、どれだけ親に押し付けて来たのか。助けてもらったのか。

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母が「いつからこんな人間になったのかね。」とがっくりしていた。

だが、本人の前では何も言わない。


以前、電話の子機をもう一台、買ったらどうかと私が母に話した時も、弟は反対した。簡単な事だし、親が買うだけの事なのに。


その時、足がマヒした状態で退院した母が、電話が鳴ると、あわてて電話のところまでいこうとして、転倒しそうになった。子機が2階にあり、親機まで急いでいこうとしていたからだ。

1階にも子機があれば、転倒の心配もなくなるのではと私が提案した。


弟の反対の理由は「親のことをいちいち心配していたらきりがない。面倒くさい」だった。


もし、自分ちの事なら、即子機を買い、インターホンも買い換えているだろう。
そして古い物を実家に使えと押し付けるのだ。


これまでそうしてきている。自分たちはいつも新品。お古は親に使わせる。

弟に親や姉を敬う気持ちがない事も嫁が馬鹿にしてくる原因だろうと思う。

で、案の定、母の調子が悪くなってきた。

だから言ったでしょという話だが、本人は、流石にやばいと思っている様だ。

私は明日帰らねばならない。後は父と弟が何とかするだろう。

手伝わない弟も悪いが、注意をきかず、安静にせず、してはいけないことをしたのは母自身だ。私は何の為に帰省したのか、意味がない。 これが父なら、母は「ほらみろ、注意したのに、無視して動いたからだ、本当に迷惑ばかりかけて馬鹿じゃないか」と、罵倒したはずだ。 なんて、我儘なんだろう。弟も母も似たようなものだ。

これから少しは自覚してくれると良いが、本来再発の早い悪性の病気なので、いつ何が起きてもおかしくない。

弟たちも、見かけだけで元気じゃん、仮病でしょみたいな現実逃避はやめて、素直に助けてほしいと思う。母も、もっと素直に助けてと言うべきだ。

明日以降の母の体調次第では、弟が病院に連れていくことになるだろう。

来週から、また抗がん剤の飲み薬が始まる。




     

今年は(も?)猛暑だからか、すでに夏バテかなと感じている。

実家に来る前から、だるさがとれず、そのまま帰省。

夜が眠れない。朝は、母が早くから起きてガタゴト音を立てる。睡眠不足。

冷房がつけると極端に冷え、消すと暑い、温度調整ができない。家のつくりとエアコンが古くて最悪。

昨夜は、冷房が効きすぎで寒くなり、母が温度を高く設定していた。

訪ねてきた弟が、何でこんな高温にしているんだと勝手に低く設定をかえてしまった。

自分は外から来たばかりなのと、男性は暑がりということもあるからだろうが、母は黙って我慢していた。
弟が帰宅してからすぐに冷房を消し、窓を開け涼しい風を入れた。
台風の影響で、風が強くて逆に良かった。
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しかし、寒い部屋に我慢していたせいか、母は風邪をひいてしまった。絶対風邪をひかない様にと医師から注意されていたのに。

どっちにしても、母は動き回り、汗をかいたまま冷房に当たったりしていたから、それも原因かもしれない。私の注意なんか聞いていない。目を盗んで色々動き回っている。


本人がしたいならさせてやろうとは思うが、父が作業をするのは、さんざん止めて、けなすのに、自分はどれだけやっているんだと思う。

母の父への罵倒は、理不尽すぎる。

父が、掃除すると「やめてじっとしててよ。怪我したら私が世話しないといけないのよ。迷惑だからね」と怒る、だが、裏では「お父さんは、何もしてくれない。私に何でもやらせる。」と言う。

そして、母の方が、何回も入院や手術しているのに、父が寝込んだら私が困るのよ、迷惑なのよ。と言うのだ。自分の方が父を介護し、看取ると思い込んでいる。

現実は真逆なのに。入院が迷惑と文句いうなら、父の方がよっぽど母から迷惑を受けている。

だから、「自分が父に迷惑かけることは考えて居ないの?父に世話になることもこれからあるかもしれないでしょ」と言って黙らせている。

お茶をだすのも食事も全て私にやらせているが、弟が来ると、突然弟にお茶を入れ始めて、接待をする母。来ないけど仮に嫁さんがきても同じ。

家事できるんだから自分でやればと言いたくなるが、さすがに弟も私に気を使い始めた。私に差し入れを買ってくる様になった。

そんなこんなで、まだバテている。変な病気じゃなきゃよいがと思うが、気候がこのまま変動していけば、世の中に病人が増えてくるのではないかと心配になる。


水分はしっかりとろう。頭痛がしてきたら要注意。


     

