りんごの嘆き

人生の後半もだいぶ過ぎた主婦りんごの嘆き。これからは自分らしく生きる。最後は笑って終わりたい。

     

ドライアイになっている様で、右目が乾燥し、涙が全く出ていない感じがする。

右側の首、肩、腕が凝っている。歯茎まで痛い時がある。

目薬を使って対処しているが、パソコンやエアコンを使う環境では良くなる気がしない。

頭痛や吐き気までしてくると嫌な不安感もでてくるし、何もかも億劫になってくる。

これが老化というものかな。

最近は、すぐに気持ちが弱くなる。

そこへ元気な声で母から電話がくると、昔の人はどうしてこんなに強いのだろうと思う。
どっちが病人かわからない。

母は、自分の子や孫の世代は自分達とは違うんだという事が理解できていない。

戦争を体験し、食べるものも無い子ども時代を過ごした世代。

私たちよりも栄養も悪かったし、怖い辛い体験を経て今まで生きて来た世代。医療も満足では無かったのに、強く生き延びてきた。

「自分たちの苦労を子ども達にはさせたくない」と頑張って働いて、ここまで日本を建て直してきたという自信を持っている世代。子どもの時、親のその意地みたいなものは何となく伝わっていた。

衣食住は豊かになったけど、「人としての強さ」においては逆行しているのではないか。

私は親より間違いなく弱いと思う。
親ほど長生きできない気がするし、精神的にも頑張れない。
Photoelly013

母の様に、夫に依存し何の心配もせず生活してきた人には「老後が不安な」事を想像できない。自分の生活が当然の事であり、それ以外の生活はありえないと思っている。

私が自分の年金予定額を教えても、信じない。親に助けてくれとも言っていないし、何もできないこともわかっている。

当然の様に私も楽な老後になると思い込んで話す母に、現実を教えているのだが。認めたくないのだろう。弟は優雅な老後だからそれだけで満足なのかも。

すべて自分に都合が良ければ、娘がどうなろうと関係ないようだ。
つまり、娘が年金で生活できなくなろうと、その前に自分の介護をしてくれさえすれば気にしない。

これからの日本を想像しても、漠然とした不安は常にある。
子ども達が結婚しても、安心して子どもを育てられる世の中だろうか、幸せになれるだろうかと心配になる。そんな話も親は耳をふさぐ。

「私たちには関係ないから」「孫の未来なんてどうでもいい」とはっきり言われた。

娘なんかのいう事なんか聞いても仕方ないという感じ。弟が言えば、耳を傾けるだろう。

そのせいか、頭痛が余計ひどくなってきたのだった(笑)


     

昨夜子どもと夕食時に話したことについて書きたい。

それは、何かの話から(子=Sとしよう。もう成人している)Sが「自我に目覚めた時の事を鮮明に覚えている」と言い始めた。
「それはいつ頃で、どんなものだったの」と私は身を乗り出した。

自分の思春期などを思い出して比べてみたが、状況が違い過ぎていた。

結局「家庭環境や性別やその時の状況で、自我を意識した時の感じ方は違うってことかな」と言う話になった。
救われたのは、Sが「自分は幸せだったから順調に自我に目覚めた」と感じていた事。
色々、小さい時から父親がいないストレスは大きかったはずだ。

何故自分の家は他と違うのかと、悩む時もあっただろう。
でも、次第に順応してくれたのか、Sは「思い切り子どもらしい無邪気な生活を送ったと思う」と言ってくれた。
ELL82_shinoburedo

そして…
「自我のめざめ=アイデンティティの確立の時は~それまで親や周りの友人などに流されて、何も考えずに生きて来た事が、自分の考えや意志を持つ様になり、周りからの抑圧に抵抗したくなる感じだった。それが反抗期というものだろうね。自我が目覚めるという事は、自分の考えを持ち、納得行かない事に抵抗するという事だと思う。」

「つまり、大人になっても自分の考えというものが無く、親の言う事に何の抵抗も持たず、反抗期も無かった人は自我が無い訳で。
人の考えを自分の考えの様に思い込み、人真似ばかりして言う事がくるくる変わる人や信念の無い人って、自我の目覚めがないまま大人になったのかもしれない。
自分のした事に責任をとらないとか、人のせいにする人も、思春期に自我の目覚めが無かったのかもしれない。そういう人は心は幼児のままで、マザコンだったりする。」

という話にまで広がった。


あくまで想像の話だったが、Sがそんな事を話していた。誰かを特定してそう思っている訳ではなさそうで、周りの大人を見てきて、自分の考えとしてそう思うとの事だった。

それって、ズバリ夫もだよなと思った。
夫みたいな理解のできない人を分析すると、この話の通りになる。

Sは、いつも辛辣で、私には厳しい。はっきり悪いところを注意してくれる。
カチンときて、よく喧嘩はするが、Sのお陰で自分を振り返る事が出来ている。

良かった。Sが夫に似なくて。そしてありがとう。


     

そう言えば、母は頭をどんな風にして葬儀に行ったのだろう。

寝たきりの伯母夫婦の「どちらかが葬儀となったら、髪が抜けた頭で人に会いたくない」とずっと気にしていた。
近所の人にも癌だとばれたくないと、いつもスカーフと帽子で頭を隠している。

弟も父も「年寄りなんだし、気にしなきゃいい」と全く取り合わない。

お嫁さんなら同じ女性として理解してくれるだろうと思っていたのに、嫁さんも「別にそのままでいいじゃないですか」とそっけなかったという。予想通り(笑)。

どんなに年をとっても、女性は女性のまま。心は若い時のままだ。自分に置き換えればわかると思う。
身体だけどんどん年をとり、肉体年齢と精神年齢のギャップに戸惑い、老いが悲しくなる事は誰にでもあると思う。

だからこそ、いつまでも清潔に、少しでも綺麗にしていたい。元気に見せたいと努力することは大事だと思う。

母は、美人でも知的でもないが、身なりだけはいつもきちんとしていた。
今でもお化粧はするし、髪はいつも気にしていた。服もこだわって買っている。
髪は大事だ、髪で印象が決まるといってもいい。
髪を気にする気持ちを何故、共感せず突き放すのか。

それで少しでも元気になればいい事じゃないか。と不思議だ。

入院中に、帰省していた私に「化粧水を持ってきて」と母が頼んだ時、弟が「持って行かなくてもいい、化粧なんかしなくていいのに」と冷ややかだった。
無視して持っていったが、女性なら化粧水やクリーム位は使いたいのは当然だろうに。

自分の嫁が指示すれば何でも言いなりになるのに、母に対してどうしてそうなるのだろう。

もしかして嫁さんに世話をあまりしないようにと言われているのかと疑ってしまう。

女性の髪のことはわからないから、と私に相談してくるとかお嫁さんにまかせるならともかくだ。「もう言うな」と母を黙らせていた。父、弟、その嫁さんまでも。

「葬式となると、室内でスカーフという訳にはいかないからウイッグが無いと困る」
「どこでどう買えばいいのかわからないし、誰も付き添ってくれないし、高い買い物だからしっかり選びたいけど1人では不安」と母は私に訴えていた。

結局私が、ウイッグ2種と帽子を2個買って渡した。

運よく気にいってくれ、似あっていたから良かったが、私が送らなければ母は帽子すら買っていなかっただろう。
娘が買ってくれたからと、母は父と弟に対してあてつける様に堂々と使っている感じだった。

ばつの悪そうな父と弟はもう何も言わなくなり、今は一緒に帽子を買いに行っているそうだ。嫁さんは更に不機嫌になった事だろう。(あほらしい)
正月にも「私の母はウイッグなんて使わなかったのに。」と母に言い返していたという。(そこまで言うかとため息。)
C785_cupniireraretabara

「どうせ婆さんだから、爺さんだから」と老人を馬鹿にする人は、自分がその年齢になった時、自分の事もそう言って諦めるのだろうか。

病院や施設、訪問介護にしても、お年寄りを子ども扱いする人が多いのでは?