私のあげた帽子がお気に入りになり、毎日かぶって散歩や庭に出ている為、汗で形がぐずれてきた。

1個だけでは飽きるし、もう1個帽子はあった方がいいんじゃないと言っていた。

母は帽子は似合わないと思っていたようで、これまで全く関心持たず、夏の麦わら帽子とサンバイザー以外は持っていなかった。


近所の人から、似合うと言われて上機嫌になり、もう一個、買いに行きたいからついてきてという話になった。バスでゆっくり行こうか、と話していたら、弟がやってきた。

母が頼んでいた届け物を持ってきた。これから帽子を買いにいくと言うと自分が連れていくと言い、車をだしてくれた。

その前に、弟に母が頼み事をした。脚立を棚の上にのせてあるから、落ちないようにヒモで括りつけてほしいと言っていた。それだけの事なのだが、弟はふんと言っただけでやらない。


徹底して家の中の事は手伝わないつもりなのか。
ならば私は、「もっと違う場所に置いたら。ヒモでくくらずにすむ安全な低い場所に。」と言ってみたが、絶対場所は変えられないと母が言う。
でも、括る位置が年寄りには危険で、弟もやらないなら誰がやるのか。

まず高い場所で私には手が届かない。そんなことまでしたくない。弟がいるのに。

弟は、外に出る事は喜んで車を出すのだ。
運転が好きだし、自分も気分転換になるからだそうだ。いつもは、店に母を1人放置して、自分はパチンコで時間を潰す。

家で嫁さんの顔色を見て過ごすより楽だからだろう。

母は、可哀想だから私が外に連れ出してあげるんだと言っている。
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で、帽子を買いに行き、あれこれ探してやっと見つけた。

弟は、どれでもいいじゃないかと似合わないのを勧めて来る。私がお洒落なものをいくつか選んでやっと決まった。

気に入った帽子がまた増えた母は、上機嫌。

そして、弟にしきりにお礼を言う。「あなたのお陰で、良い帽子が買えたわ。良かった。助かった。」と何回も頭をさげていた。

え? 弟のお陰?そもそも、最初弟は「脱毛なんてどうでもいいじゃない。」と無関心だった。帽子なんかいらない。禿でも気にしなきゃいい。婆さんなんだからというノリだった。


私が帽子を買って持って来なければ、まだ母の頭はそのままで、スカーフの上にサンバイザーというおかしな格好をしていたはず。

帽子を買いたいと言っても、弟に反対されて我慢していただろう。

こういう所が、本当におかしい。
近所の人には「息子が買いに連れて行ってくれたの」と自慢していた。


でも、いいわ。弟は、少しは私の言いたい事がわかっただろう。
脚立が棚から落ちても、括らなかった弟が悪くても、置き場を変えなかった親のせいとなる。弟の我儘は誰も話題にしない。

そう言えば、母が一瞬だけど「あの子は、私の育て方が悪かった」と口走った。心の中でわかっているのなら今はそれでいい。




     

昨夜母がぽつりと言った。

「子どもは3人いた方がよかった。」

「もし、息子がもう1人いたらそっちのお嫁さんはまともだったかもしれないでしょ。その人が協力的なら、もう1人も知らん顔はできなくなるし。」
「子どもが2人だと、1人が手伝えない場合、残りの1人に負担がかかるし」
「3人なら、分担して何とかなる」
「ご近所さんも、同じ事を言っていたわ。1人ろくでなしがいても、後2人いれば何とかなるからね」

とのことだ。

そんなものだろうか。できれば1人が娘で2人が息子というのが理想ということか。

親の勝手な都合でそんな風に考えるんだなあ。自分はどうかな。

独身だったり、子どもがいなければ、老後自分が寝込んだ時に誰を頼れば良いのか考えていたと思う。
とにかくお金を貯めるしかないと思っていたかも。


子どもがいても、迷惑をかけたくないと思うし、今もし自分がたおれても、子どもたちは自分の事で精一杯でそれどころではない。夫はもってのほか。私の病気も利用する人だ。私のせいにして、遊ぶお金を借金する可能性もある。

考えないようにしよう。

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昔の親は、自分達の介護を見てもらうことが前提で子どものことを考える。だから世話になるであろうと勝手にあてにした子どもについては、特に気を使い、小さい時から大事にする。
うちの場合だけかもしれないが。

うちの親の場合、計算が狂ったという訳だ。
父はいっさい弟の嫁さんの名前を口にしない。存在を忘れたいみたいだ。

一番嫌いな、まさかなタイプの人が嫁に来たと思っている。

父が「誰にもお世話してもらえないと思うから、施設に入るしかないかなあ」と言っていた。

これは弟夫婦の事を言っているようだ。

昔の考えで、私は嫁に行った立場で、(一応)しかも遠い県外にいるので、迷惑かけたくないと気を使っているようだ。でも、近所にいる人がいっさい来ない、結婚以来お茶もいれない、台所にも立たない、いつもお客様で座っていて、母や弟を奴隷のように使っている。そんな長年の恥をもう諦めたようだ。