「~しましょうね~」とか「だめでしょ~」とか、何故ああいう言葉使いをするのか、不思議だ。

あるお年寄りの男性は「馬鹿にするな。目上の人に敬語も使えないのか」と看護師さんを怒っていた。当然だろう。

もし自分の父がそういう扱いされたら気分が悪いと思う。
どんな人にも、それまでの歴史がある。

老いの為に動けなくなっただけの事なのに、「何もできない子どもみたいな人」と言う今の視点でしか相手を見ない対応は失礼だと思う。

話は戻り、色々あるけど、私は親の近くに住んでいなくて良かったと思っている。


     

突然死した従弟は、心臓に原因があったようだ。

単身赴任中なのだが、金曜夜には帰宅し土日を自宅で過ごす予定だった。
家族と夕食を食べた後、布団に入ったという。

夜中の0時過ぎにトイレに立った音が聞こえ、その後うめき声がし倒れた音で家族がすぐに気が付いた。
救急搬送されたが、すでに亡くなっていたという。

病院で調べたところ、脳には異常は無く、心臓のなんだかの異常だろうという事だった様だ。

従弟がそれまで健康状態がどうだったか知らないが、中年になると食生活や自己管理には気を付けなきゃなあと思う。

新年早々、一週間に2人も突然死の話を聞いたのは心が滅入る。
CAT9V9A9572

母は昨日駆けつけた時、父がクールで他人事みたいだった事に影響され、出しゃばる事もなく、すぐに帰宅した様だ。
弟が車を出さなかったので、寒い中20分バスを待ったり、途中から歩いて帰ったらしい。転倒や貧血が怖かったと言っていた。母は自分より父の事を心配していた。

タクシー使えばいいのにと言うと、父がケチでバスと歩きを強要したという。母が1人ならタクシーだったはずだ。

母が病気なのに、何を考えて居るのか、父もおかしくなっている。弟もこういう時に役にたたない。
弟に、親の送迎を断ったのは何の用事かと聞いたら、ニートの娘に送る品物を買いに行っただけという。
呆れた。そんなの緊急事態なのだから、買い物は奥さんに任せるか、延期すりゃいいのにと思う。奥さんは家で寝ていたとか。そんな事だろうと思った。やれやれ。

母は弟をかばうから私も何も言わない。

従弟は、たまたま週末で帰宅していた。最期を家族と過ごした。倒れた時、家族がすぐに気が付いた。
家族を大事に思う従弟だったからこそ、最期は孤独じゃなかった。


いつ突然”自分に明日が来なくなるかもしれない”ものなんだなあ。

そう言い聞かせても、自分だけはそうじゃないと思いたくなる。

わかったつもりでいても、わかっていない。また普通に一日を過ごしていくだけ。


     

今朝、母から電話がきて、近所に住む甥(私の従弟)が急死したと言う。

自宅で倒れており救急車で病院に運ばれたが、すでに亡くなっており、今は自宅に戻ったところだと言う時点らしい。
elly150172138

この従弟は私より若く、教師だった。

「子どもがこれから進学でお金がかかるから頑張ると言っていた」と噂に聞いていた。
教頭になったし、家も建てたらしく、忙しく働いていた事だろう。

先日の友人の元旦那さんの事に続いて、同じ様な亡くなり方だ。怖い。昨日まで普通に働いていた人が突然倒れた。近い人のショックはいかばかりか。

寒い時期はヒートショックで亡くなる人が多いとは知っていて、自分も不安だったが、こう続くと本当に怖い。

母は動揺しており、今すぐ駆けつけると焦っていた。それは当然かもしれないが、心配だ。

葬式になるとしゃしゃり出ていく人なのだ。

まるで自分が近い親族かのように口をだす。
父方の甥だし、普段ほとんど付き合いもないから余計にお節介になることだろう。

落ち着くように言ってはみたが、聞いていない。すぐ電話がきれた。

弟は何をしているのか、よたよたした両親は今すぐバスを乗り継いで行くと慌てていた。

聞くと弟は用事があると言って知らん顔されたと母が言う。

こういう時に私がいたら、落ち着かせて、車で一緒に行くのだが。お節介を止める事もだが、慌てて転倒したり、血圧が上がりそれこそ倒れたら周りに迷惑をかける。

母は寝たきりの実姉とその夫の葬式を今か今かと心配していた。
いざ連絡がきたら、待ってましたと自分が仕切ると張り切っている風だった。子どもがいるんだからそれもお節介だと注意したところに、まさかの若い甥の不幸が。

それにしても、従弟は普段から高血圧だったのだろうか。

若い人の突然死ほどショックで残念なことはない。
私の両親は兄弟が多く、従弟の数も多い。
殆ど疎遠なまま。
でも、30歳を初めとして、若くして亡くなった従弟はこれで3人目だ。

どうしてこんな良いお父さんが、早く逝ってしまうのか。理不尽すぎる。



     

「彼が愛せるのは親だけだと感じる」と先日書いた

夫が見ろと言った夫のSNS(ブログ他)、妻はどうせ見ていないだろう、ネットなんかやれるわけないと安心して好き放題書いている模様。

家族もろくに扶養しない無責任な人間なのに、夫は「自分をこんな立派な人間に育ててくれた親に感謝する」と自分の事を「立派な人間」と頻繁に書いている。

「これからも立派な人間として生きていくと、親に誓った」と書いてある。

義両親が亡くなって、少しは夫に親の自覚がでてくるのかと思ったが、逆だった様だ。
年々、親への執着と美化が強くなり、夫の幼稚化?が進んでいる気がする。

securityGFVL3633

こういう夫みたいな人は、おだてられたら簡単に騙される。お世辞を過剰に受け止める。

詐欺師にはいくらでもお金を捨てるのに、子どもの生活費も学費も払う気も無く、そんなお金は無いと言って色んなモラハラしてきた夫。

いくつになっても、夫は常に心は実家にあり「自分を子どもの立場に置いて」しか考えられない様だ。
自分が父親という意識が0だ。

永遠に親に甘える子どもでいたかったのだろう。
なら、人を騙して結婚した罪は重い。

SNSだけでなく、どこでも人との会話は「僕が子どもの時は~」で始まる話ばかりだ。

それも親の自慢ばかり。

「今の親たちは、僕の親に比べてまるでだめだ」と言う事をずっと言い続けている。

自分は親としてどうかは全く頭になく、どんな立場で言ってるのと思う。
なぜ夫の親が基準なのか、子育てを拒否した夫が親の立場の何を知っているのか。

夫の年齢なら「僕の子どもは~」と自然になるはずだが、まるで独身の青少年みたいだ。

人の話題をすぐに「自分の子ども時代は~」と言い出して奪っていく


夫に言わせれば、これは私の「妄想」で、私が「誰かにそそのかされて自分を陥れようとしている」らしい。

もうどうでもいい、ここで分析して楽しむだけにしたい。(笑)
                                続く

     

夫は、見た目からして胡散臭いおじさんになってきた。

すらっとした爽やか好青年はどこへやら。こんなに変わるものかな。
完全に別人だ。

背中は丸く曲がり、背が低くなり太り、頭は薄く大きい。
服の趣味も悪く、不潔感が漂っている。

誰も注意する人のいない場所で、好き放題、不摂生をした結果だ。


私も老けたし、太った。でも夫みたいに人相や雰囲気(人格)までは極端に変わっていないと思う。
夫は仮面が外れて、本質が人相や雰囲気にでてきたという事を言いたいのだ。