だから、やむをえず、娘の私に甘えているらしい。

そんな事を話していたら、父が用事で親戚宅にいく様ができて、3日ほど留守をすることになった。

父が「(私が)いてくれて良かった。留守中、お母さんを頼むね。何かあったらすぐ連絡して」と言って来た。

こういう時は、しっかりしている父。母も、それを見ていて、嬉しそうだった。




     

母の帽子は好評で、サイズもぴったり。

よく似合っていた。

駅に着いた時、迎えにきてくれた弟と一緒に母も立っていた。これまで行動の制限があり、退屈だったので、気分転換に出て来た様だった。

頭にはスカーフを巻き、その上からサンバイザーというおかしな頭で、帽子を買ってきて正解だった。
髪は、まだらに脱毛し、何かかぶらなければ目立つほどになっていた。

春夏用と秋冬用を1個づつプレゼントした。
秋冬用の帽子は、えんじ色で可愛いデザイン。私が気に入り、もし母がいらないと言った時は自分が使うつもりだった。

どんなに歳をとっても女性は女性。
いくつになってもお洒落をしたいし、可愛い綺麗な物に憧れる。
しかも今のお年寄りは、青春時代を戦争で滅茶苦茶にされ、お洒落どころでは無かったのだ。

その為、少女時代のお洒落をしたい気持ちは心の奥底に封じ込めただろう。
今の高齢者たちは、お婆さんだからと言って、暗い地味なものをあげるより、刺繍の綺麗なハンカチとか、レースのブラウスとか、オルゴールの宝石箱とか、可愛いポーチとか、そういう少女チックな物に憧れているんじゃないかと思う。

だからプレゼントをする時は、そういう少女系の物をあげている。

予想とおりに、喜んでくれる。「誰もこんなのをくれないし、自分でも買うことはない。恥ずかしい。
だからもらえるとすごく嬉しい」みたいだ。
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以前、弟たちからもらったプレゼントが、グレーの足ふきマット?かと思ったら、「お母さんのひざ掛けだよ」と言われてショックだったらしい。「これが似合うと思われるほど老婆になったということ?」と。

気持ちが暗くなり、押し入れにしまい込んだと言っていた。
珍しくせっかくプレゼントをしてくれた弟夫婦に悪いからと、口では喜んだふりしたが、心の中は自分が歳をとったんだということを思い知ったようだった。

この相手が私だったら、「こんな地味な色、使いたくないわ!」とはっきり言われただろうなと思いながら、ハイハイ、勝手にどうぞ、と聞き流している。


     

急遽、実家に帰省することになった。お盆近いので新幹線は混むだろうな。

台風が気になるし、今帰省しておけばしばらくは行かなくてすむかもしれない。


夫が突然帰ることは無いと思う。お盆前後は飛行機も空きが無いし、安いプランも無いから、そこまでして帰宅する気もないだろうから。

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母の事は何も話していないし、まさかこんなに何回も帰省しているとは想像していないだろう。

夫に比べればどうってことはない。文句は言わないだろうが、嫌味は言うだろう。どんな立場で言う?と思うが、そういう奴なんだ。

暑さにもうバテ気味。今回の帰省は、これまでみたいに動けないかもしれない。

疲れがとれない。どんなに疲れても夜なかなか寝付けない。


やばい?何とか乗り切らないと。

体力が無くなったものだ。嫌になる。最近検診にもいっていない。

恐くなる。今は倒れることはできないと思いながらあっという間に今日まできた。

もしかすると母の方が私より強いかもしれない。


しんどいなと思う事は先にすませ、後をゆっくり過ごす。夏が終わるまでの辛抱だ。


母に聞くと、抗がん剤治療は、2週間後から、飲み薬になるらしい。

副作用しだいでは、入院になるかもしれないが、今のところは異常なしだそう。

母の脱毛対策に、帽子を2つ買って持っていく事にした。


     

つづき☟



墓参りにきたのに、掃除もしない二人。
私と足の悪い母が掃除してから、ゆっくり降りて来て、ささっとお参りしていた。

私は怒りで煮えくり返っていたが、我慢した。

帰りの車中では、今度は嫁さんは弟を怒鳴りちらし、ちょっとした運転のやり方に文句を言い、「あなたは全くダメな人ね、ねえ、お母さん?」と言うのだった。

彼女は「お宅の息子より、私の方が偉いのよ」アピールをする癖がある。
自分の夫の親に、「私を敬え」と期待することが理解不能。
それに、親として、自分の息子をけなされて不快にならないわけがない。ましてや嫁から。