人も自分も騙す人は、鏡を見ても真実が見えないのだろう。

まだ自分は若く、いけてると思っているらしい。
cat126IMGL6511


夫の同級生は、ほとんどが医師や官僚、公務員、弁護士などの勝組が多い。
SNSなどを見ると、貫禄もでて歳相応の余裕と自信が醸し出され、家族仲良く旅行に行ったり、もう孫のいる人もいる。皆がそういう訳ではないだろうが、夫よりは間違いなくきちんとしている。

夫は、それを妬み、SNSでは毎日のように「東大だからといばるな」「公務員は馬鹿」「エリートなんて記憶力がいいだけ」とけなしている。

(ほう、そのけなした同級生にどれだけ迷惑かけたの?さんざん利用するだけ利用して、逃げたよね。君はそんなに優秀だった?)と何人に思われることか。
自分のコンプレックスをそういう形で誤魔化す夫。

そんな文を世間に公開してどう思われるのかもわかっていない。
そこまで悪く言う根拠は?と聞けば「母親がそう言ってたから」と夫は言う。
「だって僕の母のいう事は絶対正しいもん」だと。
何十年も前の、母親の近所の人に対する悪口を今でもしつこく正当化して言っている。

「あの頃、世の中にこんな人であふれていて、そのせいで世の中がおかしくなった」と言う。

母親の妬みからくる他人の悪口が、夫には世界を悪くした真実みたいに思えた様だ。何かあるとそれを言う。何十年も、同じことを。

夫は自分の体験から学習する事が無く、自分より目上の人、特に親が過去に言った事をそのまま自分の考えにしている。

また言ってると思うほど、説教口調で同じ事しか言わない。

「またか、この人何様よ。ずれまくってるし、何言ってるか意味不明」
と馬鹿にする若い人に対して
「あいつらは頭悪いから僕の話が難しくて理解できないんだよ。僕が教育してやらねば」と本気で言う。
夫の口癖は「俺様が教育してやらねば」だ。

もう孫がいてもおかしくないオジサンなのに、世間に向かって「僕の親を見習ってほしい」と昨日もSNSで書いていたのは呆れた。


                      続く

     

昨日の友人の元旦那さんの孤独死の話から、自分の周りの人に思いを馳せた。

まだ若いのに「孤独死が怖い」と本気で不安がる1人暮らしの友人もいる。病気治療中だという事もある様だ。

倒れてから発見されるまでに時間がかかる場合も考えると、自分もそういう状況になるのは嫌だ。

孤独死で発見された人が自分の周りに結構いる事に気が付いた。

高齢者で、夫婦どちらかを見送った後の1人暮らしの人はそうなる可能性が高い。

親族や友人との付き合いが盛んで、頻繁に人が来るお宅なら発見は早いだろうし、異常が出た時に誰かがいてくれて助かるかもしれない。

周りに親族もおらず、人付き合いもせず、年金生活にで家にこもりがちになると1カ月後に発見などもありうる。

家賃が滞納とか、新聞がたまったままとか、親族が電話してもでないとか、何か変だと気が付くまでの時間が問題だ。

やっぱり、子どもや兄弟など親族が近所にいて、しょっちゅう行き来する関係が大事だなあと感じてしまう。
ELL88_ameagarinoshizukana

自分の孤独死を心配している友人は、かなり昔に離婚し、子どもさんは県外に住んでいる。

親の資産を相続してお金があるので、もうじき仕事もやめて、老後をのんびり過ごしたいと話す友人を羨ましく思うが、本人は不安で一杯の様子。

近くに住む従妹さんと蜜に連絡を取っているとか。そういう人が近くにいるだけで安心だ。

私の場合、子ども以外近くに親族は誰もいない。

子どもがそばにいるのが一番いいことよと言われた。

一昨年亡くなった叔母も、トイレで倒れているところを近所の人が見つけてくれた。
後で知ったのだが、舅も孤独死していた。数日たってから見つかったらしい。友人もお母さんがお風呂場で倒れているのを発見した。