母がどんな気持ちになるのかなんて、全くわかっていない。
自分だって子どもがいるのに。
自分が同じ事をされたら、おそらく激怒するんだろうな。
そして悪い事は全て弟のせいにするんだろうな。ため息がでる。
私と母は、車をだしてもらうという気がねがあるので、何も言えず黙って耐えていた。へたにお嫁さんに反論すると、その反動が弟に向かう恐れも感じた。


私より年上で、お婆ちゃんと言われてもいい年齢の人だから、性格はこのままかわらない。皆が諦めている。

最悪な気分の一日だった。
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勿論、だいぶ後になってから、この日の事は、母と怒りを吐き出し合い、二人で愚痴った。
だが、最後は母は弟夫婦には葬式で世話になるからとか、車をだしてもらうからとか、かばって終わる。

私の悔しさはいつも不完全燃焼で終わる。

その後、母の努力もあって、足はすっかり調子良くなっていた。
だから弟夫婦は、ほらみろと、だから心配しなくて大丈夫なんだ、と自分たちを正当化していた。


弟は、お嫁さんを嫌うより、親の世話を嫌う方に向かうというのは、元々夫婦が似た者同士だからかもしれない。
母は、どんな嫌な思いをしても、弟への期待はそのままで(近くにいるから仕方がないのだが)何があっても許し、どんどん弟夫婦との共依存が強くなっている。

それならそれで構わないが、私を騙すこと、私を踏みつけてストレス発散をし、弟夫婦の前では徹底して良い母を演じることはやめてほしいものだ。




     


続き



リハビリのおかげで、少しづつ麻痺がとれていたが、それでもギプズが外せず、歩くのは不自由だった。

その状態で退院した。

弟夫婦は家にも来なくなった。

家に帰ると良く動くせいか、急速に良くなってきた。とりあえず母も私もほっとした。

が、まだ杖が離せなかった。
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そんな時、墓参りに弟の車で出かけた。車から降りる時や、立ち上がる時は、手で支えてあげないと危険だった。私がいる時は支えてあげたが、私が実家にいる間に完全に良くなってほしいと願っていた。

お墓に母の手をとり、坂を下り歩いた。弟夫婦は後ろで見ているだけ。
だいぶ良くなっていたので、母は時々自力で歩いた。1人で歩く練習しないとと。


お墓の掃除を母と二人でしていると、何もせず後ろで立っていた弟夫婦の笑声が聞こえた。

振り返ると、嫁さんが母を指さし、笑っている。弟と「1人で歩けるくせに!ばれてるのにね!」と言っているのが聞こえた。耳を疑った。


母にも聞こえていたと思うが、黙っていた。



     

続き➡



母は、足首から先がマヒした為に、歩く時に踏ん張れず、杖をつきながら片足をぶらぶらと浮かしながら歩いていた。

母は落ち込み、元気に歩けるようになる為に手術したのに、どうしてこんな事に…と悲しんでいた。私は色々ネットで調べたり、病院からもらった資料を読んでみた。
すると、手術後にきちんとマッサージをしたり、処置をしないと神経が圧迫され、麻痺することがあると書いてある。

母の術後、病室があいていないという理由で、ICUに二日入れられ、本来頻繁にマッサージやリハビリが必要だったのに、全く放置されていた。
その為、神経が圧迫され、麻痺してしまった。
病院側のミスではないか。

早ければ3か月で回復することもあると書いてあり、母に希望を持つように話していた。
しかし、医師がはっきりと大丈夫と言わない為、不安な面持ちだった。

そんな時、弟が、母を馬鹿にした様な言いかたで
「麻痺なんて大げさな。ひざを持ちあげれば浮くんだから大丈夫だ。何を悩んでいるのか」としつこく言う。仮病だと言うのだ。
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そんな事はない、本当に動かない。ひざをあげたところで、下はぶらぶらしてしまうのだと訴える母。

弟はその時、頑固で聞き入れなかった、そしてこう言った。
「昨日も奥さんと家で話したんだよ。ひざをあげれば足は持ちあがるからいいじゃんて。大げさなんだよ」

その後、めったにこない嫁さんがふらりと来て、世話をしている私にむかって「あなたからも、お母さんに注意しといて。考え過ぎなんだからと」と言ってきた。


は?どの口で言う?と思ったが、私は母の側にたち、なぜそうなったのか、もしかしたら良くなるかもしれない、と調べた事を話して励ました。

転倒防止に必要なギブス的な物を購入して履いて、リハビリを始めた。

その時も、弟は「ギブスが高い、無駄だ」と馬鹿にした。

いくら私が説得しても、夫婦で聞き入れなかった。

今思えば、母が仮病だと思いたかったのだろう。歩けなくなったら、世話が必要になるから、絶対したくなかったのだろう。
その為に、元気だ、歩けるはずだ。と思いこみたかったのか。


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