やはり、警察が来て、しばらくは大変だったそうだ。

息を引き取る瞬間、その人は何を思うのだろう。考える暇もなく一瞬の事なら自分がどうなったかも知らないままかもしれない。
意識があって、次第に遠のいていく場合、どんな事を考えたのだろう。
自分の人生を振り返るのか、会いたい人を思うのか、苦しさでそれどころではないのか。

昨日の友人の元旦那さんも、赤ちゃんの時しか知らない子どもさんの事を思った事だろうか。

もっと家族を大事にしておけばよかったと後悔したのだろうか。

それとも、自由に悔いなく独身生活を過ごし、満足して逝かれたのだろうか。

うちの夫なら、我が子よりも自分の母親を思い浮かべるだろう。夫の頭の中には親しか愛する対象は無い気がする。夫のSNSにそれが良く表現されている。

自分だったら「今逝く訳にはいかないのよ!子ども達を見守らないといけないのよ!」ともがくだろうなあ。

そう思うと「いつかやろう」と思っている事は今やっておいた方がいいなと気が付いた。

まずは、物の整理からやろうと思う。すぐできる小さなことから。


     

遠くにいる古い友人から電話がきた。

正月早々、色々あった様だ。まだ少し興奮していた。

携帯の留守電に「○○警察署の刑事課の○○です。お電話ください」と入っていたそうだ。

その警察署の場所が住んでいる所から随分離れていて、行った事もない所。そして刑事課からだ。

詐欺かもしれないと思い、電話番号を調べたら確かに警察だった。

自分には何も思い当たらないし、何か情報を盗まれて悪用されたとか?それとも誰か知り合いがそこで事件に巻き込まれて、自分の電話番号を言ったとか?色々悪い事ばかり頭に浮かんだそうだ。

心臓はバクバク言い出すし、パニックに。
N811_dandannokiku

覚悟をして深呼吸をして、電話をかけたという。

すると、彼女が若い時に別れたご主人の事だった。
「独居で亡くなられていたのが発見されたそうです。色々調べたら元奥さんと子どもさんの存在がわかりまして、そちらの警察に協力してもらって電話しました。」と言われたそうだ。

犯罪に巻き込まれた訳では無かったという事で、まずホッとしたという。

元ご主人とは、離婚後音信不通だったので思い出す事もほとんど無かったそうだ。そこに突然の連絡。

彼女はだいぶ前に再婚しているが、警察の話によると元旦那さんはずっと1人暮らしだった様だ。


警察は彼女の私生活の事を質問してきたそうだ。何だか、疑われている様で気分悪かったという。
どんな状況で発見されたのかを聞いたら、トイレで倒れていたとか。特に大きな病歴も無かったそうだ。1人で亡くなっていた場合、私の周りにもいたので知っているが、警察は一応事件と病死と両方調べる。

恒例の事なのだろうが、関係ないのではと思う様な質問をされたとか。
事件ならまずは元妻を疑う?
そりゃ気分悪くなるよね。
第一発見者も色々聞かれた事だろうな。

詳しくわからない様子だったが(これから調べるとか)おそらく数日たってから発見されたのかもしれないとのこと。
「若い時からアル中だったし、不摂生していたと思うわ。」と彼女は言う。

亡くなったと聞いても、さほど驚かなかったらしい。
「5年で別れた人だし、あれからもう長い間全く縁を切ったままでもう遠い人だから」と。
離婚した時は子どもさんは赤ちゃんだったから、父親の事は覚えていないしその存在も知らないそうだ。

警察は子どもさんにも電話をかけたらしい。でなかったから内容は伝わっていないが、友人は慌てた。

「子どもには私から伝えますので、連絡しなくていいですから」と言ったそうだ。

もう大人になっているから大丈夫だろうと警察は思ったのだろうが、親子でそんな話をした事もないのに、いきなり実の親が亡くなりましたとか言われたら混乱するだろう。

「近くに親族の方がおられて、その方が全部やりますとおっしゃっていますが、一応元奥様と子どもさんがおられるので、優先順位としてそちらの希望を聞いてからと思いまして。どうされますか?」と聞かれたそうだ。

別れても、付き合いをしていて親子の接点がある人もいるし、私たちが葬式をやりますと言う人もいるだろう。だから警察は探して希望を聞いてきたのだろうと話していた。

他人事には思えない話だった。
自分も似た様なものだ。籍が入っていて、たまに会うという点が違うが、遠くで独居していて不摂生している夫。いつ私にも、警察から連絡が来るかわからない。

友人は、完全に縁を切っていたので「私たちはもう関係ありません。そちらの親族の方にお任せします」の一言で済んだ。

私はそうはいかない。

連絡が来たら、遠い知らない土地に行って後始末をやらないといけない。

どれだけの精神的、経済的負担がかかる事だろう。
私が元気なうちなら良いが、子ども達が大変になる。

おまけに借金まであったら。

現実的な話を聞いて、何だか心が重くなってきた。

     

別の方のブログを色々覗かせて貰う時がある。
私と似た様な境遇の方も多いし、色々努力されて乗り越えて、今は幸せな気持ちで生活されている方もいるし、人生色々で面白い。参考になる事も沢山あり、楽しませて頂いている。

その中で「夫や妻の愚痴を書く人は信用できない」と書いている人がおられた。

ブログそのものが、SNSそのものが信用してはいけないものだというのは理解できる。
内容そのものは真実かどうかはわからないし、個人が特定されない様に少し脚色したりもあるだろう。
架空ブログも多いらしいし。

私も、信用されていないのだろう。別にそれで構わない。
下手な小説と思って読んで頂ければと思っている。

自分のストレスを発散する為に書いている様なものだから。

その信用できないと書いた人は、御主人と二人暮らしで、ご夫婦仲良しの生活ぶりを毎日書いておられる。

「旦那さんの愚痴をブログに書く人は多いけど、本当に旦那さんが悪いのか疑わしい。自分の事は棚にあげて、都合のよいことばかり書いていると思う。私は旦那さんに感謝しているし、愚痴はあってもこぼさない。お互い様だから。」みたいな内容を書いておられた。

そうかもしれない。片方の話だけを聞いても、実はそうじゃなかったという事もある。

私も幸せな結婚をしていたら、今頃同じ事を言っていたと思う。

立場によって思いは違うし、感想は個人の自由。誰かに直接批判した訳でもないし、御自分のブログで書かれた言葉だ。私も同じ事をしている。

なのでこの方を批判するという事では無い。自分の意見を言いたいと思う。

人の感想は気にせず、ブログは(個人を特定しなければ)自分の主観で書いてもいいのではないかなと思った。それで救われている人もいるのだから。
PAK26_yukitumorukarugamo20140208

これなんだ。私がブログ以外で人に夫の事を話さないのは。

DVとかモラハラとか、サイコパスな人とか、普通に家庭に存在する。外面が良いので世間にはわかりにくい。

人に愚痴をこぼせるうちはまだいいかも。

DV被害者は人には話さなくなる。
自分がDVを受けてるとわかっていない人もいる。

親や友人に相談しても「その程度どこでもあるわよ。我慢がたりないのでは」とか「でも、御主人のお金で生活しているんでしょ。感謝しなきゃ」とか、単なる愚痴や甘えととらえられてしまう事が多い。

被害者が、自分が悪いのだと責められている気持ちになる。
そして共依存になっていく。

事情がわからない人を責める事はできないから、誰にも相談できなくなってくる。

私は自分と同じ様な立場にいる(いた)友人なら素直に話せるが、「でも」から始まり、私の贅沢、我儘なのではと励まそうとする友人には家庭の事は話さない事に決めている。

だから、いつでも愚痴を吐き出せるブログに救われている。

↑このページのトップヘ